25 凡人の集い
「よくおいでくださいました。大したもてなしもできませんが、遠慮せずにあがってください。」
ロメリア市長・アルフレード・カリーニは両手をあげて私たちを歓迎した。
屋敷は広いが、正直に言えば確かに来客を迎えるにふさわしい状況でではない。
「なんか……めっちゃ散らかってるね?」
「カリーニ市長は現役の教授ですから。本だの論文だのをその時々、手元のすぐ届く位置に置きたがるんです。」
そして、弟子やら家政婦やらが片付けようとすると怒る。
その資料の山はついにダイニングを飲み込み、客間まで寝食してこの有様であると、コゼットは溜息混じりに語った。
まぁ、なんというかイメージ通りの学者だ。
私としては別にそれに悪感情を抱くことはなかった。
「リディア様も、よくぞロメリアに戻られました。」
「はい。その、お久しぶり……でよろしいんですよね?」
「えぇ、あなたがエレオノーラ先生の内弟子をしていた時にお会いしていたことがあります。」
記憶喪失として扱われていることは承知であるようであった。
感じの良い人のように思うが、コゼットが敬遠している理由はすぐに分かった。
「コゼット君も、久しぶりだね。独立してウチのゼミに入る気にはなったかな?」
「いえ、私は学者には向きませんので……。」
「はっはっは、『だからこそ』君を勧誘しているんだけどね。まぁ、断られるだろうと思っていたけれど。」
「……はぁ。」
二人の会話を聞きながら、私ははて、と首を傾げたのだ。
現役ロメリア市長の教授に勧誘されるというのは大変名誉なことだと思うのだが、コゼットは心底辟易している様子であったのだ。
「リディア様は、この方のあだ名を知らないからそんなことを言うんです。」
「あだ名?」
「はい。ロメリアの人間で知らない者はいませんよ。
エレオノーラ・アリステリアの元研究パートナー・アルフレード・カリーニ。通称『凡人マニア』です。」
「……凡人マニア?」
「はーっはっはっは。まぁ、巷でそのように呼ばれているのも存じてはいますよ。」
カリーニ市長は豪快にカラカラと笑った。
曰く、才能のない人間ばかりをゼミに引き入れる変人。
彼に声を掛けられるというのは、それだけで独り立ちができない資質であるという烙印になる。
自分の評判を知ってるのに学位授与式などのめでたい席でも積極的に声を掛けにいくシンプルに空気読めないカス。
などなど。
しかも、本人も全くその噂を訂正しようとしないときた。
「ま、私の自認から言わせてもらえば『才能アンチ』という方が正確なんですがね。」
「また酔狂な……。」
「いえいえ、私としては大真面目でございます。『そういう意味では』、昔と違ってリディア様も非常に魅力的だ。」
「はい?」
「今の貴方は、とても『いい感じに普通』に思えます。」
カリーニのニッコリと屈託ない笑顔にこめかみが張るのが分かった。
頬が引きつり、握りこぶしを自然と作っていたのだ。
「……なるほど。これは、確かに嫌われるわ。」
私とて、別に学者を目指しているわけではない。
それでも、面と向かって「お前、才能ないね! ええやんええやん気に入ったわ!」と言われるとそれはそれで普通に腹が立つ。
しかも、本人は老師号と教授号を併せ持ちロメリアの管理を任される最高位につく人物。
こんな奴にロメリア在学中ことあるごとに付きまとわれていたならコゼットが絶対許さない奴リストに入れても、そらそうだという感想しか湧いてこない。
「はーっはっは。また嫌われてしまった! まぁ、仕方ない、次を当たりましょうか! 才能のない人間なんていくらでもおりますからな!」
カリーニは胸を張ってガハガハと一人で爆笑していた。
このオヤジ。ムカつく。
「とりあえず、席に着きましょう。立ち話をしにきたわけではないでしょう?」
少し引いた位置にいるユリウスが促すと、コゼットは溜息をつきながら勝手知ったる我が家のようにカリーニ邸の台所へ向かいお茶を用意し始めたのだった。




