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第9話

深い青が限りなく続く蒼天の下、清涼に満ちた空とは異なり地上では血にまみれた惨劇が繰り広げられていた。


「傷が塞ぎきる前に急所を貫け、交代しながらだぞ。起き上がらせるな」


フルーヴィア公国の将軍ドゥアールは部下に非情な命令を下す。

命令を受けた兵士たちは数人でナツカを囲むと次々に動かぬ英雄に槍を突き刺していく。


「おい、将軍!なんてことしやがるんだ!」


武装した農夫たちがドゥアール将軍に詰め寄ろうとするが騎兵達に行く手を阻まれる。

フルーヴィア軍では歩兵として農夫たちが招集されるが本格的な召集は今回が初めてで尚且つ、急であったため周辺の村から集められた五百人が初陣で思いもよらない惨劇を目の当たりにすることとなった。


「女神さまを解放しろ!お前ら何をしているのか分かってんのか!」


「くどい!」


ドゥアール将軍が左手を上げて合図をすると騎兵たちが一斉に矢を放った。

放たれた無慈悲な矢は不運な農夫たちを貫いてゆき、十数人が血を流し倒れていった。


「くそっ、やりやがったな!」


「女神さまをお救いするぞ!」


猛った農夫たちは武器を構えて猛然とフルーヴィア兵に突進する。

騎兵といえど接近された状態で囲まれてしまえば相手が農夫でもひとたまりもない。

大鎌や殻竿など普段は農具として使用するものだが騎兵たちにとっては脅威であった。

馬上から一人を槍で貫けば、下から鋭利な大鎌や殻竿が襲い掛かり忽ち地面に引きずり降ろされてしまう。その時点で息はあってもすぐに数人で袋たたきにあってしまい、足元には凄惨な地獄絵図が広がってゆく。


「農奴相手に何をてこずっておるか!押し返せ!」


ドゥアール将軍の怒号が戦場に響き渡るが、せっかく倒した獲物をとられまいと守るのに手一杯になっており、消耗していく一方である。

フルーヴィア騎兵はドゥアール将軍の直下兵団の一部である五百騎を連れてきていたが既に五十騎程が馬上から引きずり降ろされて、騎手を失った馬が佇んでいた。


「はぁ、田舎者の次は暴徒が相手とは、これでは勝利を重ねても威厳を損なうばかりではないか」


フルーヴィア軍に対していたアルガン軍の先頭に出てきた恰幅のよい中年男は不機嫌そうに哀れな捕虜を一瞥すると背後に控える配下達に向かって片手を上げる。


「茶番はここまでだ!フルービィア軍に加勢せよ。暴徒共を一人残らず排除しろ!」


アルガン軍の騎兵達が喊声を上げると一斉に農夫達に向かって行く。

フルービィア軍が展開する正面を避けるように左右に向かって激しく突進する。


「ルナーリア軍が出て来たぞ!」


「もうだめだ。逃げろ」


アルガン軍の猛追に太刀打ち出来ず、次々に犠牲を増やした農夫達の中には恐怖にかられ逃げ惑う者が現れ始めた。

騎兵達は非常な命令を忠実に実行するため逃げる者を追いかけて背を切り付け、槍を投げる。


「降参する、助けてくっ__」


武器を捨て、両手を上げて降伏の姿勢を見せた農夫は次の瞬間には首が赤い放物線を描いて宙を舞っていた。

最早、農夫たちが戦闘を継続するのは困難な状態になり、背を向け敗走していく所を後ろからさらに追撃されてゆく、戦場は一方的な殺戮へと姿を変貌させた。


「どうして、こんなことができるのですか…」


悲鳴と血しぶきの舞う戦場をルミリアは悲痛な表情で眺める。

手綱を持つては小刻みに震え、悲壮と恐怖とが全身に駆け巡って呼吸が荒くなってゆく。

蹂躙される農夫たちを、捕虜となったヴェルート男爵を救い出すためすぐにでも駆けだしたかったが、今、手元にいるたかが五十騎の兵で千を越える敵に立ち向かいようがないことはルミリアにも分かっていた。


「急ぎ、ここを離れましょう」


「それは無駄だ」


元より長居する理由はなく、一刻も早く脱出するよう進言するロクルフをカイは一言で制した。

カイの視線の先には自分たちの周りに展開していくフルーヴィア軍の姿があった。

馬に跨り、ルミリア達に矢をつがえるフルーヴィア兵の間を抜けて一人の男が前に躍り出る。


「お迎えに上がりました。ルミリア陛下」


「あなたは、確かフィーカス将軍」


「なんと!覚えておいでとは驚きましたな。たった一度ご挨拶した程度だというのに」


フルーヴィア軍のフィーカス将軍は恭しく頭を下げた。


「戦う意思のない者、しかも自国の民を背後から切りつけるとは、貴公らはそれでも騎士か!」


激昂したロクルフが剣の柄に手をかけた。

実直な騎士は目の前で起こった騎士たちによる蛮行をどうしても許すことができなかった。


「ふむ、何か見間違いをしているようだが我々は国を守るために謀反を起こした農奴を粛清しているだけだぞ」


「自国を守る英雄を手にかけておいて白々しい!」


「やめなさい!ロクルフ」


激情に任せて剣を抜こうとするロクルフを制し、目の前のフィーカス将軍を真っすぐ見据えるルミリアの瞳は今にも涙が零れそうなほど揺らいでいた。


「投降します。代わりに彼らの身の安全を保障してください」


「ルミリア様!」


「他に方法がないのです!それにこれ以上、失うことは私には耐えられません」


王妃の心からの叫びにロクルフは黙って剣の柄から手を放す。

目の前にいるフィーカス将軍の兵は三百騎程、さらに丘の上で包囲され、下には千を超える騎兵の軍がおり、この状況での抵抗は無意味であった。

フルーヴィア軍と帝国に寝返ったアルガン軍が共闘しているということはすでにグリーガン大公は帝国と繋がっている可能性が高い、さらにルミリア達に矢を向けるフィーカス将軍がこの考えの決定打になった。

王都を脱出した時の待ち伏せ、その後、フルーヴィアに逃げ込むことも想定していた二重の策にまんまと踊らされていたことを察したルミリアは苦渋の決断を下した。


「賢明なご判断です。配下の者たちの命は保障しましょう。ではルミリア陛下、こちらへ」


黙って馬を歩かせたルミリアの周辺をフルーヴィア兵が取り囲む。

フィーカス将軍の元へ行く途中、馬を降りたカイ達の方に顔を向けたルミリアの目には溜まっていた涙が堪えきれずに頬に雫を作っていた。


「愚か者に付いてきたばかりに本当に苦労を掛けてしまいましたね。

ごめんなさい、せめて皆の事は私の命に代えても守ることをお約束します」


涙ぐんではいるがその瞳には確かな決意の光が滾っていた。


「その者たちを牢に入れておけ」


部下たちに指示を出すとフィーカス将軍はルミリアの横に付き、エルマガーデへと向かっていった。


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