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第5話

 明朝、一行は洞窟を出て、街道沿いを昨日と同じく東へ進んでいく。

 王都からフルーヴィアまでは少なくとも馬で四日はかかる距離だがその後かなりの速度で進んでいき、三日目にしてフルーヴィア領の目前まで迫っていた。


「あの峠の先を越えればフルーヴィア領に入ります。」


「思っていたより、順調に進んでいるようですね」


「おい、フルーヴィア公国というのはどのような国だ」


 突然、ルミリアの横に馬を付けると黒いフードを目深にかぶった青年が唐突に質問を投げかけた。


「一度だけフェリク様とグリーガン大公の元にご挨拶に伺っただけですが、肥沃な土地に恵まれた美しい国ですよ」


「出来て間もない国と聞いたが」


「大陸では帝国に次いで一番新しい国ではありますね。

 元々はランダルト領であるフルーヴィア地方を治めていたグリーガン伯爵が20年前に独立を宣言し、フルーヴィア公国を名乗ったのが始まりです」


「ランダルト王はそれを認めたのか」


「勿論、認めませんでした。リズリーラ河に面した肥沃な土地でしたから、一方的な独立に父は激昂してすぐさま兵を挙げたそうです。よもや戦争になるところで七雄のナツカ様が仲裁に入り、生産された作物の五割をランダルトへ献上することを条件にフルーヴィア公国は建国されました。」


「そうか」


 カイの反応に手ごたえを感じなかったが、目深に被ったフードで表情を読み取ることが出来ず、話を続けることにした。


「見事に戦争を止めて見せたナツカ様ですが、当時のフルーヴィアでは国土の大半を占める農地の維持に割く人員を各地から集めた農奴たちでまかなっていました。彼らに市民権を与えることを条件に建国に手を貸したのではないかといわれています」


「きっとそうなんだろうな」


「はい、そして無事に市民権を認められ、今では農民として公国で暮らしているそうです。かの王と戦った後もこうして英雄として居続ける勇利の姿には本当に感激しました。このような状況でなければゆっくりとお話をお聞きしたかった」


「・・・フルーヴィアでは俺の名は呼ぶな。適当に従者か何かということにしておいてくれ」


「それはどういう、」


「上空に異形です!」


 先頭にいる兵士が大声で叫ぶ。空を見上げると確かに明らかに鳥ではなく虫のような生物がルミリア達の前方を飛行していた。

 少し離れているせいで分かりにくいが恐らく大人一人分くらいの大きさはありそうである。


「私たちには気づいていないようですね」


「だが、俺たちが目指す方向に飛んで行ったぞ」


 いつの間にか一行は峠の一番上まで来ていた。開けた野原の先に黄金色に輝く広大な麦畑が広がっている。風が吹くたび柔らかく揺れ動く実りの絨毯は豊穣の国といわれるフルーヴィアの姿をありありと見せつけていた。


「ルミリア様、先程の異形が畑の方へ向っていきます。」


「急ぎましょう、フルーヴィアの民たちが危ない」


 ルミリア一行は全速力で峠を下っていく、下った先はフルーヴィア領となっておりなだらかな平地が続く。

 国土のほとんどを平地が占めるフルーヴィアでは季節や場所によって育てる作物を変えている。ルミリア達が向う東側では収穫の近い麦が辺り一面を覆いつくしていた。

 峠の上で見るより距離があったようで、ルミリア達が視界の先に麦畑を捕らえた時には峠を下って三時間が経過していた。

 よく見ると動物除けの柵が壊されて、黒い犬のような生き物が人間の首根っこを咥えて引きづっていた。人間の方はピクリとも動かない。


「うっ、遅かった」


「ルミリア様、これ以上近づくのは危険です!」


「ロクルフ!お願いします。これ以上犠牲を増やしたくありません」


「はっ! 二十騎ついてこい!」


 先頭で勢いよく駆けていくとロクルフは剣を引き抜いた。

 異形はこちらに向かってくる一団に気が付くと興味を失ったと言わんばかりに咥えていた死体を離し、狂気を帯びた咆哮を上げながらロクルフに向かっていた。

 正面からロクルフの喉元を狙い、飛び掛かる。

 ロクルフが剣を振り下ろすと鋭い一閃が異形の頭を捕らえた。

 頭を割られた異形は地面に叩きつけられると足掻くこともなく沈黙した。


「警戒しろ!まだ他にもいるはずだ。くっ」


 ロクルフの言った通りに前方の麦畑の中に異形の姿があった。先程のより巨大で大人の背丈三人分はあろうかという体躯で、カマキリのような胴に太い獣のような二本の足を地面につけ、前を向いた巨大な鎌状の前足が四本、前を向いて付いている。そのうちの一本には人間が一人貫かれている。


「ちくしょう、気色悪い化け物めが!バークを離しやがれ!」


 威勢のいい農夫達が農具を構え、異形の前に対峙していた。

 農夫達の背後では女性や子供が一心不乱に逃げている。


「ここは我々に任せて早く逃げろ!」


 ロクルフが馬を駆って、異形と農夫たちの間に割り込む。

 次の獲物を定めた異形がロクルフに鎌を振り降ろした。


「うおぉぉぉ!」


 両手で強く剣を握ると渾身の力で異形の鎌をはじき返す。

 虚を衝かれた異形は半歩ほど後ろにたじろぐ。


「今だ!」


 騎兵達が一斉に異形に向けて真っすぐ槍を投げる。

 槍が刺さると異形は耳を劈くような悲鳴を上げた。

 顔らしきものもが見当たらず、何処から音を出しているか不明だが攻撃が効いているようであった。


「十騎は民を安全な場所まで誘導しろ!他の者はこいつを討ち取るぞ!」


「す、すまねぇ」


 騎兵達に先導され、農夫達も離脱していった。

 それを見届けると再び異形に向き直る。


「全員で囲え!でかい分動きは遅い、落ち着いて徐々に弱らせていくぞ」


 ロクルフは馬の横に備えていた槍を手に持つと投げの姿勢に入る。

 すると頭上を巨大なハエのような異形が飛び去って行った。


「なっ、しまった」


 先程、峠で目撃した異形であった。

 麦畑の中に姿を晦ましていたようだ。

 そのまま馬よりもはやい速度で農民達の方へ飛び去って行くと先に逃げていた女性や子供の集団に狙いを付ける。

 猿のような腕で逃げる子供を素早く抱きかかえると騎兵達の投げる槍を躱しながら上昇していく。

 その時、銀の線が上空に描かれると一本の矢が異形の羽に突き刺さっていた。

 少し離れたところで、ルミリア達の一団が馬を駆っていた。

 ルミリアの手には弓が握られていた。


「カイ!あの子をお願いします!」


「ちぃ!」


 ルミリアが二射目の矢を弓につがえるとカイが馬を駆って飛んでいる異形のところへ向かう。

 ルミリアの放った矢が今度は異形の腕を貫いた。

 堪らず抱えていた子供を放るが、羽も言うことを聞かず高度を落としていった。

 落ちてきた子供を難なく腕に納めると、短剣を引き抜き、異形に向けて投げる。

 短剣は異形の頭に突き刺さり、地面に落ちまいと足掻いていた異形はそのまま地に身体を預け、動かなくなった。


「泣くな、よし、一人で立てるようだな。早く逃げろ」


 手早く子供を地面に降ろすと、ロクルフ達が対峙している異形のもとへ向う。


「後はこいつだけか」


 布で覆った黒い剣の柄を強く握りしめたその瞬間。、大きな地響きが辺りに轟いた。

 巨大な何かがかなりの速度でこちらに向かって来ているようだった。


「何だ、何か来るのか」


 ロクルフ達が目に見えぬ異常に動揺していると突然音が鳴りやんだ。

 だが、すぐに音の正体が上からカイと異形の間に振ってくる。

 それは自分よりも巨大な戦斧を肩に担いだ小柄な女性の姿であった。


「・・・ナツカ」


 自分で発したかどうかもわからない微かな声でカイは女性の背中に呟いた。


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