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第4話

ノアグ砦から出立したルミリア一行はフルーヴィア公国を目指して進路を東に駆けていく。

森を抜けると見通しのいい平野に出た。

フルーヴィア公国は肥沃な土地に恵まれており、国土は僻地の国といわれるルナーリアの半分ほどの広さだが全体の六割を農地が占める農業大国である。

狭いが商人たちが行き来する街道が設けられており、ルナーリアの王都やランダルト王国、商業国家バルドまで繋げられ、フルーヴィア産の農作物を各地へ出回らせている。


「随分と酷なことを言うな」


ルミリアの横につく黒いローブの青年は前を見ながら呟いた。


「カイ、あの場で別れの挨拶など出来ません、それに逃げる身でありながら砦の皆を鼓舞するなんて私にはとても」


「せめて武運くらいは祈ってやってはどうだ?自国の兵が死地に赴くんだぞ」


「それは…」


「お心遣い痛み入ります」


ヴェルート男爵の息子ロクルフがルミリア達に馬を寄せてきた。

カイよりは年長に見える壮年の男は柔和な笑顔でカイに感謝を述べる。


「ですが父上と砦の兵たちも皆、陛下の御為に尽くせることを誇りに思っているはずです。

それこそがルナーリア騎士で御座います」


「誇りか、お前たち騎士はいつもそうだな。何かと都合よく誇りという言葉を使い、後のことは考えず軽はずみに命を投げ出す。お前たちの命はいつだって軽い」


「誇りで納得できないのならば、性分としか言えませんな」


「・・・ふん」


ものの見事に話を割られたカイはこのまま続けても無駄と悟り、静寂を貫いた。

空が群青色に霞始めると一行は程よい広さの洞窟を見つけ、野営の準備を開始した。

ノアグ砦を出立してから全力で駆け続けてきた馬を休ませる必要があり、そしてここまでほとんど休息をとっていないルミリアにも限界が訪れていた。


「ルミリア様、食事をお持ちしました。少しでも召し上がられた方がよろしいかと」


「ありがとうございます」


振り子のように頭を揺らし今にも眠りに落ちそうな銀髪の王妃にロクルフが湯気が立つ暖かい器を手渡した。中には豆のポタージュが焚火の光を受けて煌めいている。


「王族に対してこんなものをお出しするのは不躾ですが、急な出立で最低限の物資しか持ち出せなかったのです。申し訳ございません。」


「いえ、私は好きですよ。街で開かれる市でもよくごちそうになりました」


話の最中、すでにポタージュに手を付けていたルミリアは匙で掬った程よく冷めた二口目を口に運ぶ。


「ルミリア様が夜な夜な城を抜けだして街へ行っているという話は聞いたことがありましたが、本当だったのですね。」


「はい、ランダルトではほとんど城から出してもらえませんでした。窓の外からでしか見ることが出来なかった遠い世界に興味があったのです。」


匙を持ち夜空も見えぬ薄暗い洞窟の天井をどこか遠い目で見つめる。


「ランダルトを離れてフェリク様のもとへ嫁いでからもどうしても街を見てみたいという欲が抑えきれず、人目を忍んで市場に出かけました。色々な露店に行って色々な人とお話して、城の中では経験できないような事がたくさんありました。ふふっ」


笑いを堪え切れず、軽く息を吐き出すと笑顔で横にいるロクルフに語りかけた。


「市場を歩いていたら後ろの方から子供の泣き叫ぶ声が聞こえて、慌てて振り向いたらハウゼンが子供達に泣かれて困った顔で立ちすくんでいたんです。彼、身体も大きくて顔も怖いですから、多分フェリク様の指示だったんだと思います。私の考えなんて全部お見通しだったみたいで...何だか今では今ではひどく懐かしく感じてしまいます。」


先程の笑顔とは打って変わって今度は表情が霞んでいく、一夜で多くのものを失った亡国の王妃にかける言葉が見つからず、ロクルフは別の話題に切り替える。


「そういえば、カイ殿とは何処でお知り合いに?佇まいからして貴族の家柄と思いましたがルナーリアの貴族に黒髪の者など見たことがありません。」


「彼とは王都から東へ少し行った所にある古びた館で出会いました。異形に追われていたところを助けていただいて、そのままノアグ砦まで連れて行ってくれたのです。」


「古びた館、そういえば王都近くに亡きスヴェルグ王陛下の別邸があるという話を聞いたことがあります。何でも人除けのまじないがかけてあり先王陛下以外誰も場所を知らないと」


「別邸、フェリク様からもそんな話は聞いたことがありません。それに何年も放置されていたような場所でした。何故、カイはそんなところにいたのでしょう?武芸にかなり秀でているように見えますし、不思議なところがたくさんあります」


「確かに不明な部分が多いですが、まだ油断はできませんが少しは信用してもよいかと思っております。それに今は戦える者は一人でも欲しい状況ですから」


ロクルフの視線の先に目をやると洞窟の入り口で黒いローブの青年が腰かけている姿があった。他の兵士と見張りを交代したらしく剣の柄に手を当て、暗闇の先に鋭い視線を放っている。全く隙の見えないカイの姿を見つめていると、忘れかけていた睡魔に再び襲われ、急いで食事を済ませるとすぐに深い眠りに落ちていった。


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