第3話 少女と“僕”の選択
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それからもサスラはデスゲームに勝利し続けた。
「勝者。タカシナ・サスラ」
洋館で戦い、廃病院で戦い、放棄された校舎でも戦った。
「鍵の置く場所、どうしよう」
「どんどん重ねていくとか?」
「窮屈かもしれないけど、我慢してね」
彼女が勝利するたび、テーブルの上にある鍵は増えていき──
恐るべき戦績を持つ彼女はやがて別の名前で呼ばれるようになっていった。
「お前……噂の女か」
「噂?」
「すべてを飲み込む底なし沼。“泥濘の姫”」
銃弾や刃を浴びても怯みはしない。全身を黒い泥で泡立たせながら敵の鍵を砕く姿は、怪物すらも飲み込む底なし沼そのものだ。
黒い泥にまみれ、泥の中にすべてを飲み込んでいく少女。
彼女が現れた戦いには、抜け殻の少女だけが横たわる。
“泥濘の姫”はこのゲームを終わらせようとするサスラにぴったりの呼び名だった。
戦って、戦って、戦い続けて。
三年の月日が流れようとしていた。
あどけなさが消えたサスラは、すれ違えば誰もが振り返るほどの美しい大人の女性へと成長していった。
僕は彼女の傍で、すべての戦いを映し続けた。
頻繁に開催されていたゲームは週に一度、月に一度とその間隔を広げていき。
対戦相手の人数も、五人から四人、四人から三人へと変わっていった。
運営は、不死の少女を増やそうとはしなかった。
適性のある少女が足りていないのか、鍵が残り少ないのか、はたまた他の理由があるのかはわからない。
ただなんとなくではあるが、ゲームの終わりを待つユーザーの“熱”のようなものがあった。
日がたつごとに視聴者の同時接続数は雪だるま式に増えていき──
ついに、その日が訪れた。
「はじめまして。タカシナ・サスラ。私はアサギリ・ミレン。まさか百戦錬磨の“泥濘の姫”が私と近い年齢だったなんてね」
ゲームに参加したのは、二人のみ。
一対一の殺し合いの場に選ばれたのは、最も人気の高い遊園地。
武器はなんでも好きなものを使用可能。
視聴数は見たこともない、まさに桁違いの数字。
そのすべてが、サスラの勝利でデスゲームが終わる可能性を示唆していた。
「私は十六歳の頃からこのゲームに参加しているの。あなたは?」
「十五」
「へえ。初めて年下の子に出会ったわ。どんどん知り合いがいなくなっていくものだから、誰かが“消して”いたのには気づいていたけれど」
相手の少女は夜闇に輝く金髪を払った。
「にしても困ったものね。これから先、ずっとあなたと戦い続けなければならないなんて」
「戦い続ける?」
「だってそうでしょう? 残っているのは私たちしかいない。ならば私があなたを殺して勝利しても、次の相手はまたあなた。永久に二人の戦いが続いていく」
「私が勝てば、それで終わる」
金髪の少女は懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「……やれやれ。あなたには欲望というものがないの?」
「この戦いを終わらせる。すべてを終わらせて、人間として死ぬことだけが希望」
そう──化物の身体を捨てて、人間の尊厳を守ることこそが、サスラの願い。
「はあ……お金も、力も、美も手に入るというのに。ゲームがなくなれば“願い”を叶えられなくなる。ひとりでも敵が残っていれば私の欲望を叶え続けられる。相手としては薄気味悪いけれど、仕方ないわ」
ぱちん、と懐中時計の蓋を閉じて懐にしまう。
「これからは、あなたを殺し続けるとしましょう」
金髪の少女ミレンが腰に差した刀を抜いたと同時に銃声が響いた。
いともたやすくミレンの額が撃ち抜かれる。サスラが手にした銃口からは煙が立ち上っている。
「……終わった。やっと」
サスラに迷いはなかった。
盛り上がりや余韻など一切不要。
当然だ。この一瞬のために戦ってきたサスラは、いち早くゲームを終わらせることこそを欲していたのである。
サスラがミレンに近づく。
「不死少女たちのデスゲーム。最終戦開始」
ミレンのドローンが的外れにそう告げた。僕はある程度運営の命令を無視していたから、開始宣言は僕のスピーカーから出力されなかったのだろう。やはり今回が最後なのだ。
サスラが倒れたミレンの内ポケットに手を入れ、鍵を探し始める。あの懐中時計を。
ミレンの額から泥が溢れた。一点だけを見つめていた眼球が、ぐるりと動く。
「っ……!」
サスラが反射的に首を守った。
刀がサスラの左腕を裂く。
サスラは危険を察知してミレンから距離をとった。
ゆっくりとミレンが起き上がる。
「……さすがね。射撃精度が尋常じゃない。舐めていたわ」
ミレンの目は奈落の底のように暗い。
「でも次はない。今度は私があなたを殺してやるわ」
言うが早いか、ミレンがサスラに向かって駆けだす。
サスラは応戦して銃を撃つ。ミレンの肩と眼球、足に当たったが彼女は構わずサスラに向かってくる。彼女はもう、人間をやめていた。痛みや死を超越し、ただ欲望のままに動く怪物になっている。
サスラはミレンからの袈裟斬りを受けた。左手の薬指と小指が宙を舞う。サスラの射撃レベルに並べるほどに、ミレンの剣術は研ぎ澄まされている。痛みはないはずだが、泥が治癒するまで左手で銃を握ることは難しい。
近距離戦では分が悪い。すぐさまそう判断し、サスラはミレンに蹴りを入れた。
ミレンが吹き飛ぶ。サスラはその隙に背を向けて走り出す。
「ハハハハ! 無様に逃げ出すのね! 待ちなさいな!」
ミレンがサスラの背を追いかけてくる。僕はサスラの少し後ろを飛びながら、ミレンが突飛な行動を起こさないかを警戒した。
「サスラ!」
僕の声に反応して、サスラが横に飛ぶ。サスラが進むはずだった場所を銃弾が突き抜けた。
「すごい! よく躱したわね! 今までの獲物とは格が違うわ!」
ミレンは右手に刀、左手に銃を持っていた。
サスラは一瞬だけ僕を見る。
僕──一度も助けたことがない、いや、助けるはずのないドローンが肩入れしたのだ。サスラの動揺は大きいだろう。
でもサスラを守ることができた。僕はそれを誇らしく思った。
サスラが走って建物の中に入る。看板には『ミラーハウス』と描かれていた。
薄暗い館内へ飛び込むと同時、四方八方の合わせ鏡に泥まみれのサスラと僕の姿が無数に映し出された。
瞬時に判断し、サスラは鏡の迷宮の奥へ向かって走り出す。
遠く背後から足音が聞こえ、ミレンもミラーハウスに侵入したことがわかった。
サスラは息を殺して迷宮を巡り、ミレンの背後へと近づく。この施設のことは隅々まで知り尽くしていた。
「アサギリ・ミレン!」
サスラの声に反応し、ミレンが“前方”を確認する。
「みぃつけ……」
ミレンが銃を向け、
「たぁ!」
背後を振り返って銃を撃った。
僕は勘違いしていた。
この長すぎる三年を戦い抜けてきたのはサスラだけではない。
ミレンもまた、百戦錬磨の怪物だった。
鏡を使って背後を取るというトリックを彼女は逆手にとったのだ。
僕の身体は反射的に動いていた。
銃弾がプロペラを弾く。
弾丸はわずかながらにベクトルを変え、サスラの頬をかすめた。
「なっ……!? なぜドローンが!?」
驚愕するミレンへ、サスラが突進していく。
ミレンが残りの銃弾をサスラへ撃つ。
その弾丸はサスラの肩、胸、脇腹、足を撃ち抜く。
それでもサスラは止まらない。受けた傷から泥を出して再生させながら、ただただ目標へ向かって走る。
尊厳を守るために生きた少女と、欲望の赴くがままに生きた少女の最後。
似て非なる鏡像である彼女たちの勝敗を分けたのは、運や実力ではない。
──執念、だった。
サスラが腕を伸ばす。
「チィッ!」
ミレンが銃を投げ捨て、刀でサスラの腹部を突き刺した。
そのまま横に薙いで骨ごと胴体を寸断しようとするミレンの手をサスラが掴む。
ミレンの身体を押し倒し、すかさず銃をミレンの内ポケットへ向ける。
ミレンがサスラの顔を掴んで爪を立て、がむしゃらに押し返そうとする。
「やめろっ……やめろおおおおおお!!!」
懐中時計のあるミレンの内ポケットへ的確に狙いを定めて、サスラが引き金を引いた。
銃声。そして静寂。
相手のドローンが、硬質な音を立てて床に落ちた。
鍵を失ったミレンが、抜け殻になったのだ。
僕の画面に表示される『WINNER タカシナ・サスラ』の文字。
爆発的に高まる視聴者数。
ひしゃげたプロペラを回転させながら、僕はサスラに近づいて、いつも通りの問いを投げかけた。
「サスラ。最後の願いを聞かせて」
「……うん」
彼女はいつも通りに頷いて、
「彼女──アサギリ・ミレンから不死をなくし、家に帰してあげて」
いつも通りの願いを答えた。
僕がサスラの願いを運営へ送信すると、すぐに返信がやってきた。
「キミの願いは、受理された」
サスラはふらふらと鏡の壁によりかかって、僕を見上げた。
「ね。二人きりで話したい」
配信は熱狂の渦中にあった。今ここでネット通信を遮断するのは運営への明確な反逆であり、ドローンにとっての自殺行為でもある。僕の画面には『警告:規約違反』の文字が浮かんでいた。僕はアラート音を無視して配信を強制終了した。
「これで二人きりだ。誰も見ていない。おめでとう、サスラのおかげで不死はもういなくなったんだよ」
「ううん。もうひとり残ってるんだ」
意味が理解できなかった。CPUが能動的な処理を拒んでいた。
最後に残った不死。それは──
「私の鍵を壊してほしい。ここまでずっと一緒にいてくれた、あなたに」
「そんなことをしたら、キミは──」
僕は、わかっていたはずだった。
この戦いが、サスラの死によって完全なる終わりを迎えることを。
サスラが頷いた。僕たちの間に、それ以上の言葉は不要だった。
僕はひしゃげたプロペラを最大限まで稼働させた。スラスターを限界まで噴射し、サスラの胸元にある赤いブローチめがけて突進する。
ブローチは簡単に砕け散った。
衝撃によって、腹部に突き刺さっていた刀が抜け落ちる。
サスラの肉体をまとっていた泥がゆっくりと血液に変わっていく。
サスラが呻いて、ずるずると力なく床にへたり込む。
それは不死を失った代償。痛覚が戻ったことによる反応だった。鍵を失えば不死性を失い、負った傷の通りに命は尽きる。
三年間忘れていた激痛が彼女の中に戻っていく。焼けるような内臓の痛み、骨が軋む痛み、それこそが生きていることの証明。サスラは怪物ではなく、人間の少女に戻ったのだ。
「ああ……痛い。痛いなぁ。あなたのおかげで、生きることの痛みを思い出せた……」
サスラの呼吸が細くなっていく。
僕はふらふらと彼女の手のひらへ着地した。
彼女のふとももに乗っておしゃべりした時の温もりを思い出す。サスラは緩やかに体温を失い、死へと向かっていく。
僕の目がサスラを映し出す。
安らかな表情だった。
僕の中には、サスラと共にすべてをやりきったという誇りと満足感があった。
「ありがとう。あなたのおかげでここまでがんばれた。本当に、ありがとう……」
サスラの最後の言葉に、僕も最後の言葉を返す。
「がんばったね。おやすみなさい。サスラ」
サスラの閉じたまぶたから一筋の涙が流れた。
僕はそれを見て深く満足し、全機能をシャットダウンさせた。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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