39. エピローグ
サラが魔力を無効化され、捕縛されたことで、国中を覆っていた闇の魔力は霧散し、人々の歪められた記憶も、まるで長い夢から覚めるように自然と戻っていった。
王国に再び平穏が戻ってから、数日後のこと――
波乱に満ちた日々を乗り越えたフィーネは、アヴィの寮室を訪れていた。もちろん寮母の許可を得て、部屋の扉は少し開けたままだ。
二人はソファに並んで腰かけ、静かな、だが心地よい時間を共有していた。
窓から差し込む柔らかな陽光を受けながら、アヴィがぽつりと、心の声を漏らすように呟いた。
「もしも――逆の立場だったらと、考えてみたんだ」
「逆……ですか?」
フィーネは彼の顔を見上げ、不思議そうにその碧色の瞳を見つめた。アヴィは彼女の白金の髪にそっと指先を絡めながら、考えても仕方のない思いに囚われる自分を嘲るように、ふっと小さな苦笑を浮かべた。
「……私がフィーに忘れられてしまったら、とね」
唐突なその仮定に、フィーネは思わず小さく息を呑んだ。不意に苦笑を消したアヴィの表情には、痛切なほどの真剣さが宿っている。
「ある日突然、フィーが私のことを忘れて、別の男が君の隣で婚約者として振る舞い……そして、両親も、国中の誰もがそれを『正しいこと』だと認めている。そんな状況になったら、私はどうしていただろう、と」
「アヴィ様……」
「昨日まで、自分だけのものだった君の愛らしい笑みが、突然別の男にだけ向けられるようになったら。そして、自分に対しては『ただの同級生だ』と冷たい言葉を投げかけられたら……」
アヴィの唇から、自嘲気味な低い笑みが再び零れ落ちた。その瞳の奥に一瞬だけ宿ったのは、王族としての矜持すら霞むほどに、ただ一人の女性を求める静かで一途な情熱だった。
「私は君のように、誰にも信じてもらえない孤独の中で、ただ一人耐え続ける強さは持てないかもしれない。王族としてあるまじきことだとしても、君を奪った相手の男をこの手で排除し、嫌がる君を無理やりにでも自分の元に縛り付けていたかもしれない」
「……」
「……私はそんな人間なんだよ」
幻滅したかい? ――そう言いたげに、アヴィは酷くすまなそうな視線をフィーネへと向けた。
彼女はふっと優しく微笑むと、そんなアヴィの震える手に自身の小さな手を重ね、包み込んだ。
「……幻滅など、するはずがないではありませんか」
静かだが、少しの迷いもないフィーネの声が室内に響く。アヴィがハッとして顔を上げると、彼女は慈愛に満ちた瞳で彼を真っ直ぐに見つめ返していた。
「たとえ記憶が奪われたとしても、私にとってもアヴィ様は『唯一』なのです。アヴィ様と共に在ることが、私の幸せですもの」
「フィー……」
「ですから……もし偽りの私が泣き叫ぼうとも。どうか、アヴィ様のお側に置いてください」
重ねたアヴィの手をそっと持ち上げ、祈るようにそう告げるフィーネに、アヴィは泣きそうな、それでいてこの上なく幸福そうな笑みを浮かべた。
「……はは、本当に、フィーには敵わないな」
「え? 何かおかしいことを言いましたでしょうか」
きょとんとするフィーネを見て、アヴィは溢れる愛おしさに耐えかねたように、彼女の身体を強く抱きしめた。
「君はいつだって、私が一番欲しい言葉をくれるんだ」
アヴィは彼女の耳元で、甘く、そして生涯の誓いを立てるように囁いた。
「……必ず君を幸せにするよ。私の命のすべてを懸けて」
向けられた絶対の愛に、フィーネもまた彼の背中に腕を回し、幸せそうに目を細めた。
「では私も――アヴィ様を、世界で一番幸せにしてみせますね」
そう言って微笑み合う二人を、温かな光が優しく包み込んでいた。降り注ぐ陽射しが照らし出すのは、決して分かたれることのない二人の確かな未来だった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
『忘れられた公爵令嬢』は、これにて本編完結となります。
絶望的な状況から始まり、数々の試練を乗り越えて再び未来を取り戻すまでの彼らの物語を、温かく見守ってくださった皆様に心より感謝申し上げます!
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【今後の展開とお知らせ】
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本編は完結となりますが、二人の物語はまだ続きます!
引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。
■ ① 番外編(この本編ページで不定期更新予定)
本編で描ききれなかった二人の甘いエピソードや、サブキャラ視点のお話を不定期でお届けします。
■ ② 前日譚(別ページで連載開始しました!)
二人の幼少期から婚約成立までを描く物語となります。
作品ページ上部の【シリーズ】からお読みいただけます。
■ ③ 続編(別ページで連載予定)
現在は構想中のため公開まで少しお時間をいただきますが、準備が整い次第、更新通知や活動報告でお知らせいたします。
本編後、どこか罪悪感とぎこちなさが残る二人、新たなサブキャラの登場、そして魔女の再来などを描く物語となります。
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【読者の皆様へお願い】
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