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ため息をついた。
もうすぐ表彰式だ。
騎馬戦で優勝した大将は、壇上にあがることになっている。
田中は、やりかけの仕事をするため、職員室にいた。
だが、キーボードに置いた手は、だいぶ前から止まっている。
また、ため息をついた。
パソコンの画面を閉じ、職員室を出る。
職員用の玄関を出た時、
白井と鈴木が、校門を出ていくのが見えた。
白井は、木の枝を振り回しながら、スキップしている。
それを、鈴木は焦った様子で、追っかけていた。
田中は、見て見ぬふりをして、
グラウンドに向かった。
田中が生徒に伝えたいことは、一つだけだ。
才能など、どうだっていい。
生きてさえいれば、それでいい。
気持ちが死んでも、
息さえしてれば、それでいい。
田中は、グラウンドに入った。
各組ごとに並んでいる。
先頭には、騎馬戦の大将がいた。
清水は、後ろの生徒と、笑いながら話をしている。
伊藤は、下を向いていた。
才能は、人を幸福にしない。
食べていけるようには、してくれるかもしれない。
だが、豊かにはしてくれない。
勉強が全て。スポーツが全て。
その考えは間違っているが、
そう考えてしまう人がいることは知っている。
哀しいことだった。
その生き方は辛いからだ。
生き方を変えること、
自分の考えや価値観を変えることは、
口で言うほど、たやすいことではない。
負けが、
負けを認めることが、人を変える。
かけていた時間が、長ければ長いほど、
勝利を願っていれば、願っていたほど、
努力をしていれば、していたほど、
負けは、受け入れがたいものになる。
屈辱は、大きく深いものになる。
だが、泣いても、叫んでも、悔やんでも、
その屈辱は、晴れることがない。
負けた事実は、変わらないから。
過去は、変えられないから。
その、無限とも思える責め苦を経て、
自分の考えを、価値観を、生き方を、諦めざるを得なくなった時、
負けを認めた時、
人は、変わることができる。
自分自身を、知ることができる。
自分の限界を、知ることができる。
全ては、そこから始まるのだ。
そこからが、始まりなのだ。
息子が、目に入った。
眼には涙を湛えている。
それでも、まっすぐ前を見ていた。
不意に、過去の光景が浮かんできた。
中学3年の時。
クラブチームでの最後の練習が終わり、
父の車で、家に帰ってきた時のことだ。
車から降りて、家に入る前、
父が、何も言わず手を出してきた。
田中は、こみ上げてくるものを感じた。
そして、固い握手をした。
言葉では伝えられないものを、伝えようとしていたのか。
やらされた事を、良かったことだと、仕方なかったことだと、
無理矢理、自分に納得させたくはない。
だが、いいことなど一つもなかったと、断罪することは、卑怯だった。
失ったものや、奪われたものだけではない。
手に入れたもの、得たものもあった。
失ったもののほうが見えやすい。
得たものは、当然のようにそこにあるから、気づきにくいだけだ。
何も失わずに得られるものなど、ありはしない。
だから、弱さに、目を向けるだけではなく、
強さもまた、信じるべきなのだ。
表彰式が始まった。
壇上に向かう。
大人が本気を出すという禁じ手へのお返しは、
生徒たちの、地鳴りのようなブーイングだった。
壇上に立った。
田中は、カーテンコールに応える役者のように、
手を大きく広げ、
そして、深くゆっくりと、お辞儀をした。
(完)




