23 噂の違和感
「単純に考えるなら、家畜の血を使って偽薬にしてるのかもしれないね。」
「……だよね。」
ユリウスは唇をなぞって考えを口にした。
その予想が自分と一致してしまったことにガックリとくる。できれば、違っていてほしかった。
「別々の事件って可能性は?」
「なくはないが、噂の広まった時期が重なるのを無視するのは難しいんじゃないかな?
少なくとも、調査をする上では『何かしら』繋がっていると考えた方がいいだろう。なにせ、あまり行儀の良い商人のやってることとは思えないからね。」
「あーね。」
また犯罪組織だの地下商人だのの仕業だろうか。
もしそうならば、繰り返しの展開にうんざりだ。これが物語であるなら筆者の引き出しは相当に狭い。
しかし、そんな悪態を頭の中でついている中でもユリウスの視線を落としたまま考え込む様子が気になった。
「なんか気になるの?」
「いや、少し違和感があって。」
「というと?」
ユリウスは勘がいい。
私とは違って視点が広いのだ。だからこそ、相談相手に選んだのだが何か気づいたならやはり正解だったかもしれない。
「……うん。やっぱり腑に落ちないな。
なぜ領主であるエレオノーラ殿下はご自身で事件の解決に乗り出さないんだ? 明らかに繋がりそうな怪しい噂が広がるほどの状況で、それでも『弟子』とはいえ他人に任せるのは……。」
「らしくない?」
そういえば、キアラも同じようなことを言っていたことを思い出した。
少なくとも市長にでも任せるべきなのに『何故、私にやらせているのか』。
「そうだね。君がロメリアの事を覚えていないことも含めるとどう考えても適任を選んでいるとは思えないな。」
「忙し___そうには見えないもんね。とりあえずは。」
「暇ということはないんだろうけど。『自分が治めている領地』、『自分が住んでいる町』の評判は領主の名誉に直結する重大な案件のはずだ。
それを差し置くほどのことに手を取られているという風には見えないね。少なくとも、遠くから君を呼び寄せる理由は説明がつかない。」
「……うーん。」
つまり、『アリステリア公爵である自分の弟子』にやらせる必要があるということか? あるいは『ロメリアの暴君・リディア』か。もしくは___
「だーめだ。全然分からん。」
「気に留めておくくらいでいいと思うよ。調査が進めば分かるかもしれないし、何より今考えても答えが出ることではないからね。」
それもそうかと納得して一度余計な情報として頭の隅に追い出した。
椅子の背もたれに体の重みを預けると、視界の端を汽車の煙が通るのを目で追って気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねぇ、ユリウス。魔法陣の研究ってなんの意味があるの?」
「?」
「だって、結局は血を使うなら魔導士が必要なわけでしょ? だったら、魔導士が普通に魔法を使えばいいじゃん。」
「昨日はオットー・クラフト導師を訪ねたって聞いたけど、魔法陣研究の第一人者を差し置いて僕に聞くのかい?」
「逆に聞きづらいじゃん? こんなことはさ。」
それに急な来客があって引き上げたのだ。聞きたくても二重に聞くことはできなかった。
「一概には言えないけど、暗算と筆算に喩えられることは多いね。」
「なにそれ?」
思いがけない言葉に興味を惹かれると。
ユリウスは手をかざすことでテーブルの隅にあるリンゴを魔法で浮かして手元に引き寄せた。
「魔導士が魔法を使う時は、『何』を『どうしたいか』をイメージするだろ? 簡単な動作でもそれなりに集中する必要があるし、複雑な動作ならなおのこと気を取られる。」
「うん。」
「魔法というものはつまり、その『作用』としての情報をどこかに持つ必要があるのさ。頭の中のイメージでも、あるいは紙の上でも。」
「あー、なるほど。」
つまり、魔法陣の研究は魔法の作用という情報をあらかじめ用意することで負荷を肩代わりさせることを目的としているのか。
複雑な作用を起こすなら時間を使って設計できるぶん有利になる。逆にとっさに発動するには不向きなのだ。
まさに、暗算と筆算の関係と言える。
「でも、普及してるのって契約魔法くらいだよね? それはなんでなの?」
私はユリウスが手繰り寄せて切り分けたリンゴに手を伸ばしながら続けて聞いた。
今までの話からすれば、魔法陣はある種の自動化システムになりえる。
現代日本人の感覚からすると、利便性からもっと普及していてもおかしくないと思うのだ。
少なくとも、研究棟の隅っこに第一人者が追いやられているのは不自然に感じる。
「君は人間一人の体内の血が全部で何リルトあると思う?」
「体重60キロくらいで5から6リルトじゃなかったっけ?」
「そう、それに対してペンのインクに利用するなら使用される血はせいぜい0.03から0.05ミルリルト。約10万分の一の量になるだろ? 出力がそれに依存するんだよ。」
「あー……。」
もちろん単純な比例関係ではないのだろう。
だが、逆に比例関係分の出力も確保できない可能性すらある。
そもそも魔導士の血液を大量に確保するのも難しい。
「そら、たしかにニッチな技術になるわけだ。」
私はくだらない思索をしていたと感じ、切り替えるために思いっきり伸びをした。
しかし、ユリウスは私を見ながら軽口で追撃をかましてきたのだ。
「そうだね。だから、魔法陣をつかって安価な列車をつくって大儲けしようなんていうのは諦めた方がいい。」
「……バレてた?」
まぁ、別に本気で考えていたわけではない。
そもそも、この世界で今まで出来ていないのなら何かしらの要因があるのだろう。物理的な制約か、あるいは技術的な限界か。
どちらにせよ、門外漢の自分にどうこうできるものではあるまい。
私は寄り道にそれていた思考を戻して、自分がいまするべき課題に集中するためにテーブルに残っていた最後の品を平らげたのだ。




