28 裏路地の取引
しばらく日が経つと、カリーニから連絡があり、偽薬の売買の現場に向かうことになった。
万が一の荒事に備え、コゼットはサーベルを携えて武装しているのだが……。
「クルトも来るの?」
「なんだよ、来ちゃダメなのかよ?」
「いや、ダメっていうか……」
普通に心配なのだ。
わざわざ危険になるかもしれない場面に子を連れて行きたい親がどこにいよう。
「いざとなったら、俺が守ってやるよ」
「う、うーん……」
一度は言われてみたいセリフではある。
自分の拾った子に言われるというのも、まぁ、なかなか乙なものだ。
悪い気はしないのだ。
そりゃ、もう、まったくもって悪い気などしないのだが……。
自分の肩にも届かぬ子供に言われても、正直頼りない。
頼りがいどうこうというより、もう、かわいいが勝ってる。
いくら可愛いは正義とは言え、本当に危険が迫ってはそうも言えまい。
「コ、コゼットぉ……」
私はクルトに嫌われたくない。
先日ヘッドロックをかまして一晩爆睡したがために損ねてしまったクルトの機嫌をまた悪くするのは嫌だ。
だけど、ここで「危ないから屋敷に帰りなさい」などと言えば、またヘソを曲げるに違いないのだ。
何度でも言うが、私はクルトに嫌われるのだけは絶対嫌だ。
そのためなら、多少の汚い手はうつ。
つまり、自分の従者に汚れ役を着せるために矛先を向けたのだが……。
「大丈夫ですよ、リディア様」
「いや、そりゃあ、コゼットがいれば多少の荒事は平気だろうけどさ。万が一ってこともあるでしょ?」
「いえ、そういう意味ではなくてですね」
「?」
コゼットは言い含めて、言葉を止めた。
その表情には本当に心配事などないというような様相を伺わせていたのだ。
「本当に大丈夫ですから。きっと、リディア様もビックリしますよ」
「ビックリ?」
ちょっとした茶目っ気のつもりなのだろうか、コゼットは軽く微笑んで言葉を返した。
私はロメリアの関係者として同行している最後の砦であるキアラに視線で助けを求めるが、キアラもキアラで肩を竦めて苦笑いでお茶を濁した。
「……はぁ。仕方ない、分かったよ」
もし本当に危険が迫ればクルトを抱えて一目散に逃げよう。
王都地下組織掃討戦の時のように魔力を全開にできれば一番だが、それができなくても体を張って守るくらいはできるはずだ。
私が渋々動向を認めると、クルトは不満げにふんと鼻を鳴らしたついでに腰に下げた短剣の感触を手で確かめたのだった。
「それで、カリーニ先生の情報だと『ここ』で偽薬の取引があるんだ?」
「カリーニ教授からはそうだって……」
「なーんか、いかにも! って感じだね?」
キアラの確認に応えて現場となる場所を上から眺めると、人通りが少ない路地裏であった。
もう、本当に『いかにも』という感じで逆に情報を疑いたくなる。
まぁ、私としては予想通りではあるのだが、この『場当たり的な感じ』がまさに『素人』っぽい。
私たちは、事前に建物の持ち主に許可をとって屋根に上って待機していたのだ。
「しかも、昼間だし。なんていうか……」
「肩透かし?」
「そうそう、それそれ」
キアラなどはもうすっかり緊張感が解けていて、私もつられてしまっている。
コゼットは流石に警戒を続けており、咳ばらいをして雑談を始めてしまった私たちを軽く窘めた。
「ねぇ、カリーニ先生が前から情報を握ってて、それをリディアに渡したってことはリディアも事件の真相が分かったってこと?」
「……あぁ、まぁ。まるっと分かってるわけじゃないんですけど。たぶん?」
「たぶん?」
私の煮え切らない言葉にキアラは首をかしげた。
キアラの反応は当然だとは思う。
ただ、ぶっちゃけ言うと、私も真相という真相に辿り着ているわけでもないのだ。
分かっているのは、せいぜい、なぜこの『誰も得をしない商売』が続いているのか。
逆に言えば、カリーニは『それ』が理解できているなら大丈夫と踏んで私に預けたのだろうから、そこまで不安には思っていないのだが。
「二人とも、お喋りはもう本当にやめてください。人が来ます。」
「……っ!」
コゼットのささやきに緩んだ緊張感が戻ったのだ。
先に到着したのはフードを被った人物、背丈的に男であろうか。
少しすると、別の人影が現れた。
「……貴族?」
キアラが小声で疑問を口にした。
身なりが良い。服に家紋であろうか、刺繡が入っている。
「裏取引ですよ? 身元が割れるようなものを着てきますかね?」
「……どう、だろ? でも、魔法薬として血を売りに来たってことは貴族の方が売人でしょ?」
コゼットとキアラが首をひねりながら小声で会話をした。
ただ、私としては完全に予想通りの展開であった。
だから、まぁ、荒事にはならないだろうと胸を撫でおろして答えた。
「……逆だよ」
「「 ? 」」
「血を買ってる方が貴族。どっちも必死なんだよ」




