27 アルフレード・カリーニ
「急にお邪魔してしまって申し訳ありません」
「いえいえ、またいつでも来てください。今の貴方は非常に私好みだ」
ユリウスとコゼットを連れて、屋敷からお暇しようとするとカリーニは見送り際にそんなことを言った。
凡人マニアと呼ばれる変人の屈託ない笑顔につい苦笑してしまうが、今度はその言葉を素直に受け取ることができた。
「あの、カリーニ教授はなんで『凡人マニア』なんてやってらっしゃるのですか?」
「というと?」
私の質問にカリーニは少し感心したように聞き返した。
たぶん、なぜ私がそのように聞いたのかは理解したうえで、私の言葉を待ったのだ。
「その……。余計なお世話でしょうが、そうじゃなくても良い教師になれるだろうにと思いまして」
「はっはっは。そうですな、そうかもしれません」
カリーニは私のあけすけな言い方を大げさに笑って許した。
そして、少ししてから目を細め、小さな子供を見るように慈しみの視線を持って私に語り掛けた。
「私はロメリアを守り続けた『アリステリア』の功績は、その血筋を残したことではなく徒弟制度を残したことだと考えているのですよ」
「学問が次の世代に渡るから、ですか?」
「えぇ、えぇ。その通りです、リディア様」
「そういえば、教授はご自身を『才能アンチ』とおっしゃっていましたね?」
思い出して質問すると、カリーニは今度は一転して苦笑いを見せた。
少し自罰的な、そんな様相である。
「……本当はね、リディア様。ロメリアに登ることが許された時点で、その者が凡人などではないことを十分に証明しているのですよ」
「……。」
「しかし、人というのはどうにも視野が狭くなる。向上心と言ってしまえば聞こえは良いですが、こればかりはどうにもままならないものなのでしょうね」
「上を見すぎる?」
「才能の優劣に、本当に上下をつけられますか?」
「……それは」
窘めるように、少しだけ咎めるように。
カリーニは優しく問うてから、思いを馳せるようにゆっくり目を閉じた。
きっと、失意のままロメリアを去った学者たちを思い浮かべているのだろうと思う。
「進み方など、本当に多種多様でございます。それこそ、速く走るのが得意な者も、遠くまで歩くのが得意な者もおりましょう?
たとえば海でならどこまでも泳いでいける者もいるのに、しかし、どうにも皆一様に『空』を見上げてしまうのです」
「……空、ですか?」
カリーニは実際に視線をあげ、夜空を見つめていた。
何もないように思った『そこ』には、鳥が羽ばたいて一瞬のうちに視界からからいなくなってしまったのだ。
「あんな風に、自由に飛べたならどれほどよいか、と」
「……。」
「いるのですよ。世の中には、羽ばたくようにまばゆい、見る者の目を焦がしてしまうような。本当に特別な才を持つ者が」
「……エレオノーラ・アリステリア」
「はい。そして、かつての『ヴェスタリアの黄金』と謳われたリディア・パラケルスもまたそうでした」
「……。」
カリーニは私に視線を戻すと、それこそ子供にするように頭を静かに撫でた。
「『一番』はいつの時代も一人しかいません」
「……それは、まぁ」
「でも、一つの時代の中に、素晴らしいものがいくつも生まれるのが人の世の常でございます」
「あっ」
カリーニは私の気づきに満足すると、手を離したのだ。
その瞳には少しだけ、誇らしさを感じているようであった。
「カリーニ教授は、その。キアラのことも目にかけていらっしゃたのでしょうか?」
「えぇ、私から見れば、エレオノーラ先生よりも素晴らしいものを持っていました。自分が本当に成したい目標というものを」
「じゃあ____」
「でも、やめてしまった」
「……っ」
カリーニは、酷く冷たい声色で私の言葉を遮ったのだ。
その表情は、残念そうにも、あるいは軽蔑しているようにも見えた。
「一番大切なものを持ち合わせていなかったのです。『本人』も、そして『ロメリア』も」
「……だから、『凡人マニア』をやっているんですか?」
カリーニは、しかし、最後の問答には笑って答えた。
「彼女だけのため、ではありませんがね。えぇ、つまりはそうなります」
「……」
「ですから、あなたの『考え』とやらには期待していますよ?」
「……はいっ」
カリーニの言葉にしっかりと答えてから、私はもう一度別れの挨拶をして屋敷を後にしたのだ。




