↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎馬戦  作者: kyomukan
11/12

11

開幕の笛が鳴る。


グラウンドに足を踏み入れた。

声援が降ってくる。

伊藤は、鼓動が早くなるのを感じた。

歩きながら、呼吸に意識を集中させる。


整列した。

目の前に、大将の数学教師がいる。


やっぱり親子だな。

目元が、田中に似ている。

だが、こうして対峙していると、

田中には感じない、引き込まれそうな深さを感じる。

瞳は、静かな色をしていた。


互いに礼をする。

伊藤は、手を出した。

大将の数学教師と、握手をする。


配置について、騎馬を組み始めた。


教師は、数合わせなどではなかった。

さっきの試合で、それが明らかになった。

生徒に、花を持たせる気などない。

勝ちにきている。


ただ、教師が本気であるとわかったこと以外は、

さっきの試合は参考にならなかった。


結局のところ、黄組は、驚かすようなことをやっただけだ。


奇襲や奇策。

そういったものは、戦略の根幹に据えるべきではない。

策はハマれば強い。

しかし、破られれば、自分の首を絞めることになる。



自分の方が優れている。

そう思いたがっている人間は、策に溺れる。

それは、本当には自信がないからだ、と言えた。

つまり、臆病者だった。


確かに、勝つためにはどこかで飛ぶ必要がある。

思いついた策や考えに、身を委ねるべき時がある。


だがそれは、ぶつかって初めて生まれてくる。


相手の空気を、肌で感じることで浮かんでくるもの。

それに懸けるのが、伊藤の闘い方だった。


騎馬を組み終えた。


こちらは7騎で、向こうは6騎。


伊藤は、古典的な陣形を組んだ。

前に3騎、その後ろに3騎。

それぞれ横に並び、二段に構えている。

伊藤は、一番後ろにいた。


向こうも、ほぼ同じ構えだ。


前に3騎、後ろに2騎。

こちらと同じく、横に並び、二段に構えている。

体育教師は、前の3騎の真ん中にいた。

大将の数学教師は、一番後ろにいる。


伊藤は、大きく息を吸い、吐いた。

全ての予感を頭から振り払う。


試合開始の笛が鳴った。


伊藤は、片手をあげた。

太鼓が鳴り、一段目が前に出る。



相手の一段目とぶつかった。


右と左は、力がきっこうしている。

だが、真ん中は押されていた。

体育教師に関しては、動きを止めるだけでいい、と伝えている。

それでも、1騎では押さえられないようだ。


伊藤は、合図を出し、二段目から1騎を向かわせた。

連携をとりながら、上手く押さえこんでいる。

2騎でなんとか五分だった。


相手の二段目が動き出した。

ぶつかり合っている、左右の騎馬の裏を取ろうとしている。

伊藤は、二段目の残りを、それにぶつけた。


膠着した。

一度引かせる。


体育教師を除けば、一騎一騎の力は五分だった。

だが伊藤は、さっきのぶつかり合いに、妙な違和感を感じた。

何かおかしい。


その違和感を突き詰める前に、相手が陣形を変えた。

前に2騎、中央に体育教師、後ろに2騎の三段だ。


伊藤も、2騎を三段にした。


合図を出した。

一段目の2騎を、中央の体育教師にぶつける。

間髪を入れず、二段目を、相手の一段目の右の1騎に、

三段目を、左の1騎にぶつける。


相手の三段目が、すぐさま対応してくる。


また膠着した。

合図を出し、引かせる。



こちらが引くのに合わせて、

相手の2騎が、前に出てきた。


こちらのしんがりを、追いかけてくる。


伊藤は、即座に反転させ、それを迎え撃った。

相手は、その裏を取るため、別の1騎を出してくる。


乱戦になった。


どちらが先に相手の裏を取るか。

読み合いになっている。


不意に、伊藤は違和感の正体に気づいた。

汗が出てくる。


相手の太鼓の音を、一度も聞いていない。


合図を必要としていない。

それは恐ろしいことだった。


一騎一騎が、独立して状況を判断している。

全員が頭。

にもかかわらず、こちらと遜色ない連携を見せている。


伊藤は、唇を噛んだ。

組織の作り上げ方が根本的に違う。

どんな練習をしたら、こんな事ができるのか。


こちらの動きが、後手に回りはじめた。


当然だった。


合図が出てから動くのと、その前に動くのでは差が生じる。

判断の質が同じなら、その差はどうしようもなかった。


1騎、獲られた。


伊藤は、前に出た。


ぶつかり合いの中に、突っ込んでいく。

引かせることはしない。


判断の実行速度は、向こうのほうが上だ。

それは、この場でどうこう出来るものではない。


相手を休ませない。

出来るだけ勝負を長引かせ、持久戦に持ち込む。


伊藤は、動き回りながら、目まぐるしく合図を出した。


頭は澄んでいる。

集中は、切らしていない。













田中は唸った。


やはり手強い。

簡単には勝たせてくれない。


田中は、少し引いたところで、ぶつかり合いを見ていた。

劣勢になっている。


向こうは、1騎を獲られてから、守りに入っていた。

山本は、常に2騎で囲まれ、動きを封じられている。

他の騎馬も、攻めあぐねていた。


だが、守りを固めているだけなら、崩すのは難しくない。

厄介なのは、伊藤だけは、勝つための動きをしていることだ。

裏をとるために、自分だけ一歩先を読んで動いている。


長引けば、こちらが不利になる。

現に、動きは重くなっていた。


伊藤は、戦局を俯瞰しながら、自分を含めた6騎を動かしている。

たやすくできることではなかった。


自分の限界。現状の分析。

そこから導き出せる最適解。

それを瞬時に把握し、果断に実行できる。


何が正解か、身体で感じるのだろう。

それが味方を、こいつを信じていれば、という気にさせる。


天賦の才。

一瞬のひらめきや、味方から見える輝き。

そういうものは、教わって身につくものではなかった。


1騎、獲られた。


自分を投げ出さなければ勝てないだろう。

田中は、片手をあげた。










初めて、向こうの太鼓が鳴った。

教師たちが引いていく。


追っていくか。

いや、そこまでの体力は残っていない。

追ったら潰れる。


伊藤も、一度引いた。


前に3騎、後ろ2騎。

二段に構えさせる。


少し、息が上がっている。

伊藤は、大きく深呼吸をした。

体力的には、向こうの方が辛いはずだ。


闘い方を変えてくるだろう。

伊藤は身構えた。


向こうが、大将の数学教師を先頭にして、縦一列になった。

そのまま、こちらに向かってくる。


一段目の間を通る。

二段目の間も通った。


直接ここにくるのか。


伊藤は片手をあげ、太鼓を鳴らした。

味方を下げさせる。


間に合うか。


向かってくる。


こい。

覚悟を決めた。



大将の顔が見えた。

どこを見ている。


何も、見ていないようだ。


ぶつかる。

寸前、角度を少しだけずらし、すれ違っていった。


縦一列のまま、伊藤の横を通っていく。


味方が下がってきた。

相手は、ぐるっと回って、陣地に戻っていった。


何も変わっていない。

ただ、陣を通過されただけ。

向こうが無駄に体力を使っただけだ。


だが、伊藤の心はささくれ立っていた。


俺を見ていなかった。

あれは、かわしたのではない。

よけた。

道端に転がっている石をよけた。


覚悟を、汚された。

黒々としたものが、伊藤の心に広がっていく。


下がってきた味方を、また、前3騎、後ろ2騎に組み直した。


伊藤は片手をあげた。

一段目、二段目と続けざまにぶつける。


相手も応じてくる。


伊藤は、指示を出しながら動いた。



また同じ乱戦になる。


そう思った時、

相手の大将が、こちらの騎馬と騎馬の間を通り抜けた。


裏をとる動きではなかった。

迷い込んだように、ふらっと通り抜けた。


一度や二度ではなく、何度も、色んなところを通っていく。


挑発だ。

意味がある動きではない。


だが、わかっていても、妙に意識に引っかかってくる。

伊藤でさえ、そうだ。

間を通られている味方は、余計に気になるだろう。


判断に迷いが生じていた。


獲れば勝てる大将の首。

その首が鼻先をかすめていく。

獲りたくなるのは本能に近かった。


だが、獲りにいけば連携が崩れる。

向こうはそれを見逃さない。


味方も、伊藤の指示を優先してくれる。

しかし、その指示と自分の本能とのずれが、

一瞬の迷いを生んでいた。


それは小さい隙となり、

伊藤が取り繕えないほころびとなっていく。


周りからみれば、さっきと同じような乱戦だろう。

しかし今度は、こちらが追い込まれていた。


2騎、獲られた。


真綿で首を絞められているようだ。

一枚一枚、なす術なく、剥がされている。


どうしようもなかった。


向こうの大将の動きは、

味方に指示を出さなくてもいいから、出来ることだった。


伊藤は、指示を出しながら、動いている。


自分は何をしている。

ただ、負けるために動いている。動かされている。


黒々としたものが、心を覆っていた。

自分が何か、わからなくなっている。


また大将が目の前を横切った。

立ち止まる。


目があった。

そうか。あの首だけでいい。


あの首だけを獲ればいい。


あの首だ。

咆哮。


伊藤は疾駆した。











正面から、伊藤が向かってきていた。

殺気をはらんだ、いい目をしている。


そうだ。

お前の獣を見せてみろ。


猛然と迫ってくる。


誰も手が出せない。

魅入っている。


きた。


田中は、前のめりになった。


伊藤の手が伸びてくる。


後ろからきた手。

払いのける。


山本。

もう片方の手で、伊藤の帽子を獲った。


山本は、獲った勢いのまま、前に駆け抜けていった。


田中は、上体を起こし、大きく息を吐いた。

そして、騎馬から降りた。


伊藤は、騎馬から降りたところで、立ちつくしている。


田中は歩み寄った。


前に立ち、手を出す。

固い笑みを浮かべながら、伊藤も、手を出してきた。


田中は、その手を掴み、体を引き寄せ、抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。