第7話
フルーヴィア公国を治めるグリーガン大公が宮殿を置いている国都エルマガーデは公国のほぼ中心に位置し、収穫された作物が売られる市場や各国を旅する商人たちが集まり、彼らに向けて宿屋も多く軒を連ねる。
辺りを田畑で囲まれた公国ではたくさんの人でにぎわう唯一の場所といっても過言ではない。
日が霞始め、静かに夜の影が大地を覆い始める。
フルーヴィアの肥沃な土地に広がる麦畑を越えて小さな村にたどり着いたルミリア一行は村人たちに温かく迎えられた。
公国領に入ってすぐの異形との戦闘でルミリア達が助けた農夫たちの村で村民を代表して村長から手厚く感謝の意を伝えられるとルミリアは顕著に答えた。
異形に勝利はしたが少なからず村民に犠牲が出ており、ナツカが来なければルミリア達にも被害が出ていたかもしれない、咄嗟に動いてしまったが果たして自分の判断は正しかったのか、王族には似つかわしくない謙虚さをもつルミリアには何処か後ろめたさがあったのだ。
犠牲となった農夫たちの遺体を引き渡した後、村長が自らの家を今晩の宿として提供してくれた。
久方ぶりに屋根のある場所での食事に少しだけ心の霞が晴れたルミリアは改めて部屋を見渡す。絢爛豪華な城での生活に比べれば相当劣るが今ではこの場所が一番落ち着く場所であり、そして今では最も安全ともいえる場であった。
七雄ナツカの存在はそれだけのものだが当の本人はパンを片手に一心不乱に料理を口に運んでいる。
「ナツカ様は本当によくお召し上がりになりますね」
「ん?神機を使った後ってすんごくおなかが減るんだよねぇ」
「神機、七雄様にしか扱えない神から与えられた武器」
「まぁ、最初に持ってたやつしか使えないけどね。私の斧なんて誰も持ち上げることもできないしさ、どうせならみんなの神機も使えるようにしてくれたら便利なのに」
「七雄様それぞれにあった神機が割り当てられたのでは?」
「それならもうちょっと可愛いのにしてもらいたかったな。女の子にあんな斧持たせるなんて、会ったことないけど神様ってセンスないしケチだよね」
熱心な信徒であれば卒倒しそうな物言いに困惑しながら何とか笑顔で返した。
ルミリアは信仰心が強いわけではないが、ルナーリアでは王妃として国の為に祈りを捧げることくらいは何度かあり、ナツカの罰当たりな言動にはあまり賛同はできず、慌てて話題をそらした。
「そ、そういえばナツカ様はここまでずっと徒歩でいましたよね。あんなに巨大な斧を手足のように扱えるなんて、本当に七雄様の武勇は素晴らしいです」
「あれ持ったままだと重すぎて馬には乗れないんだ。置くと床に穴が開くから室内にも入れられないし、すんごく不便なの」
「それでも、誰しもがあこがれるその圧倒的な力は正直うらやましいです。
私にもそれだけの強さがあればこんなことには」
「でも、飛んでる異形を弓で射ったのってルミリア王妃なんでしょ?
しかも馬で駆けながらなんてエルフ並みの腕だと思うけどな」
「いえ、そんな森の守護者の神弓とは比べ物にならないと思います。
ランダルトにいた時に少し教わった程度のものなので」
「十分すごいと思うけどね。私たちの力なんて所詮は貰いものだし、自分自身の力っていうのに大きな意味があるんだと思うな」
静かに告げると、ゆっくりと席を立ち、窓辺に近づくと思い切り窓を開いた。
涼やかな夜風が部屋の中を撫でまわしていく。
ん~、と唸りながら大きく伸びをするとルミリアの方に向きなおる。
「私もね、最初はこの力さえあれば何でもできるって思ってた。
でもね、結局私一人じゃこんな小さな国一つ守るので手一杯、今日の異形との闘いだって犠牲が出ちゃったし、この手で救えるものには限りがあって救った後も手からどんどんこぼれちゃう。それでも前に歩み続ける強さっていうのはただ腕が立つっていうのとは違うと思うんだ」
「歩み続ける強さ・・・」
窓辺に腰かけて月明かりに照らされるナツカの近くで、家の外壁に黒いローブの青年が暗い駆けの中で座り込んでいた。
「交代の時間です。お休みください」
あぁ、と短く返事をし、ロクルフと見張りを交代しようとしたとき、夜闇を掻き消すような明るい声が飛来した。
「あっ!確かロクルフだっけ、ルナーリアの騎士様が女の子の会話に聞き耳立ててるぅ!」
「えっ、そんな、ロクルフはそんなことはしません!」
窓辺から身を乗り出し、無邪気な笑顔でロクルフに向って指をさすナツカの横からルミリアが顔をのぞかせる。
「い、いえ私はこれから見張りの交代をと、何、いない!」
慌てて弁明しようと証人を探したがすでにその場を去っていた。
黒いローブの青年は月夜の中を歩いていると、ふと足を止めた。
何気なく目深にかぶったフードを持ち上げ夜空を見上げる。
微かに照らされたその顔は僅かに口角が上がっていたがその表情を見た者は誰もいない。




