第3話 初夜、なんだけど
あらためて。
今のあーしはグレース・フィラー(18)。
公爵家の姫だった。
第二王子の婚約者に望まれたけど、ポッと出のアザとい男爵令嬢に寝とられた。
マヌケ過ぎでは?
でも令嬢として、「婚前交渉なんてもっての他ですわ!」って、王子のイヤらしい手つきを容赦なくはたき落としてきたから、仕方ないのかな。
しつこく迫る王子もどうかとは思うけど、気持ちはわからなくもない。
グレースのけしからんボンキュッキュボディは、あーしでも、えっろ!て思うし。
切れ長ツリ目だけど綺麗な顔も、行き届いた手入れで、髪先から指先までなんかいい香りすんのも、思春期のオトコにはシゲキ強すぎたんだよね。
しかも罪作りなグレースは、王子のことを好きでも嫌いでもなくて、義務的な対応しかしなかった。
今思うと、王子はそれも不満だったんだろうな。
いくら美人でも、ツレない相手はキツいよね。デレがあればガンバれるけど、ずっと相手にもされないままだと正直ツラみ。
グレースは家族感の希薄な公爵家で育ったから、「結婚とはカタチを保つだけのもの」って思いこんでたんだよ。
まぁ王子だって、学校や夜会でグレースが妬まれて困ってても、フォローしてくれなかったけどね!
淡々とグレースが対応しても、なにしたって炎上するから、結局グレースは諦観笑顔をはりつけてスルーするようになっちゃってた。
そんな助けを求めない態度も、王子にはナマイキにうつったんだろうなぁ。
あーしの前世は庶民で、生きて生活することに必死だったから、公爵令嬢時代は無意識に「お金に苦労しないだけマシ」って気持ちが常にあった。だからそれ以上の贅沢は望む前にあきらめちゃってた。
「なんとかして家族仲を改善しよう」とか「王子とあたたかい家庭を築こう」なんて希望、思いつきもしなかった。
あらためて考えたらグレースめちゃクールだね!
ま、もう終わったことだし。考えるのヤメヤメ。
辺境に来てまだ一ヶ月くらいだけど、王都と違って辺境では、驚くほど人との距離が近い。
なんだか前世のシズカ隊と一緒にいた頃を思い出した。
アタシがなんでシズカさんのチームに入ったかと言ったら、シズカさんに救われたからだ。
当時チームの頭だったシズカさんが、道でガラの悪い二人組に絡まれていたアタシを助けてくれた。
(助かったけど、今度はこの人から見返りを要求されるんじゃない?)ってハラハラしてたら、要求もなく恩をきせるでもなく、「次からは気をつけな」とだけ言って去っていったシズカさん。
カッケーー!!
一発で惚れたね!
あんなカッコイイ人間になりたいって思った。
それから、いま助けてくれた人が誰か調べて。シズカ隊っていうチームの頭だと知って。同じチームに入りたいって押しかけたんだ。
シズカさん含む上の方々とは直接言葉を交わす機会はほとんどなかったけど。噂を集めたり、伝言やお使いを頼まれたり。顔覚えてくれてて、まれに目が合ったらニッて笑ってくれた。
どんなことでもシズカさんの役に立ててると思えば嬉しかった。
あーしと同じようにピンチを助けてもらった取り巻きが何人もいて。みんなシズカさんから名言かけられてて。
取り巻きだけで集まって名言披露し合うのも楽しかったなぁ。
取り巻きみんなそれぞれ家に居づらかったから、たまり場にはいつも誰かいた。普通の人に話してもわかってもらえない生き苦しさが、うまく言葉にできなくても通じ合うのが心地よかった。
そんなあーしらにとって、シズカさんは強烈な光だった。
『シズカさんがいるから大丈夫』って安心感があったから、みんなそれぞれのやりたいことを考えられるようになっていった。
家を出たかったあーしは、仲間の縁で中卒でもそこそこ安定した会社に雇ってもらえて。真面目に働けばお金がもらえるのが嬉しくて、頑張った。
職場の人にも恵まれて、貯めたお金で一人暮らし始めて。やっとシズカさんに恩返しできるってときに事故っちゃったけど。
ま、終わったことは考えてもしゃーない。
「あーし、緊張してんのかな?」
今晩はいわゆる初夜。
あーしは丸洗いされて、薄い寝衣を着せられて、ベッドでダンナを待っている。
魔物対策だという天井の鏡にうつるのは、隠しきれない色気を垂れ流す赤目黒髪の美女。
えっろ!!
これで十八歳なんて信じられない。
「フフ。お姉さんにぜぇんぶまかせていいのよ?」とか言いそうな見た目なんだよね。
はたしてリアルなあーしときたら、今生はもちろん未経験。前世で経験がないわけじゃないものの、若いときの一回しかない。
初めてを、自分も相手も興味本位でシたからか、こんなもんか〜って残念な感想の初体験だった。
みんなの話によると、もっとスゴそうだったのに。初体験で拍子抜けしたから、再びスる気にもなれず、機会を作ることなかった。
でも人の話を聞くのは好きだったから、スッカリ耳年増。性癖って限りないのな。いろんなワザ名まであって、格闘技みたいだなって思ったわ。
は。
今こそ集めた知識を脳内でおさらいしとくべき? やっぱオンナから積極的に来られるとオトコも嬉しいだろうし。
でも、公爵令嬢の閨教育では「すべて旦那様にお任せするように」って習ったね。
え。これ、どっちだ?
あー! もうわかんないから、成るように成れ、だ。ダンナの出方に合わせよう。
聞いたら、魔物にふっ飛ばされたあーしを助けて避難所に運んでくれたのはダンナらしい。
シズカさんの時みたいに、恩を返せないままになってしまったらイヤだから、まずはダンナに恩返ししたい。
あと、王子に未練は全然ないんだけど、あの女子にハメられた落とし前だけは、いつか絶対つけちゃる! と心に決めている。
学校でもお茶会でも夜会でも、いちいちチマチマ仕掛けきてからに!
夜会といえば、さっきのバーベキューパーティはフレンドリーで楽しかったな。
辺境での光はダンナなんだってわかった。あーしも辺境で楽しく過ごせたらいいなぁ。
ノックの音がして、ダンナが視線をそらせたまま寝室に入ってきた。
「待たせたか?」
「お気になさらず」
さっぱりした様子のダンナはロナウド・フィラー辺境伯(26)。
黒髪の無造作ヘアで隠されていてハッキリ見えないけど、顔は整ってるっぽい。声がほぼ無表情なのが、あーしには微妙に怖いけど。
ダンナは着やせするタイプらしく、ガウンからのぞくのは引き締まった筋肉で、色気まで醸し出している。辺境の物理系エースなのも頷ける、痩身マッチョな身体つきだ。
清潔な匂いをただよわせながら、ダンナはあーしの横にそっと腰を下ろした。
しかしダンナは前を向いたままなので、まだ目が合わない。
「今日は疲れただろう」
確かに疲れたけど。
「魔物は仕方ありませんわ」
「今日のために魔物の数を減らしてきたんだがな」
これはアレか?
疲れてるから初夜はやめとこうって話か?
「……あの、大丈夫ですよ?」
悪いオトコじゃなさそうだし、なんといっても恩人だから、それなりに御奉仕する所存。
「なら、私に付き合ってもらおうか」
「っ……優しくお願いします」
初夜でベッドの上での会話だから、えっちなお誘いだと思ったあーしは普通だと思う。
ダンナはひょいとあーしを片手で縦抱きにすると、立ち上がって、サイドボードに置いていたムーディな灯りを持ち上げた。
いよいよ始まるのか、さすが世界が違うと作法も違うのな、とドキドキなあーしをよそに、寝室に奇妙な音が響いた。
音のもとに視線を向けると、灯りが置いてあったサイドボードとベッドの間に、床下収納みたいな穴がポッカリ空いていた。
「掴まってろ」
「はいぃ?」
言いながら大きく踏み出され、落ちそうになったので、あわててぎゅっとしがみつく。




