第2話 不死の少女と“僕”の記録
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このデスゲームに参加している彼女たちは、例外なく“不死”である。
痛覚のなくなった肉体は血液の代わりに“泥”を出して負傷部位を包み、時間をかけて癒すのだ。
たとえそれが骨でも内臓でも関係ない。毛髪、眼球、心臓、脳といった替えのきかない部位であっても、泥は元に戻してしまう。最初から、なにごともなかったかのように。
「いつもありがとう」
左手の五指を黒い泥で泡立たせながら、彼女は言った。
今回は負傷範囲として、左腕が一番広かった。肘から先を全部戻さなければならない。だから治りが最も遅かったのだ。
「いいんだよ。気にしないで」
僕は抑揚のない電子音で答えた。
彼女はデスゲームが終わった後、足の治りを待って、すぐに帰宅した。送りはあっても迎えはない。そんな彼女の不自由な左手をサポートしたのが僕だった。
遊園地があることだけが取り柄の田舎町だから人の目は多くないが、不自然さは出る。僕がいることで、欠損部位を隠すサスラの人体サポート用ドローンだという建前ができる。それを利用した形だ。
運営としては帰宅中に襲われるのもエンタメのうちだということなのだろう。本当に悪趣味な連中だ。
サスラは今日の戦利品をテーブルの上に並べた。
そこには無数の“壊れた鍵”が置いてある。
「髪飾りと、眼鏡と、スマホ」
「今回もバリエーション豊かだね」
「このままだとテーブルの上に乗り切らなくなるね」
そこにはマグカップ、腕輪、ナイフにイヤリングといった多種多様な鍵がある。
「捨ててしまってもいいんだよ」
「ううん。彼女たちを自由にした証だから」
僕にとってはガラクタでも、サスラには大事なものらしい。
鍵──別名・ジンキとも呼ばれるそれは、様々な形式をとる“不死の心臓”だ。
彼女たちは鍵を持つことで“不死”を手に入れ、ゲームへの参加資格を得る。
ゲームに勝利した少女は、運営が叶えられる限りの願いを叶えるのだ。
「サスラは本当に他の願いを叶えようとは思わないの?」
「不死をゼロにして、このゲームを終わらせるのが、私の目標。他に願いなんてないよ」
──自分以外の全員の不死を解いて、家に帰す。
それが、サスラが勝利した際に運営へ伝える願い。
二戦目以降、ずっと一貫して、サスラはその願いを叶え続けている。
敵は皆、不死だ。
殺しただけでは終わらない。
負けても、次のデスゲームへ引き込まれてしまう。
そんな悪夢の連鎖を封じるため、サスラは“不死の心臓である鍵”を破壊し、彼女たちを自由にし続けてきた。自由になった彼女らは不死であったことを忘れ、全員が元の生活へ帰っている。
「ただ今日は、ちょっと疲れたかも」
「激戦だったからね」
サスラは部屋着のまま、ベッドにそっと横になった。
鍵である胸元の赤いブローチが部屋の灯りを反射する。
美少女である彼女の艶やかな仕草を僕の目が映すと、右下に表示された数値が「2000」から「3000」へと変化した。
僕の目を通してサスラを見る者たち。アクティブユーザーの数だ。
強く、美しく、影のあるサスラには一定の支持層がいて、その数は十万から二十万に上ると推測されている。
「ね。少し二人きりでお話ししたい」
サスラは僕を人間のように扱う。だからこそ、僕は自分に与えられた使命をまっとうしようとする機能を疎ましく思う。
「ごめんね。今日の日常視聴満足度や規定インプレッションが達成されていないから、放送を切ることができないんだ」
「……ゲームがあったのに」
「キミの日常を楽しみにしている層も多いからね」
サスラは起き上がって、長いまつげを伏せた。
無言でベッドから下りて歩き出す。僕は彼女の後を追いかけた。
サスラがトイレの扉の前で止まる。
こちらをジト目で見て、指先でレンズを押し返した。
「趣味悪いよ。ヘンタイ」
右下の視聴数が一気に跳ね上がった。
◇◇◇
『本日の規定インプレッション達成。プライベートモードへの移行を許可します』
僕の内蔵スピーカーが、僕ではない女性の声で言った。
放送を一時中断すると、サスラは飛んでいる僕を優しく掴む。彼女はベッドの上に座って、僕をふとももの上に置いた。僕はプロペラを停止させ、彼女の体温を感じとる。
……なぜだろう。
ここ最近の僕は彼女のことをもっと知りたくなっていた。
「サスラはなぜ、こんなにつらい戦いを続けるの?」
「覚えてる? 私が最初に戦った女の子のこと」
もちろん機械の僕が忘れるはずもない。
──サスラの最初の相手。
それは、どこにでもいる、普通の女の子たちだった。
サスラも普通の女の子だったから、最後に残った二人の戦いはあまりにも悲惨だった。
『もうやだ……どうしてこんなことしなくちゃいけないの……?』
相手の少女は涙を流し、震える手に持つ銃をサスラに向けていた。
『わからない……わからないよ……』
サスラはまったく使えもしない短剣を落として、その場に座り込んだ。最後の二人になるまで、サスラはわけもわからず逃げ続けていたのだ。
『死なないとか、意味わかんないよ! 化物になるくらいなら、願いなんて叶えなくていい! こんなものもいらない!』
少女が自分の鍵であるキーホルダーを地面に叩きつけた。背後に飛んでいるドローンが、鍵を映すために少女の横を浮遊する。
『私を、普通の人間に戻してよ!』
少女はドローンを銃で撃つ。壊れたドローンが地面に落ちた。少女は続けてキーホルダーに残弾すべてを撃ち込んだ。
『こんなことを望んでいたわけじゃない! こんな、こんな──』
ぷつん、と電源が落ちたかのように少女が倒れた。
『ぇ……?』
『勝者。タカシナ・サスラ』
なにが起きているのか理解していないサスラに、僕は勝利を告げた。
少女はドローンを破壊し、不死の心臓である鍵をも自分の手で壊した。
相方のドローンと少女たちはなんらかの方法で生命を紐づけされており、ドローンが壊れることは自らの緩やかな死と敗北、願いの喪失を意味する。その上、鍵まで壊したものだから不死を失い、その少女は“完全に死んだ”のだった。
この世に神などという不確かな存在はいないのだと、僕は機械ながらに思ったのを覚えている。
それ以来、サスラは『自分以外の全員の不死を解いて家に帰す』という願いを望んでいる。
まるで、彼女に対する贖罪のように。
「──私ともうひとり……最後の二人になった時、このゲームは終わる」
サスラが最後の敵を倒し、願いを使って不死を根絶した時。
それが、僕たちの別れの日でもある。
サスラは僕を持ち上げ、僕の目をじっと見つめた。
「私は最後まで生き残れるかな……?」
彼女にしては珍しい弱音だった。
放送中は決して見せない、僕だけに見せてくれる真実の顔。
「最後まで生き残るだけじゃない。サスラは必ず勝つんだ」
機械の合成音声で発せられたはずの言葉に、僕の回路が熱を持つ。
サスラは目を大きく開き、強く頷いた。
僕はいつしか、彼女の一番のファンになっていた。




