29 小競り合いと成長
現れた人影はしばらく雑談をしている。
挨拶代わりの会話としては、かなり長い時間であった。
しばらく時間が経つと、動きがあったのを見てコゼットが目を凝らしながらクルトに声をかけた。
「クルト、見えますか?」
「……紙の、小包かな? 手渡してる」
クルトは目を見開きながらも、かなり距離がある二人の手元がなんなく見えているようであった。
「すごいね、私なんて全然見えないのに」
「クルトは目がいいんです。いろんな意味でね」
知らなかったでしょう? とコゼットは教育係をしていたからであろう私が知らないクルトの一面をからかい交じりに伝えてきた。
「連れてきてよかったろ?」
「……そうだね?」
クルトはふふんと自慢げに私に向けて鼻を鳴らす。
私の子。可愛い。
「それで、どうするの? リディア。取引現場なのは間違いなさそうだし、カリーニ先生に任されてるなら逮捕権も認められると思うけど」
「……」
キアラの問いかけに私は一瞬ひるんでしまった。
『逮捕』と聞くと流石に身構えてしまう。
「できれば、大事にはしたくないです。まずは話しを、したいかも……」
「少なくとも片方は文武両道を推奨するロメリアに登ることを許されてる貴族だよ? もう一人だって、ローブの下に何か持ってるかも」
「……それは」
悩んでいる時間はあまりない。
できれば、クルトを巻き込むどうこうは置いておいたとしても、『事情』からしてあまり騒ぎにはしたくないのだが。
「……でも、背に腹は代えられないか」
少なくとも、身内の安全には変えられない。
先手をとって制することができれば、結局そっちの方がお互い安全かもしれないと判断し、私はコゼットに声をかけた。
「いける?」
「ジゼル様ほどはうまくできませんが、やってみます」
「やり方は任せる」
コゼットはふぅと一度息をつくと、サーベルを抜いて構えた。
「クルト、いきますよ。私がフードを被ってる方です。無理はしないこと」
「あいよ」
「……えっ!? ちょっ!? クルトは残りなさ___こらっ!?」
私が素っ頓狂な声を発するのが早いか遅いか、コゼットとクルトは建物の屋根からそのまま飛び降りて取引現場に迫ったのだ。
3階建てはある高さから飛び降りてなお、二人は何事もないように着地して剣を構える。
取引をしていた怪しい二人組は驚いて飛びのいたせいで二手に分かれた。
フードを被っている方は、すぐさま体勢を整えコゼットに相対しているのに対して、貴族の方は動揺しながらなんとか構えを取っている様子であった。
「て、見てる場合じゃない! コゼットのバカ! なんでクルトまで連れてくの!!」
二対一を避けたかったのは分かる。
だけど、それならそうと先に言ってほしかった。それなら、もういっそ実力行使なんてさせなかったのに。
私は登ってきた道を急いで降りて二人のいる路地へ走ったのだ。
「ていうか、なんで二人はあんな高さから飛び降りてへっちゃらなんだよ!」
魔法を使っているのは、まぁ、自分で言っていても分かってはいるのだ。
肉体を強化しているのか、あるいは、『着地の衝撃を受け止める』という過程を魔法で省略しているのか。
以前、分析した魔法の性質からすれば、おそらく後者だろう。
「それにしたって、恐怖心とかさ、あるでしょ! 普通!」
見てるこっちが怖えぇよ。
一人で愚痴をこぼしながら、二人の華麗な身のこなしとは反対にバタバタ、ゼェゼェと路地へ向かった。
「___えっ!?」
到着すると、戦いは、既に決着がついたタイミングであった。
「ふうっ___!」
「ぐっ!?」
クルトは小さい体で貴族らしき男の懐に潜り込んで剣で下から切り上げた。
貴族も貴族で護身用であろうか? 持っていたナイフで受けようとしたが、その刃がクルトの剣に触れた瞬間、衝突音とは違うまるでガラスが砕け散るように音と共に砕け散ったのだ。
貴族は勢いに尻もちをつき、驚きながらも降参のポーズを取った。
「今の……『魔法剣』?」
「……」
近づいてクルトに尋ねたが、残身の途中であったのか鋭い目つきはそのままにクルトは返事をせずに剣を鞘に戻した。
「……い」
「い?」
「いぃっっっ、よっしゃぁああああああ!!」
「っ!?」
息を一度落ち着けると、クルトはガッツポーズをとって屈んだと思ったら、そのまま足のバネを使って飛び上がりはしゃぎはじめたのだ。
「見た!? リディア! ちゃんと見たろ!?」
「う、うん。驚いちゃった。ちょっと、怖かったくらいだよ」
「へ、へへ、へへへっ! コゼット! コゼットも見たか!?」
クルトはまるで小躍りするように走り回って喜びを表現した。
そして、今しがた決着がつき、ローブの男を下した教育係のコゼットに駆け寄ったのだ。
「えぇ、見ましたよ。うまくやりましたね」
「へへっ」
頭を撫でられながらクルトははにかんで笑っていた。
喜んじゃって、まあ。
「コゼットが教えたの?」
「いえ、エレオノーラ様ですよ。私も驚きました。ものの数日で習得してしまうなんて」
『魔法剣』は騎士の基本にして真髄と呼ばれる技術である。
原理はいたって簡単で、剣が『触れた瞬間』から『切断する』に至るまでの工程を全て省くことで切り裂く魔法の応用。
ようは、他の複雑な魔法とは違い『切る』という非常にシンプルな結果を求めるがために、防ぐことを許さない『防御無視の技』だ。
言うは易いが行うは至難である。
戦闘中の身のこなしの中で魔法をしっかりとイメージして行使する力。
そして、剣そのものを自身の一部と認識するにいたるほどの訓練があって初めてできる代物だからだ。
それを剣を教わって未だ数か月と経っていない子供がやってのけるなんて……。
「ね? 言ったでしょ、リディア様。大丈夫だって」
「……そう、だね」
『この子なら、本当に聖剣に選ばれるかもしれない』
以前、そう語ったコゼットの言葉がここにきてようやく私に現実味をもって響き始めた。
「やっと、追いついた。みんな、脚速いよ……。」
「あ、キアラ」
「……ふぅ、息もつけたし。ま、子供の成長の喜びは後にしなさいな、リディア。仕事が残ってるでしょ?」
「あ、そうだ。そうそう、そうだよ」
驚きで茫然としていたところに後からバタバタと追い付いてきたキアラに声をかけられて我に返ったのだ。
残っている、というより、私の仕事はここからだ。
コゼットが相手をしていた怪しげな服装の方の面もフードが脱げたことで割れていた。
「……リディア・パラケルス」
「もしかしたら、とは思ってたけどね?」
最初に会った時の朴訥でおずおずとした様子はどこへやら。
年のころは20にはならないくらいの青年である。
中世的で端正な顔立ちだが、眉間に皺を刻んでこちらを睨んでいる顔には覚えがある。
「ご機嫌は、良いわけないか。シルヴァン、だったよね?」
天才集うロメリアの中でも一握りの才覚を認められるエリート。
アリステリア学派に2年在籍する才人は唾を吐き捨てるようにして悪態をもって私に応えた。




