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30 間違った積み木

「アリステリア学派に残っている魔導士系の学者の血、そりゃあ高値で売れるでしょうね」


「……」


コゼットはシルヴァンから取り上げた小包を拾い上げて愚痴をこぼすように口にした。


「リディア、分かってたの? この子が売人だったってこと……」


「全く確証はなかったです。ただ、キアラと食堂にいた時に変だなと思ったのは、家畜被害の噂についてはすすんで聞こうとしたのに他の噂について聞いたら言い淀んでたので」


「隠してる、と思った?」


「……まぁ、怪しいなとは。最初は噂を知らないだけかと思いましたが……

キアラの学者の情報網について聞いて、カリーニ教授のもとでも噂が広まる速さを目の当たりにしたら、現役のトップエリートが知らないというのは不自然かなって」


それでも、売人そのものであるかどうかは疑問だった。

協力者か、ただ関与しているだけかの方が確率的には高いかと考えていたのだ。


キアラは私の説明に合点がつくと、話の矛先をシルヴァンに向けたのだ。


「きみ、啓示派の信徒?」


「……」


問われたシルヴァンはバツが悪そうに目をそらすだけであったのだ。


そういえば、食堂でも聞いたな。

『啓示派の教会』がどうたらこうたらと。


「啓示派は、教会組織と教皇の意向を重視する『国教会』、神との繋がりである聖書こそを重要とする『契約派』の伝統的な派閥と違い、ここ200年ほどで庶民の間で広まってる派閥ですよ」


「庶民派、ってこと?」


「いえ、貴族にも豪商にも信徒はいます。ただ、その時代に受けたとされる『聖女の啓示』を最重要と考えるために、やや反体制的な姿勢があるんです。


200年前の大規模内戦から国を救ったと言われる、農民出身で戦場を駆けた聖女への信仰から始まってることが原因ですね。


そういう成り立ちのために身分にかかわらず優秀な者を拾い上げるので支持されてるんですよ。派閥全体が清貧、博愛を地で行きながらも、それゆえに苛烈、武闘派と知られてもいます」


「……なるほど?」


首をひねっているとコゼットが説明してくれた。


まぁ、魔法の世界なのだ、啓示もあろう。

イメージとしてはいつどこにポップしてくるかも分からんジャンヌ・ダルクを常に探してる派閥というイメージだろうか。


そのついでに、歳の割に利発な子供が恵まれない環境にいれば拾い上げる、みたいな感じか?


「なんでこんなことしたの?」


「……ちっ」


キアラは心の底から心配するようにシルヴァンに問うと、その心遣いが伝わるのかシルヴァンはバツが悪いのを誤魔化すように舌打ちをした。


「お金が必要だったの?」


「金? 金ねぇ、まぁ、あんたみたいな大貴族に生まれた人には分からないだろうさ?」


「……っ」


シルヴァンはキアラの問いをまるで何も分かっていない世間知らずをあしらうように答えた。

キアラはそれを複雑な表情で受けながらも、返事を絞り出していたのだ。


「たとえ貴方に事情があったとしても、学者として効果がない薬を売りつけることが問題なのは理解できるでしょ!?」


「キアラ、少し落ち着いて」


「私への侮辱はどうでもいいわ! だけど、ロメリアが築き上げた信頼を勝手に切り売りするのはアリステリアの一員として看過することはできないわ!」


「……キアラ」


「ましてや、領地の家畜を襲って日銭のために偽薬を他人に売りつけるなんて!!」


「キアラ!!」


「っ!?」


言葉尻に少しずつヒートアップしていたキアラを諫めると、彼女はようやくハッとして自分を恥じるように視線を落とした。


才能に恵まれなかったキアラが、才能に恵まれたシルヴァンに世間知らずと言われれば頭にもこよう。

それでも、売り言葉に買い言葉、というわけではないはずだ。


ロメリアを守り抜いたアリステリアの一族としては、確かに看過することができない暴挙だ。


___もし彼女の言う通りなのであれば、だが。



私はまるで拗ねるように対話を拒否して目をそらし続けるシルヴァンを見た。


「弁明は、しないの?」


「……どうせ碌に聞きもしないでしょう?」


「……はぁ」


意固地というやつか。

まぁ、シルヴァンから見ればエレオノーラの弟子である私もアリステリア側の人間だろう。


才能も、家柄も良く、何不自由せず生きてきた人間に見えるのだろう。


別にそれで彼を悪く思うことはないのだ。

たとえば、『転生する前のリディア・パラケルス』というのは得てしてそういう人物でもあったであろうから。


ただ、この場の裁定者としては、子供っぽく拗ねられても困る。


私はシルヴァンの左腕、聞き手と逆側の腕を掴んで無理やり袖をめくった。


「___ちょ!?」


「……やっぱりね」


そこには包帯がまかれながらも、露出した部分には生々しい傷跡が多く残っていたのだ。


「家畜の血は……使ってないんでしょ?」


「……」


今回の問いには、少し驚いたような表情をしながら目を合わせてくれていた。


状況が変わったことを察するとキアラは訝し気になりながらもその本当の意味を探ろうとしていた。


「そっちの貴族の方の、あんた」


「……なんです?」


「あんた、高位魔導士に血の薬が魔力を向上させるって『本当に』信じてた?」


「……」


「悪いようにはしないから。ちゃんと答えて」


「……信じてない」


貴族の男は諦めがついたと言わんばかりに白状した。


わざわざ隠れて血の偽薬を買い求めていた者からの言葉にキアラは一層混乱を深めている様子だった。


「……どういうこと? ……リディア」


「つまり、一種の『コミューン』だったんですよ」


「『コミューン』?」


同じ言語系を元にした言葉である『コミュニティ』とは意味が少し違う。


より、密着した、強制力・相互依存が強い繋がり的な意味合いを持つ。それこそ、生き残りをかけるような。


「商取引は、一種のコミュニケーションに過ぎません。そこに価値の交換があるだけで」


「……それは、分かるけど」


「たとえば、『本当はいらない物』でもご近所づきあいから買ったり、『本当は売りたくない者』でも将来のために売ることもあるでしょう?」


「今回もそういうケースだってこと?」


「はい。つまり、本当の目的は偽薬の売買ではなく、売買する時に顔を合わせてする情報交換だったんでしょうね。もちろん、最初は本当に偽薬を買い求めてたんだと思いますけど。」


「……」


私は貴族を見ながら「間違っているか?」と聞くと沈黙を持って肯定が帰ってきた。


キアラはまだ腑に落ちないようであった。つまり、「なぜわざわざそんな売買を挟む必要があるのか」と。


「キアラも言ってましたよね? 学者の情報網の大切さ。


『表に出てくる仮説や論文なんて基本的には数年前から裏で共有されてるくらい』、『それについていけないものから古くなっていく』、『情報交換の価値がない者から脱落していく』って」


「……それは」


「お互いに専門分野が違う。だけど、どこかで縁が役に立つかもしれないと気づいた。


だけど、学者の情報交換は『対等な関係』じゃないと成立しない、となると何か『言い訳』が必要だったんじゃないでしょうか?」


「あっ」


商売もまた価値の『交換』である。

それは、等価の物を交換しているという意味であり、対等な関係を持つという意味でもある。


であれば、逆説的に『商売相手であるのだから対等な関係』という言い訳が成立したのだ。


「結果的に、相手と情報交換をしていても舐められない」


カリーニの言う『積み木』とは、つまり、最初に間違った積み方をしてしまっても、結果的に役にたっているものを意味していたのだと思う。


例えば、たしかにエレオノーラ・アリステリアであれば「洒落臭い」と一蹴して崩してしまっても何も問題はないのだろう。

家柄も才能も名声もある人物であれば、積み木を崩した傍から人が寄ってくるだろうから。


ただ、全ての人がそうかと問われれば、当然、否である。


ロメリアに登ることが許されるのは、誰もが地元では天才の名をほしいままにして期待を背負う者たちだ。

学費だって、無理して稼いだり仕送りを貰う者も多かろう。


そこからの脱落は、本人だけの恐怖ではない。


「じゃあ、家畜被害の方は……」


「おそらく、偽薬とは直接の関りはないかと……。


コミュニケーションが主な理由で売買を行なっているなら信頼が必要になりますかから、少なくとも学者たちではないと思います」


「偶然の一致ってこと?」


「そこまでは、わかりませんが……」


いや、どうだろう。

ユリウスの忠告を考えれば、『噂の広まった時期が重なるのを無視する』のは味が良くないかもしれない。


何かしら『血』の問題について関りがある可能性は考慮すべきかもしれないが……。


「偶然とは思えないけど、今は切り分けるべきかと」


キアラは、考え込むようにして押し黙った。

まだ、すべてが納得いったわけではないのだろう。


アリステリアの一員としては、ロメリアの学者の中で偽薬が広まっているという醜聞自体も問題だと言える。


「で、どうしますか? リディア様」


ロメリアの人間でも、アリステリアの一員でもない。

この場で最も中立的な立場と言えるコゼットが場の空気を切るために裁定者である私に問うた。


「少なくとも、ロメリアの内部規定からすれば潔白は言いづらいです。やはり、逮捕してカリーニ教授に引き渡しますか?」


「……っ」


コゼットの言葉に偽薬の取引をしていた二人の方がピクリと跳ねた。

現場を押さえられて、観念したとはいえ『逮捕・引き渡し』と言われれば、そりゃ身も強張るだろう。


「この二人を止めれば解決、っていうならそれでもいいんだけどね」


「……」


二人は私の意図を測ろうとするように表情を探っていた。

一縷の望み、というか。どこか縋るような視線にも思う。


まぁ、コゼットとしては、グレーなやり取りをして目をつけられた。

だから、後は為政者に任せるというのは自然な話ではあるのだ。


ただ、それだと事態の解決には全く役に立たない。

むしろ他の偽薬取引や、もしかしたら、それ以上にグレーなやりとりを『仲間を作る』などという素朴で当たり前のことのために横行する可能性さえある。


そもそも、取引現場を市長に教えてもらって犯人を捕まえました、では『課題』としてエレオノーラが認めないだろうし、

なにより信じて情報を託してくれたカリーニにも申し訳が立たない。


だから、ここからが私の『回答』になるのだが。


正直、響きは間抜けだし納得してもらえるかは半々だと思っている。


生ぬるいと言われる現代日本や諸外国の大学教育に積極的に取り入れられている思索。

権威で縦社会が強い集団の中において旧態依然とした環境の改善の助けになる『お遊び』である。


ただ、『元の世界』ではそれなりに上手くいっていたのだ。どうしてこの世界ではダメだと言えるだろう。


横のつながりを自主的に作る、現代ではあまりに軽薄な意味合いを持つそれは、しかし、『元をたどればロメリアの成り立ち』もそこに由来する集まりでもある。


___つまり。


「サークル活動って知ってる?」


私の言葉を聞くや否や、頭が悪く空気の読めないバカを見る目がその場の全員から向けられたのだ。


……分かってる。


……説明させてくれ。

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