第8話
まだ夜風のような涼やかな風が名残惜しいとでもいうように吹き抜ける中、朝日の輝きが大地を照らし木々や建物に影を作り出していく。
早朝、村を出立したルミリア一行は国都エルマガーデが見渡せる丘の上に到達した。
日はすでに頭上に登っており、暖かな日差しに照らされ辺りを明るく映し出している。
「あれが国都エルマガーデですか。想像していたよりも堅牢な都ですな」
砦に居を構えていたロクルフが感心したようにうなずく。
農業大国フルーヴィアの国都エルマガーデは公国のほぼ中心に位置し、収穫された作物は一旦国都に集められ、各地へ輸送されていく、都全体を高い石造りの城壁で囲い込み東西南北に巨大な門を設置しており、各地からやってくる商人や公国の農民たちが常に行き来している。
都の規模はルナーリアの王都に比べても小規模だがその分少ない兵力で全体を守れるよう設計されており、とことん無駄を排除した堅牢な国都である。
「あの像は誰のものですか?」
エルマガーデの東門の前でルミリアが門の横に配置されている石像に指をさす。
「あぁ、あれはね。私が作った最高傑作」
「ナツカ様が作ったんですか、とてもいい出来ですね。
この像はお若いころのグリーガン大公でしょうか」
「いや、違うよ。この人はね、正義のヒーローなんだ」
「ひーろー?」
誇らしく胸を張って、自慢げに語るナツカに再度質問を投げかけようとナツカの頭上に視線を向けると、神機のせいで馬に乗れないナツカは歩きながら石像を見つめていた。
その表情は先程の自慢げな表情とは違い、どこか寂しげな微笑に変わっていた。
これ以上踏み込んではいけないような空気を察して、急にしおらしくなったナツカに変わり、かなり上機嫌な様子の若いルナーリア騎士に話を振った。
「ロクルフはなんだか、エルマガーデに入ってからすごく楽しそうですね」
「えっ、申し訳ございません。かなり活気に満ちた市ですのでつい浮かれておりました。
王都の市に比べれば小規模ですが、ここの者達からは相当な活力を感じられます。
やはり、賑わいのある場所というのはよいものですな」
「ふふっ、そうですね。この賑やかさは王都の市を思い出します。」
大量の農作物が集う市場は多くの人で賑わっていた。
野菜や果物を扱う露店のほかにも麦酒や料理を提供する露店も多く軒を連ねており、香しい匂いといたるところから聞こえてくる大声で客を呼び込む露店の店主たちや客たちの談笑が少し前に国境付近で異形との戦闘があったとは思えない、平穏に包まれた世界を作り出していた。
「おっ、宮殿が見えてきたよ」
ナツカが目の前に見えてきた宮殿に指をさす。
ここに来るまで小柄な英雄に気を使ってか、物々しい戦斧にたじろいだのか、人々はナツカを見るなりすぐに道を譲った。
丁寧にお辞儀をする者、声をかける者など様々だが皆一様に大地の女神様と親しみがこもった声で呼びかけていた。
「ナツカ様、大丈夫ですか」
宮殿の門前にたどり着くとすっかり疲れ切った表情のナツカに、ルミリアは堪らず声をかける。
「うん、大丈夫いつものことだから、女神なんて柄じゃないんだけどね。
言われなれないから疲れるんだよ。まぁ、こんな武器持ってるのだって柄じゃないんだけどさ」
武器に関してはどうだろうかと感じたが口には出さなかった。
そこは同じ女性としての気遣いが働いたのである。
「さてと、さっさと済ませちゃおうか」
「ナ、ナツカ様、ここに神機を置いては__」
颯爽と宮殿内の広間に入ると、衛兵たちの制止を聞く前に神機を床に降ろした。
すると巨大な戦斧は鈍い音を立てたかとおもうとみるみると大理石の床に沈んでいった。
「あ、やっべ、ごめんね。またやっちゃった」
「前にも同じ場所に穴を開けたばかりではありませんか!」
「だからごめんって、宰相にはちゃんと謝っておくからさ。
大公はいるかな?」
「はぁ、ご案内いたします」
起きたことはどうしようもなく、あきらめた衛兵はルミリア達を玉座の間へ案内する。
「よくぞ我が宮殿へ来られた!ルミリア王妃」
玉座の間へ参上したルミリア達を宝石がちりばめられた豪華な玉座に腰かけながらグリーガン大公は両腕を大げさに広げて歓迎した。
年齢は四十を向え、国を治めるには少し若い大公は骨ばった顔立ちに僅かなに生えた口ひげは綺麗に切り揃えられ、狐のような細い目で身体は瘦せており、あまり王者としての威厳が感じられない風貌であった。
「御久しゅうございます。陛下」
「しばらく見ぬ間にお美しくなられましたな。ルナーリアの惨事については私も心が痛む。
フェリク王は良き名君となる御方であったのに」
「お心遣いに感謝いたします。」
王族同士の外交的な挨拶に退屈したナツカは長引く前に本題を投げかけた。
「ねぇ、大公、ルミリア王妃はランダルトに行きたいんだってさ。私もついていこうと思うんだけど」
「いや、ナツカ殿の頼みでもそれは承諾しかねまする。帝国の脅威がここまで来ないとは限りませんし、勿論、ルミリア王妃にはランダルトへ行くまでに十分な物資と兵をお与えするので何卒、ご容赦を」
「ちぇっ、まぁ、しょうがないか」
ルナーリアに進行した帝国が肥沃な土地を求めフルーヴィアまで進行の手を広げる可能性は十分にあった。一応そのことについて理解はしていたナツカは早々に引き下がったがまだ追及することがあった。
「昨日、異形の襲撃があって、ルミリア王妃達が来て異形を殲滅するまでフルーヴィアの兵士は誰も来なかったんだけど、巡回の兵はどうしたの?」
「その件に関しては私も聞いております。
何とも情けない話で、すでにドゥアール将軍を呼び寄せ、巡回の兵を増やすよう伝えております」
「帝国のこともあるし、なるべくルナーリア方面に多く兵を置いておかないと、いや、そこは私も行かないといけないか」
「大地の女神がおれば帝国も慎重になりましょう。」
グリーガン大公のナツカに対する態度は信頼というよりは主従のようであるが、戦力としては自国の軍よりもはるかに強力な力を持つ英雄に頭が上がらない状態であった。
ただ、これだけ威厳がない姿を臣下達に見せるわけにはいかず、ナツカと会うときはいつも書記官や宰相すらも玉座の間から追い出し、二人きりで話をするのが常であった。
「陛下からの恩情、厚く感謝申し上げます」
「うむ、すぐに手配いたしますゆえ、しばらくは身体を休ませると良いでしょう。」
大公が従者を呼び寄せると、扉を勢いよく開け放って衛兵が玉座の間へ飛び込んできた。
「何だ、騒々しい」
「報告いたします。エルマガーデの南西方面からルナーリア軍と思わしき軍勢が展開しております!」
「ルナーリア軍だと!」
「その後、動きはございませんがルミリア王妃を連れてくるよう要求しております」
「領内に侵入しておいて、厚かましい奴だ。それにしても巡回の兵は何をしておったのか。要求に答える気はない直ちにドゥアール将軍を向わせろ。」
「アルガン卿・・・」
「大丈夫だよ、さっと追い払っちゃうから」
ナツカは優しくルミリアの肩を叩くと勢いよく駆けだしていく。
「ナツカ様、待ってください」
慌ててナツカを追いかけようとするが既に風のように去った後だった。
それでもナツカを追い、玉座の間を飛び出していく。
後ろでグリーガン大公が呼び止める声が聞こえたが構わず走った。
「何が起きている!」
宮殿の門をくぐると外で待機していたカイ達に出くわした。
「ナツカ様は?」
「空を飛んでいくような勢いで南西に向っていったぞ」
「恐らく、アルガン卿が来ているのです。私たちも向いましょう」
「何だと、ここまで来ているのか」
カイの言葉も聞き届けず、ルミリアは馬に跨り駆けだしていった。
「ルミリア様に続け!遅れるな」
ロクルフの命令でルナーリア兵たちもルミリアの後に続いて馬を走らせる。
「さぁ、急ぎましょう」
ロクルフに急かされ、カイは軽く舌打ちをすると颯爽と馬に跨り馬で駆けていく。
勢いよく飛ばしてルミリアの横に付ける。
「国都まで気づかれずに進行されてるなんてどう考えてもおかしくないか」
「そうですが、相手はアルガン卿です。私が行かなくてどうするのです」
「狙いはお前だろう。相手の要望通りに出てくる奴があるか」
「まずは様子を見ましょう。あの丘の上からなら辺りが確認できそうです」
急ぎ丘の上に移動したルミリア達の眼下に横に展開したフルーヴィア軍の姿が見えた。
先頭にはナツカの姿も見える。
その先にはアルガン軍が同じく展開していた。
軍の先頭には台車があり、拘束された人間が座っている。
「あれは、ヴェルート卿!」
ルミリアの悲痛な叫びとともにロクルフも顔をしかめる。
ルミリア達を逃がし、ノアグ砦で籠城していたヴェルート男爵が縄で縛られていた。
弱弱しい姿だがまだ生きてはいるようだった。
「人質をとるとは随分と姑息な者のようですな」
フルーヴィア軍のドゥアール将軍は馬上で眼前の哀れな将兵を前に敵軍の将について思案していた。
「うん、だからあのかわいそうな人をさっと救出してからまとめて追い返そう」
「やれますか、ナツカ殿」
「任せてよ!先に仕掛けてきたんだから少し痛い目にあってもらうからね」
巨大な戦斧を構えるとナツカの両目が淡い黄褐色に輝きだす。
大地の女神と称される英雄がその所以たる一撃を放とうと力強く一歩を踏み出した。
その瞬間背後から風を切るような鋭い音が鳴り響いた。
「・・・えっ」
音が鳴った直後、ナツカの背中には三本の矢が突き刺さっていた。
困惑した様子で後ろを振り返ろうとすると今度は太い槍が背中から胸を貫いた。
口から赤黒い血を吹き出しながら槍の持ち主のほうに目をやるとドゥアール将軍の姿があった。
「な・・・んで」
ナツカの悲痛な声にも耳を貸さず、ドゥアール将軍は槍を引き抜いた。
貫かれた部分からは大量の血が流れ出し、ナツカの目から輝きが消えて膝をつき、握っていた戦斧が地面に落ちるとそのまま自身の血で出来上がった血だまりの中に倒れこんだ。
「___っ!ナツカ様ぁぁぁぁ!」
静寂が包み込むフルーヴィアの大地にルミリアの悲痛に満ちた絶叫がこだました。




