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「マーテル」


「大丈夫?傷が痛むの?ちょっと見せてみて」


 ヒャクリキを呼ぶ声の主はマーテルだった。“ソーマ”の副作用である「眠気を誘うような多幸感」にひたって彼女の方を向く気にもならないヒャクリキは、そのまま動かずじっとしている。


 ヒャクリキの顔を見ようとしたのか、マーテルが彼の前にしゃがみ込む。

 マーテルはそのままヒャクリキの様子を観察していたが、しばらくすると彼の手に握られている空になったガラス瓶に気が付いた。

 その瞬間、マーテルの顔に驚きの表情が浮かんだかと思うと、それはすぐにかすかな怒りをにじませた真剣なものに変化する。


「これは……“ソーマ”?“ソーマ”でしょう⁉︎ダメよ‼︎‼︎こんな物を使っては‼︎‼︎」


 マーテルはヒャクリキの手から空のガラス瓶を取り上げると、語気を強めてそう言った。


「これには確かに強力な鎮痛作用があるけど、その効果に劣らない依存性があるのよ‼︎たとえ短期間であっても続けて何度も使用したら、簡単に依存症に陥ってしまうわ‼︎」


 マーテルはいつもおとなしい彼女とは思えないような大声と剣幕でヒャクリキに“ソーマ”の危険性を伝えるが、副作用で陶酔とうすいした状態にあるヒャクリキは彼女が何を言っているのか、まるで頭に入って来なかった。


「最近怪我をしても治療を受けに来ないメンバーが居るけど……もしかして、そういう事だったの?…………誰⁉︎ヒャクリキ‼︎誰なの⁉︎チーム内にこんな物をばらいているのは⁉︎一体誰⁉︎」


 マーテルはヒャクリキが着ているチュニックの肩の部分をつかんで彼を揺さぶり、問い詰めるが、彼女の体重と力ではヒャクリキの大きな上半身はほとんど動かない。


 ヒャクリキはそのままぼうっと自分を失くした状態で、マーテルが揺さぶるままに、その身を任せていた。



 反応しないヒャクリキを問い詰めるのを諦めたマーテルは、仕方なく彼の傷を治療し始める。


 彼の体のあちこちにある傷口を綺麗な水で洗い、膏薬こうやくを塗って、包帯を取り替えていく。脅威生物モンスターに付けられたひどい傷には、治癒水薬(ポーション)を染み込ませたガーゼを当てた。


「…………マーテル?……ああ、手当てしてくれてるのか」


 陶酔とうすいした状態からめ始めたヒャクリキは、マーテルが自分を治療している事に気付くとそう言った。


「“ソーマ”の効果が切れ始めたのね。しばらくしたら消えてた痛みがいっぺんにぶり返してくると思うわ。辛いだろうけど我慢してね」


 マーテルは重そうにヒャクリキの腕を持ち上げて彼女の膝に乗せると、腕に巻かれた包帯を取り替え始める。


「“ソーマ”を使っちゃうと、水薬ポーションの効果も格段に落ちてしまうのよ。こんなに怪我をして辛いのは良く分かるけど、“ソーマ”に頼るなんて短絡的な事はもうしないで、お願いだから……」


 包帯を取り替えながら暗い顔でマーテルは言う。


「……良いのか?チームの奴らがこんなところを見たら、何を言い出すか分からんぞ。ブランドンだって、良い顔をしないだろう」


「私はチームの救護役として、当たり前の事をしているだけよ。あなただってチームの一員じゃない。そんなふうに卑屈な事を言って、自分を傷つけるのはやめて」


「…………」


 マーテルにそう言われると、ヒャクリキは何も言えなくなる。


 ほとんどのチームメンバーがヒャクリキに侮蔑ぶべつと嫌悪感をき出しにした態度を取ってくる中で、マーテルはいつも彼に優しく、親切だった。


「……話した事なかったかしら?私はブランドン様が所有する奴隷なのよ。村を焼かれて、家族を殺されて、奴隷商に捕まって売られていた私を買い取ったのが、ブランドン様。だから、他の人たちがどんなにあなたを元奴隷だと嫌ってても、私は違うわ。信じてもらえるか分からないけど」


 マーテルはそう言ったきり、黙り込んで治療を続ける。


(傷のめ合いか……)


 ヒャクリキの頭にふとそんな言葉が浮かんだが、口にはしなかった。

 そんな事を言えば、マーテルは深く傷付くだろうと思ったからだ。



 二人はそのまま何も話す事なく、時間とともに治療だけが進んで行くのだった。

 二人を照らすランタンのあかりが、ゆらゆらと揺れていた。



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