第6話
爽風が静かに吹き抜ける穏やかな黄金色の麦畑の中で閑静を打ち砕く異形の奇声が響き渡る。
ロクルフ達からの攻撃に傷つき、怒りに震える異形は突如目の前に現れた小柄な戦士を新たな獲物と定め、自身の腕である巨大な鎌を振り下ろす。
「____てぇぇいやっ!」
威勢のよい声を張り上げ、自分と同じ丈の戦斧を振りぬくと厚みのある響きとともに異形の鎌が宙に舞う。
痛みに喘ぐ異形を前に振りぬいた戦斧を力強く地面に向って振り下ろすと地響きとともに巨大な岩が異形の真下から突き出し、そのまま巨大な胴体を貫いた。
今度は岩で持ち上がった異形の胴体付近まで高く飛び上がると哀れな犠牲者が貫かれている腕を一振りで切り落とす。
「とぉぉぉりゃっ!」
宙に飛んだままもう一撃を異形の胴体に放つと異形の体は二つに分かれ、上半身は地面へと落下していく。
「・・・・・・」
呆然とするカイの目の前で豪快に着地を決めたナツカは、物言わぬ黒いローブの騎手に視線を投げる。
「うん、大丈夫そうだね」
カイの無事を確認し明るくにこやかな笑顔を向けると、身をひるがえして切り落とした異形の腕まで歩み寄った。
「ごめんね、バーク」
先程とは打って変わり、悲痛な表情で農夫の胸を貫いている異形の鎌を引き抜くと優しく開ききった瞼を閉ざした。
「ナツカ様・・・」
いつの間にかカイの隣に馬を並べたルミリアが馬を急いで降りるとナツカの前に恭しく膝をついた。
「あの、七雄のナツカ様とお見受けいたします。かの英雄にご助力いただけるとは感謝のしようもございません」
「うん、いいよお礼なんて。それにみんなを助けてくれてたんだよね、こちらこそありがとうだよ」
「いえ、他国の民とはいえ異形に蹂躙されるのを黙ってみてはいられません」
「他国?そういえばこの辺りじゃ見かけない顔だね、名前は?何処から来たの?」
質問を畳みかけると巨大な戦斧を地面に置いた、それだけで小さな地鳴りが起こったような重量感のある音が辺りに響き渡る。
そして、興味ありげにルミリアの顔を覗き込んだ。
小柄で日に焼けた肌、ぱっちりと開いた丸い目、一見すると少女のようだがそれに似合わず豊満な体つきはやはり成人した活力のある女性という風格である。
「あ、あの私はルナーリア王国から来ました。ルミリア・ルエ・ルナーリアと申します」
「ルミリア、ルナーリア、ってルナーリア王国の王妃様じゃん!」
慌てた様子でルミリアの手を取り、立ち上がらせる。
ルミリアはそこまで身長が高いほうではないのだが二人が向き合うとナツカのほうが頭一つ分小さく、ルミリアを見上げる形になってしまう。
手を握りしめながら、大きな瞳で何やら熱い視線を投げかけていた。
「昨夜にルナーリア王国の事を聞いたんだ。もういてもたってもいられなかったんだけど大公に行くなって止められちゃったんだよね。ここの戦力は少ないし、さっきみたいに異形に来られたら大変だから動けなくて」
「いえ、そんなこちらも突然のことだったので、どうかお気になさらないでください」
「気にするよ!だって攻め込んだのは帝国でしょ!トオルの奴何考えてるの!
こんなことのために帝国を作ったっていうのをもっと早くに知っていたらけちょんけちょんにしてやったのに」
「ナツカ様、どうか落ち着いてください。私たち急ぎランダルトに向かわなければならないので」
「ランダルト?いや、あそこも今、ん?」
ふと、何かに気づいたナツカは顔を上げる。ルミリアの後ろから騎兵の一団がやってきていたのだ。
ナツカは騎兵たちに向け大きく手を振る。
「おーい、こっちこっち」
「ナツカ様、遅くなり申し訳ございませぬ。」
「本当に遅いよ!巡回の兵を増やすって話を大公にしたばっかりなのにむしろ最近は減っている気がするんだけど」
「そ、そんなことは御座いませぬ。遅れたのは我らの不甲斐なさゆえでして」
「うー、まぁいいけどさ、もう一回、大公に言いに行くから」
ふてくされながら、戦斧を持ち上げ、肩に担ぐと先程と同じように僅かにあたりの空気が揺れるような音が響く。
「ルナーリア王国ルミリア王妃陛下で御座いますね。陛下が是非、宮殿へまいられるようにとの仰せです。ご案内いたします」
「えっ、グリーガン大公が」
「いいんじゃない?ランダルトまでは距離があるし、必要なのを色々頼めばいいよ。
それに出来たらあたしも一緒に行きたいし」
「そ、それはすごく心強いですが」
「ここは従うしかないかと思います」
近づいてきたロクルフが馬を降り、ルミリアにささやきかけた
「こうなった以上、断ることは出来ませんし、ナツカ様がここを離れるのは不可能でしょうが公国に何かしらの援助を求める事は可能かと」
「それはそうですが、よいのですか」
「勿論です。ナツカ様がいる以上、帝国も下手に手出しは出来ないでしょう。」
「そうですね、分かりました」
そのままルミリア達はフルーヴィア兵の扇動で宮殿へと向っていった。
ここまで一言も発していない黒いローブの青年はナツカと一定の距離を保ちながら後に続いた。




