21 酔いを醒ます
怒っているか? と聞くとクルトは「怒っていない」と答えた。
昨晩、エレオノーラの晩酌に付き合わされ、泥酔した私は寝ているクルトのベッドにあがりこんでヘッドロックをかまして爆睡していたのだ。
朝起きると目にクマを作ったクルトがそこにいた。
「やっぱり怒ってるよね?」
「……。」
「……クルト?」
「別に怒ってないって何度も言ってるだろ! うるさいなぁ!」
どすどすどす、ぎぃー、ばたん。
擬音による表現は稚拙であるが、その後の展開はこんな感じであった。
ちゃんと謝るタイミングを計ってグダグダしていたらクルトが怒って部屋から出て行ってしまったのだ。
クルトの身長は同世代の子供と比べるとだいぶ低い。長く路上生活していたゆえに栄養状態の悪さがたたったのだろう。
それを抜きにしても、まだ12歳になっていない男児が大人に丸一晩コアラのようにしがみつかれて過ごしたのだ。
睡眠不足で機嫌が悪くなるのは致し方ないことであった。
「それでも、もう少し優しくしてくりゃれよ……。」
男の子であろう。言い訳をすると私も二日酔いだ。
それにクルトを拾い上げ、育ての親になってからまだ2か月と経ってない。すげなくされると普通に傷つく。
「はぁ、しかたない……。時間をあけて謝ろう。」
今日は町に出るつもりだったがクルトを連れて行くのは諦めるほかない。
何か手土産を買って帰ってくることにしよう。少し経てば機嫌も戻っているはずだ。
ボサボサの髪をとかすために私も部屋を後にしたのだ。
◇◇◇
「なんだ、随分お寝坊だったな。」
「……師匠。お客さんですか?」
階段を降りるとエレオノーラと顔を合わせる。
貴族や有力な商人の身なりではない、公爵がじきじきに会うようなものとは思えない人影を見送っていた。
「いや、患者だよ。午前に症状を見て治療を施していたんだ、対処療法だがな。」
「……? 師匠の専攻って医療分野じゃなかったですよね?」
「あぁ。私の研究ではないのはその通りだな。」
エレオノーラは少し目を伏せてカルテ? であろうか。紙の束を手で撫でて答えた。
表情がコロコロ変わる百面相の人物ではあるが、それが伺わせる感情は珍しいものであるように感じたのだ。
「紙も随分傷んでますが古い研究なんですか?」
「……そうだな。だが、間違ってはいないはずだ。」
「……。」
逡巡したが、それ以上深入りすることはやめて言葉を待った。
少しするとエレオノーラが声色を変えて話題を振ったのだ。
「さっき、クルトが床を踏み鳴らして降りて来たぞ? 喧嘩でもしたのか?」
「あー、『喧嘩』、ではないですかね……。」
そうでない理由は、まぁ、私が一方的に悪いからだ。
説明するのはいささか面倒であるし、大人としては恥ずかしかったので詳細は省いた。
「んふふっ。いや、すまない。別にバカにするつもりはないんだがな。
子供たちのすることというのは、こう、見ていて飽きないものだな。お前の小さい頃のことを思い出すよ。」
「……はあ? そんなもんですかね?」
この人からすれば私も子ども扱いか。別に嫌とは言わぬが少しこそばゆい。
エレオノーラは「そうさ。」と答えてからテーブルについて、グラスに口をつけた。
「それで、『課題』の方の進捗はどうだ?」
「ぼちぼち、という感じですかね。情報を集めながら整理してる感じです。」
「ふむ。」
手持無沙汰にしていた私が席につくのを待ってからエレオノーラが師匠としての顔で問うた。
私も一応は弟子として飾らずに答える。
初日としては上々の出来であったと思う。
背景にある情報は集められたし、とっかかりもある。
ただ、実際の調査に入るには情報の肉付けと整理が必要だと感じていたのだ。
「なので、今日は町の方に出てみようかと。」
「そうだな。フィールドワークというのは物事の基礎だからな。そうするといい。」
「はい。コゼットも外に出ているようなので、ユリウスを連れて行こうと思うんですが___」
名前を出すとエレオノーラはあからさまに嫌そうな顔をした。
……そんなに嫌いか?
いけすかないところがあるのは認めるが、ここまで表立って嫌うのは何かあったのだろうか。
腹芸・政治の人であり擬態が得意なユリウスがここまで邪険にされるへまをするのは、なんというか『らしくない』とも思うのだが。
「まぁ、よい。お前を一人で町に出すわけにもいかんしな。せいぜい扱き使ってやれ。」
エレオノーラはふんと鼻を鳴らすと不機嫌さを隠すことなくグラスに残っていたワインを飲みほして次を注いだのだった。
……昼間からガバガバ飲むな。




