第10話 行き詰まり
ミラと会った翌日から、俺は契約紋について、自分なりに調べ始めた。
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「魔法に詳しい奴を知らないか」
賭博場の常連に、そう聞いてみたが、返ってくる答えは、いつも似たようなものだった。
「魔法なんて、貴族か神殿の連中しか、まともに使えねえよ」
「本を読んで、なんとかなるもんじゃねえと思うぜ」
スラムの住人にとって、魔法とは遠い世界の話らしい。実際に使えるのは貴族や、その関係者に限られていて、一般の人間がその理屈を学ぶ機会自体、ほとんど存在しないようだった。金があれば教師を雇える、という話でもないらしい。そもそも教える側自体が、外部の人間に易々と知識を渡さないという。知識を独占することが、そのまま権力の維持に繋がる。前世の裏社会でも、似たような知恵の隠し合いはいくらでも見てきた。
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古書店らしき店を一軒、見つけた。埃をかぶった本が雑然と積まれている。店主は片眼鏡をかけた、痩せた老人だった。
「契約魔法について、知りたいんだが」
「契約魔法、ねえ」
老人は俺の顔を、じろじろと眺めた。
「珍しい客だね。普通、そんなこと調べようとする若者はいないもんだが」
「本はあるのか」
「あるにはあるが、基礎の基礎だけだよ。本格的な理論書は神殿か、貴族の書庫にしかない。ここに置いてあるのは、子供向けの噛み砕いた説明書くらいさ」
老人はそう言いながら薄い一冊を、俺に差し出した。値段を聞いて、思わず顔をしかめた。この街の物価からすれば法外な値段だった。それでも俺は、その本を買った。この程度の出費で多少の材料が手に入るなら、悪くない投資だった。
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宿に戻り、その本に目を通した。
書かれていたのは、本当に初歩の初歩だった。契約魔法とは、二者間の約束を魔法的に固定する術であること。破れば罰として、何らかの現象が発生すること。だが、その"罰"の仕組み――どうやって痛みや拘束が発生するのか、どうすれば解除できるのか――については、一切、触れられていなかった。
こんな入門書では、ミラの紋をどうにかする手立てには、まるで届かない。ページをもう一度頭から読み直したが、書かれている内容が増えるわけでもなかった。金は無駄になった。それでも、この程度の失敗は前世でも数え切れないほど経験してきた。
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「なあ、契約について、もっと詳しい奴を知らないか」
その日の夕方、俺はまた、ゴブに尋ねた。
「専門的な話になると、俺の手には負えねえよ」
ゴブは、そう言って肩をすくめた。
「ただ、噓か本当か知らねえが、この街に、そういう学問に、やたら詳しい変わり者がいるって噂は聞いたことがある」
「変わり者?」
「貴族の家系らしいが、今は落ちぶれて、スラムの外れに住んでるって話だ。禁術だとか契約の理屈だとか、そういうことに異常に詳しいらしい。会ったことはねえけどな」
「本人は、なんでスラムに落ちぶれたんだ」
「そこまでは知らねえよ。よくある話なんじゃねえのか。家が没落したとか、何かの醜聞があったとか」
その情報に俺は興味を惹かれた。落ちぶれた人間ほど弱みを抱えている。弱みがある人間は扱いやすい。だが、それ以上のことはゴブも知らないようだった。
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念のため、貴族街の方にも、少し足を延ばしてみた。神殿の外観だけでも、確認しておきたかった。
神殿は、白い石造りの、大きな建物だった。入り口には、鎧を着た衛兵が、二人、立っている。中に入るには、それなりの身分証明か、紹介状が必要らしい。スラム出身の流れ者が、まともに相手をしてもらえる場所ではなかった。
少し離れた場所から、しばらくその建物を眺めた。ここに俺が欲しい知識が、確かに蓄えられているのだろう。だが、正面から頼み込んだところで話を聞いてもらえるとは思えない。金を積んでも身分がなければ、門前払いされるだけだ。
正攻法では、無理だ。だとすれば、別の道を探すしかない。
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その帰り道、ミラの姿を、遠目に見かけた。相変わらず、疲れた様子で、荷物を抱えて歩いている。声をかけるべきかどうか、少し迷った。
まだ、何の成果も持っていない。中途半端な期待を持たせるのは、後々こちらの手間になる。約束を反故にしたと思われれば、あの女から得られるはずの協力も失う。結局、俺は声をかけずにその場を離れた。
この駒を無駄にしないためにも、今は動くしかない。前世でも、こういう、まだ何も約束できない時期の焦りは何度も味わった。今回は、その焦りの矛先がいつもより少し違う方向を向いている気がした。それが何なのか、深く考える気にはならなかった。
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その夜、俺はこれまで積み上げてきた知識を、頭の中で整理し直した。
契約魔法という仕組みそのものが、この国では貴族と、それに近しい人間だけが、独占的に理解している領域らしい。スラムの住人には、その理屈を学ぶ機会すら、初めから与えられていない。
――なるほど、これも歪みの一部か。
知識そのものが、権力を保つための道具になっている。力を持つ者だけが知識を独占し、知識を持つ者だけが、さらに力を蓄える。この循環の中に、外側から入り込む隙間は、ほとんど用意されていない。
力や知恵だけでは、突破できない壁がある。前世の経験が、いくら豊富でも、この世界特有の"魔法"という理屈を、独力で理解するのは、現実的ではなかった。
殺す、脅す、騙す。そのどれも、今回は通用しない。必要なのは、専門的な知識そのものだ。
俺は、これまで自分一人の力で、この街を渡り歩いてきた。だが、この壁を越えるには、誰かの力を借りる必要がある。
その事実を認めるのは、少し気に食わなかった。前世でも他人に頼ることは極力避けてきた。頼れば弱みを握られる。それが俺の生き方だった。誰かに知識を借りるということは、その相手に自分の目的や事情を多少なりとも明かすことでもある。今の俺の立場からすれば、それ自体が一つのリスクだった。
それでも今回だけは、そのリスクを取るしかない。契約紋という仕組みの弱点を掴めれば、それはミラ一人の問題では済まなくなる。この街に転がる、似たような案件をまとめて刈り取る材料になる。投資として見れば悪くない話だった。
だが、今は選択の余地がなかった。
ゴブが言っていた、その"変わり者"を探し出す必要がある。それが今、目の前にある、唯一の道筋だった。




