指の間にナイフをトントンと高速で突き刺していく神回
――前回までのあらすじ
健康診断で高血圧ギリギリで正常判定が出た係長。ゲンカイダーはこっそり食堂の塩を減塩から粗塩に変えておくが、係長は最近ランニングを始めており、むしろありがたかったのである。
下町のとある町工場「中川鉄工所」。時間は深夜、髭面の40代半ばといった男が場違いな白衣を着て、一人作業をしていた。
表向きはカブトムシの外殻を製造している中川鉄工所だが、世間には知られていない裏の顔があった。
「うーん……出力が安定しないな……きな粉が足りないのかな……」
黒髭に白衣の男、社長の中川がブレスレットを手に頭を悩ませていた。そのブレスレットはゴテゴテとしたメタリックな物で、アクセサリーというよりは装備品といった方がしっくり来る。
「パプロフ大佐は次々に怪人を雇ってその戦力を増やしている……ゲンカイダーの新アルティメットフォーム『ミズナシラマダン』の完成を急がなければ……」
そう呟くと中川社長、いや、中川博士は大型の臨界炉にブレスレットをセットし、再調整しようとモニターを睨み付けキーボードを操作する。
このブレスレットこそ臨界戦士ゲンカイダーの変身アイテム「なんちゃってガントレット」であり、中川鉄工所は臨界戦士の装備品を製造する日本で唯一の工場なのであった。世界の平和はこの工場で守られているのだ。
絶え間なく稼働し続ける機械の熱気で蒸し暑い工場に秋の冷たい夜風が入り込んだ。中川博士が冷気の方へ目をやると、勝手口のドアから来客が侵入していた。
「こんばんは中川博士」
グレーのくたびれたスーツに身を包んだボサボサ髪の男、高峯だ。慣れた様子でパイプ椅子を引っ張り出して博士の横に腰を下ろした。博士は興味無さげに視線をモニターに戻すと、めんどくさそうに言葉を返した。
「こんな夜中にご苦労なこった。サラリーマンも大変だな」
高峯は玩具会社ダカラナニーの社員だ。リンカイダーの装備品を玩具化し、子供達には夢を与え、その見返りに中川博士には潤沢な開発資金を与えている。いわばスポンサーだ。
「博士が売れる新商品をさっさと作ってくだされば私も楽なんですけどねえ」
変身アイテム「なんちゃってガントレット」のレプリカ玩具は半年前に売り出してから今もヒットしているロングセラー商品だが、新商品を出さなければ会社としても成り立たない。更に言えばゲンカイダーグッズの売れ行きは好調だが、昨年から始動した「バスタオルのプラモデルシリーズ」が全く売れず、来期の決算は赤字の見通しだった。それもそうだ、フワフワのバスタオルをカッチカチのプラスチックモデルにしたところで何の意味もない。お荷物事業の赤を取り戻すべく、上司に急かされた高峯はゲンカイダーの新フォームの開発状況を見に来たのだ。
「一刻も早く完成させたいのは山々なんだが、出力が安定しねえんだよ。理論上はイケるはずなんだがな」
「きな粉が足りないんじゃないですか? ウチでやってる大豆、手配しましょうか?」
玩具会社であるダカラナニーだから大豆なんて扱っていないのだが、高峯の妻のスマホをデザインした人の実家が大豆農家であった。お気付きの通り、何の関係もない。
「いや、きな粉は滋賀の丹波産って決めてんだ。黒豆で作った黒きな粉。黒豆は俺のアイデンティティだからな」
中川には左の頬に大きい黒子があり、小さい頃には同級生から黒豆とあうあだ名を付けられていじめられていた。中川少年は自らの黒子を憎んでいたが、中学生の時、不意にどうでもよくなったのである。
「黒きな粉、コクが強くて美味しいんですよねえ。そうだ、実はなんちゃってガントレットについて、上から改善出来ないか言われてまして……」
「改善案? ……なんだ?」
鞄からメモを取りだし、高峯は一つずつ読み上げていく。正直に言うと全部つっぱねてやりたい所だが、研究費を出して貰っている手前、強くも言えない。
「ええと、『変身の掛け声をどうにかして欲しい』との事です。リミットオフ!だとオフって言いながらブレスレットのスイッチをオンにするのがややこしいと」
「リミットオン! だと限界作っちまってるじゃねーか。限界を取っ払って変身するんだからリミットオフだろ。ってか掛け声はゲンカイダーが決めてるんだ、奴に言ってくれ」
厳密に言うと、ゲンカイダーは大切な事は全てこっくりさんで決めている。相談できる様な友はいない。いつも頼れるのは一人でやるこっくりさんだけであった。正義のヒーローもその心には闇を抱えているのだ。
「あとですね、ゲンカイダーのヒーロースーツは赤いのに何故ブレスレットは青いんだ? 赤で統一出来なかったのか?
との事で」
黒豆で作るきな粉はどうしても青くなってしまう。普通のきな粉に変えれば黄色にはなるだろうが、赤色のきな粉なんてこの世にはない。しかし、中川は科学者だ。実際には不可能でも、そうだと認める訳にはいかない。適当に誤魔化そうと声を荒げた。
「性別で色を決めるなんてもう古い! 男の子が赤でもいいじゃないか! じゃあなんだ? トラフサンショウウオは青い服を着ちゃいけないのか?」
トラフサンショウウオとは北米に生息するサラマンダーの一種で、その一部は単生殖できる為に永遠にメスしか生まれない。小難しい生物の話、しかもLGBTの話も絡めておけば反論出来ないだろう、そう中川博士は考えたのである。
「トラフサンショウウオは服なんか着なくても可愛いじゃないか! 黒い体に黄色の斑点がとってもキュートでしょうが!」
なんと、高峯は無類の爬虫類好きであった。まさかの反論に、逆に中川博士は何も言えなくなってしまう。だが二人は忘れていた、そもそもサラマンダーは服なんて着ない。そして、貴方の飼い犬も無理矢理に服を着る必要はない。
「すまん、言い過ぎた。次からは色についても善処しよう。他には?」
「いえ、こちらも熱くなりすぎました。他は……えっと、限界をこえる必要ってあるの? って。ありのままの自分でもいいじゃないって、お母さんが」
「お前のお母さんの意見はどうでもいいんだよ!」
反射的に強い口調で返してしまうが、中川博士は思い出していた。自分の母の言葉を。「ありのままでいい」。母のその言葉で中川は黒子の事をふっ切る事が出来たのだ。
大切な事を思い出した中川はブレスレット完成の為に今一度気を引き締める。新フォームのお披露目は、どうやら遠くない未来の様だった。
――次回予告!
顔の前にテーブル胡椒を振り撒く闇のゲームに巻き込まれてしまったゲンカイダー! もうダメ! くしゃみが出ちゃう!
次回 黒豆はおかずにならない リミットオフ!
臨界戦士ゲンカイダーは来週からお引っ越し! 日曜午前2時42分じゃなくて日曜午前の2時43分からの放送になるよ! 君も一緒にリミットオフ!




