第11話 学者の噂
ゴブの言う"変わり者"についての情報を集めるため、俺はこれまで使っていた伝手を、一通り当たってみることにした。
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賭博場の客、露天商、酒場の常連。金や小さな貸しを使って、話を引き出していく。前世でも、こういう地味な情報収集は何度もやってきた。焦らず少しずつ、断片を繋ぎ合わせていく。
最初の数日は空振りが続いた。禁術に詳しい学者、という話自体は誰も、はっきりとは知らなかった。あやふやな噂話が、あちこちで少しずつ耳に入ってくるだけだった。
「そういや、昔、聞いた気がするな」
「変わり者の学者がいる、みたいな話か」
誰もが断片的に何かを知っていながら、確かな情報にはなかなか辿り着けなかった。それでも根気強く話を集めていくうちに、ようやく一人の男が、まとまった話を持っていた。
「その学者なら、俺も名前くらいは知ってるぜ」
ある古着屋の店主が、そう教えてくれた。
「セラフィナ・リンハート。元は下級貴族に近い、学者の家系らしい。今はスラムの外れで、細々と暮らしてるって話だ」
「なんで、そんなところに」
「詳しくは知らねえが、家が、何かの負債を抱えてるとか、そんな噂を聞いたことがある。禁術だとか契約の理屈だとか、変わった学問にやたら詳しいらしくてな。まともな学会からは、爪弾きにされてるって話だ」
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異端の学者。しかも負債という事情を抱えているらしい。
その情報に俺は少し興味を惹かれた。負債があるということは、金で動く余地があるかもしれない。あるいは、その負債自体が何かの弱みになっている可能性もある。
前世で見てきた人間関係のほとんどは、結局金か弱みのどちらかで動かせるものだった。学者だろうと貴族だろうと、根本の理屈はそう変わらないだろう。ただ、この相手がどういう種類の負債を抱えているのか、それによって、こちらの動き方は大きく変わる。単純な借金なら金で解決できる。だが契約紋のような、魔法的な縛りが絡んでいるなら話はもっと厄介になる。
「その学者、どこに住んでるか、分かるか」
「スラムの外れ、川沿いの、古い一軒家だって聞いた。詳しい場所までは俺も知らねえよ」
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数日かけて、俺はその一軒家を探し出した。
周りの建物とは少し違う、古い石造りの家だった。荒れ果てているものの、かつてはそれなりの格式を持っていたことが伺える、細かい装飾があちこちに残っている。窓枠に施された彫刻や、扉についた紋章らしき飾りは、明らかにスラムの他の建物とは一線を画していた。落ちぶれた、という言葉が、そのまま目に見える形でそこにあった。
窓の一つから灯りが見えた。中に誰かがいるのは間違いなかった。
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俺はすぐには扉を叩かなかった。まず、この家の周りを、少し観察してみることにした。誰であれ、素性の分からない相手に、無防備に近づくのは前世で身についた習性に反する。
人の出入りはほとんどない。買い物に出る様子もあまり見かけない。誰かに雇われている気配もなさそうだった。それでいて灯りは、夜遅くまで灯り続けている。
――根を詰めて、何かを調べてるんだろうな。
学者らしい生活、というやつなのだろう。だが、この様子を見る限り、経済的には決して余裕がある暮らしではなさそうだった。弱みの匂いが、また一つ濃くなった。
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接触の前に、もう少し下調べをしておくべきだと判断した。相手がどういう人間か分からないまま、いきなり接触するのはリスクが高い。前世でも、まず相手の"生活のリズム"を見極めることから交渉は始まっていた。相手がいつ何をしているか。誰と関わり誰を避けているか。それを知っているだけで、交渉の場での立ち回りはまるで違うものになる。
数日、俺はこの家の周りを時折見張った。
ある日、若い女が一人、家から出てきた。粗末な外套を纏っているが、その所作にはどこか、洗練されたものが残っていた。長い時間をかけて身につけた育ちの良さが、そういう仕草に無意識に出るのだろう。値踏みするには、十分な材料だった。
彼女が市場で、最低限の食材を少しだけ買っている様子を、俺は遠くから確認した。値切る様子もなく、ただ必要な分だけを静かに買っていく。金に困っているのは間違いない。それでいて卑屈になるような素振りは、まるで見せなかった。
市場の店主が何か軽口を叩いても、彼女は僅かに微笑むだけで、深く関わろうとはしなかった。人と必要以上の距離を置く。そういう性分なのかもしれない。あるいは、この街の人間との間に意図して線を引いているのかもしれなかった。
――あれが、セラフィナ・リンハートか。
想像していたよりも若かった。もっと年配の、いかにも学者然とした人物を思い描いていた。だが、あの佇まいには間違いなく、何かを積み重ねてきた者の独特の気配があった。
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接触の方法を、俺は頭の中で練り始めた。
いきなり契約紋のことを聞いても警戒されるだけだろう。相手は素性の分からない、しかも黒髪黒目という、この国では珍しい容姿の男だ。下手なやり方をすれば扉すら、開けてもらえないかもしれない。
力で押し込む、という選択肢も頭の隅にはあった。だが、それでは相手の知識を心から引き出すことはできないだろう。恐怖で従わせた人間は、いつか必ず裏切る機会を窺う。前世で、何度も見てきた光景だった。今回必要なのは、一時的な服従ではなく継続的な協力だ。だとすれば真っ向勝負ではなく、もっと丁寧な手順を踏む必要がある。手間はかかるが、長い目で見れば、その方が安く済む。
まずは、相手が興味を持ちそうな"取引"を用意する必要がある。金か情報か、あるいは他の何か。
この街で積み上げてきた、様々な伝手を、俺はもう一度頭の中で洗い直した。何か彼女にとって、無視できない"餌"になるものがあるはずだった。




