第3話
「お前は誰だ」
ルミリアの質問を遮るように青年が口を開いた。
鋭利な口調だが鋭さの中に少し何処か悲しさが混じったような声で問い詰める。
暗い森の中に突如として現れた館と広い庭園に暖かな光が差し込んできた。
いつの間にか夜が明けて、朝日が降りて来て辺りを明るく照らし出す中で暗い冷気を放つ青年を前にルミリアは口を開いた。
「私はルミリア...ルミリア・ルエ・ルナーリアです。」
己の素性を明かしてよいものか少し思案したが、命を救ってもらった恩人に対しての礼儀の方を重んじ、本名を打ち明けた。
「ルナーリア!、お前、王族の人間か!」
最初の印象とは打って変わり、ルミリアの素性を知り感情を露わに狼狽えた。
「何故、王族の人間がこんなところに一人でいるんだ。
護衛はどうした?先ほどの異形にやられでもしたか」
「いえ、ここまでは一人です。・・・ひとりで来ました。」
「何、夜更けの森の中を一人で、何があった?」
「昨夜、帝国軍が王都に進行してきて」
「帝国軍だと!どういうことだ、何故帝国がルナーリアを攻める!」
話を聞いた途端すっかり感情的になってしまった青年はルミリアに問いただすように肩を掴む、このまま揺すられでもしたらまともに話もできないと察し、昨夜の出来事を話した。
「は、初めは帝国から技術供与と引き換えにルナーリアの領地の魔石採掘権の譲渡という条件の提示をしてきて、フェリク様はこれを受諾されました。
しかし、これが帝国の策略で領内に入ったのは掘削隊に偽装した帝国軍本隊、瞬く間に王都は帝国軍に占領されてしまいました。」
ルミリアが事の顛末を説明し始めると、青年は終始黙って聞いていた。
地面を見やり、前髪をかきあげながら額に手をやり、今だ話の内容が信じられぬと表情が語っていた。
「そのフェリクというのがルナーリア国王か、今は何処にいる?」
「王都を脱出するときには一緒でした。
ですが、アルガン伯爵の領地へ向う途中帝国軍の待ち伏せに会い、フェリク様が__っ!」
話終わる前に、昨晩の記憶がすべて思い起こされてゆく、
七雄祭の準備に胸を躍らせていた時に王都が帝国軍に襲撃され、最愛の人を亡くし、人の無残な死を目の当たりにし、異形というおぞましい化け物に追いまわされた。
ここに至るまでの僅か数時間の合間に起こりえないはずの出来事が濁流のように襲ってきていた。
気づけばルミリアの目には今にも溢れんばかりの涙が溜まっていた。
不安、恐怖、悲しみ、絶望、すべての負の感情がここにきて突如降りかかる豪雨のように襲い掛かる。
「う、うぅ・・・・ひぐっ」
異形を前に応戦し、咄嗟に勇敢な振舞いを見せたがすでに限界を向かえていた。
地面にひれ伏し、何かが切れてしまったようにむせび泣く。
「うっ、フェリク様、どうして、こんな」
今までの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡っていた。
そして、後を追うように深い悲しみで塗りつぶされていき、そのまま意識を失った。
ここまで眠ることもできず、酷使してきた身体も心と同じく限界を迎え眠りに落ちていった。
「...っ、なに!」
夢を見ている暇もなくルミリアの顔に何かが押し付けるように当たってくる。
目を開けるとまじかに馬の顔が現れた。少々手荒に起こされ、辺りを見渡すと青年が先ほどの馬に蔵をつけている。
「どれだけ眠ってしまったのでしょうか?」
「1時間ほどだ、お前はこれからどうする?」
「ここから南のヴェルート卿の元へ行こうと思います。」
「南、ノアグ砦か。」
「はい、あの実はお願いがあるのですが。」
「あぁ、早く乗れ」
「へっ、あのまだ何も」
馬に跨った青年が手を伸ばしてきた、思わず手を取るとそのままルミリアも馬の背に跨った。
青年が馬の脇腹を蹴ると、馬は力強くいななき駆けだした。
目まぐるしく変わっていく景色を横目に大きく映る目の前の青年の背中に問いただす。
「どうして、協力してくれるのですか?先程会ったばかりだというのに」
「呑気に寝ているお前の首を手土産に帝国軍に元帥への謁見を求めようかと思ったが、恐らく、のこのこと会いに行けば俺の首もお前の首の横に並べられることになるだろう。
ならば、まずは情報が欲しい、ここから一番手近なノアグ砦に入るなら王族を連れたほうが都合がいい」
物騒な話が混ざった淡々とした説明に王妃は戸惑いを隠せなかったが、現在の緊迫した状況では一人でも協力者がいるのは有難いと思い、聞き返すことはしなかった。
「そういえば、お名前を伺っていませんでした」
「・・・カイ」
「カイ様は旅人なのですか?ルナーリアの貴族に黒髪はいませんし」
「俺は貴族ではないし、ルナーリア人でもない。後、呼び捨てで構わん
王妃に敬われては目立ってしまう。」
「何故、王妃と」
「自分で名乗っただろう、王族の人間と。それに若いルナーリア王の妻は銀髪という話を聞いたことがある。最初に会った時から疑っていた」
「そうだったのですか、聞いていたのは私の容姿だけですか?」
「そうだが、・・・っ!」
静寂に包まれた森の中に自分たちとは別の馬蹄の響きが左右から近づいてきていた。
目の前には甲冑を纏った十人程の騎兵の一団が現れた。
「あれは、アルガン卿の私兵団です!探しに来てくれたのでしょうか」
アルガン伯爵の家紋が刻まれた紋章旗を掲げる一団を見て、ルミリアが感嘆の声を上げる。
すでにヴェルート男爵が治める領内に入っていたのだが、ルナーリア貴族達が王都での惨劇を知り、探しに来てくれたと安堵していると。
「いや、何かおかしい」
目の前の騎兵団は速度を落とすことなく向かってきていた。
そして、一斉に腰に下げた剣を引き抜く。
「馬を狙え!騎手は切り捨てて構わん!」
隊長と思わしき男が声を張り上げる。
すると、左右の藪から騎兵が躍り出てきた。
「ちっ、囲まれたか」
「そんな、アルガン卿の私兵団でしょう?
私はルミリア・ルエ・ルナーリアです!この方は協力者です。今すぐ武器を降ろしなさい!」
ルナーリア王妃の静止を完全に無視して、騎兵団は距離を詰めて剣を振りかざしてきた。
「捕まってろ!」
手綱を左手で持ち、右手で腰の短剣を引き抜き先頭の騎兵に向って投げつける。
短剣は騎兵の頸部に命中し、カイはその騎兵から剣をふんだくると二騎目の騎兵に向って剣を振り上げた。
顔面を割られた騎兵は落馬していき、続く三騎目の頸部を切り裂き、またも剣をふんだくると隊長に投げつけた。
矢のような勢いで飛んでくる剣に胸を貫かれた隊長は声を発することなく、動かぬ騎手を乗せた馬の横を駆け抜ける。
「アルガン卿、どうして」
「詳しくは分からんがどうやらお前の敵は帝国だけではないもしれんぞ」
「ならヴェルート卿は、もうすぐノアグ砦です」
「もう引き返せない、このまま砦に行くしかないだろう」
背後の追っ手を振りきれぬまま、駆けていくと森を抜けた。目の前にノアグ砦が現れた。
巨大な鉄の門が聳え立っている。
「ルミリア・ルエ・ルナーリアです!門を開けてください!」
ルミリアの必死の叫びに城壁の上にいる見張りが気づいた。
すると、見張りの横に矢をつがえた弓兵達が殺到してきた。
「急いで門を開けろ!」
「王妃様に当てるんじゃないぞ!放て!」
門が開き、城壁から放たれた矢は弧を描いて背後の追っ手に降りかかった。
追っ手は次々と落馬していき、残ったものは馬首をひるがえすと森の中へ逃げていった。
「ルミリア様!よくぞご無事で」
ルミリア達が入城し、馬を降りると
きれいに整えられた白いひげを蓄えた甲冑姿の男がルミリアに駆け寄ってきた。
「ヴェルート卿こそ、無事なようで安心しました」
「もったいなきお言葉で御座います。
王都の方角から煙が上がっているのが見えましたので急ぎ兵を送ったのですが未だに一人も戻らないのです。
陛下はご無事でしょうか?」
「それは...」
「いえ、ここまでの旅でお疲れでしょう。狭い城ですがまずは中へお入りください。」
言い淀むルミリアに気を使い、城内の一番広い客間へ案内すると、ルミリアから帝国軍による王都の襲撃とフェリク王についての凶報を聞かされると驚愕の声を上げた。
「何と!陛下が、それに王都が一夜にして落ちたと。
おのれ、帝国め!何と卑劣な!」
「王都から逃げてこれたのは恐らく私だけでしょう。
カイがいなければ私もここへは来られませんでした」
「おぉ、カイ殿と言ったか。よくぞルミリア様をここまで連れてきてくれた。私からも感謝を」
ルミリアの座る椅子の横に立つカイは男爵からの礼に対して丁寧に返す。
カイの態度の変容に少し驚くルミリアであったが、カイと同じく今の状況を知ることが最重要であるため男爵に向き直る。
「ここまで来る途中にアルガン卿の私兵団に襲われました。
今の状況をどうなっているのですか」
「うむ、正直事態は最悪と言ってもいいでしょうな。
王都に向けて兵を送った後にアルガン卿の軍が我が領地へ進行してきたのです」
「やはり、アルガン卿が」
「今はまだ持ちこたえていますが、ここまで来るのも時間の問題です。
恐らくアルガンめはルナーリアの王位を条件に帝国についたのでしょう。
恥知らずな男です、王になるために帝国の犬になり下がるとは」
「他の領地はどうなっているのでしょうか」
「各地に使者を送りましたが、誰からも報告が来ません。
すでに制圧されたか、帝国に寝返ったかですな」
「そんな、それではルナーリアは帝国に下ってしまうと」
「口にするのも惜しいですが、しかしルミリア様がご健在であるならばルナーリアは滅びませぬ」
「ですが私は... 」
ルミリアが言いかけたところで勢いよく扉が開き兵士が慌ただしく入ってきた。
「報告!アルガン軍と交戦していた我が軍が敗走、帰還してまいりました!」
「くっ、想像よりも早いか。ルミリア様、お疲れでしょうがすぐに出立の準備を」
「そんな、王都を捨てて逃げてきた私にまた逃げろというのですか」
「先程も申し上げましたが、ルミリア様がご健在であればルナーリアは滅びず、我々の勝利となるのです。
我が領内ではアルガン軍や帝国軍と鉢合わせる可能性が高い、
ここから東のフルーヴィア公国を通り抜けてリズリーラ河沿いを北へ進むのがランダルト王国への一番安全な道でしょう。」
「ランダルトは援軍に来てはくれないのでしょうか」
「ここからは離れていますし、王国領は帝都近くに国境を接しております。
今の状況では容易くこちらには兵は裂けないでしょう」
「帝国はランダルトにまで進行しているのでしょうか」
「可能性はありますが、今のルナーリアよりランダルトにいるほうがはるかに安全です。
そのほうがエオルド国王陛下も安心されるでしょう」
「・・・そうですね」
「さぁ、早くご準備をせがれのロクルフを同行させます。
武に秀でているので必ずやルミリア様のお役に立てるでしょう」
男爵に急かされ、部屋を出ると侍女たちに連れられあっという間に服を着替えさせられ、そのまま広場へ出ると砦の兵士たちが武器や防具の準備や先の戦闘で負傷した兵士の移送など慌ただしく動いていた。
その中で一人黒いローブを羽織った青年が立っている。
近づいてみると、テーブルの上に置かれた武具を物色しているようだった。
短剣がいくつか装着されたベルトを腰に巻き、鞘に入った剣を抜くと刀身を確認し再度鞘にしまうと腰に下げた。
武器の選別をしているだけだが流れるような動きには全く無駄がなく、慣れているということは一目で分かるほどだった。
「その剣は使わないのですか?」
「必要な時には使う」
カイは振り返ることなく答えた。
腰には先程腰に差した剣のほかに布で覆われた長いものが差してあった。
それが初めてルミリアに会った時に異形を一撃で切り伏せた黒い剣だった。
「まだ、付いてきてくれるのですね」
「ランダルト王国の姫だったのか」
「隠すつもりはありませんでしたが、何分いろいろ急だったので」
「リンガルド王はお前の祖父か?」
「えっ、そうですが、かの王との戦争で連合軍を招集し、七雄様と共に戦った王。
私の誇りです。」
「そうか、馬の用意も出来たようだ、急ぐぞ」
広場には鞍のついた馬が用意され、ルミリアはその馬に跨る。
前にはカイも馬に跨り、開門を待った。
一人の男がルミリアの横に馬を寄せてきた。
「ヴェルート の子、ロクルフと申します。ランダルト王国までの道のりは我らがお守りします」
ロクルフは見たところ、ルミリアより少し年上といった感じの青年だった。
ロクルフの背後には五十人の騎兵が並んでいた。
「ロクルフ、ルミリア様を頼んだぞ」
ヴェルート男爵が見送りにロクルフの横に立った。
戦士を送り出すというよりは息子を見送るような顔立ちで話しかける。
「ルミリア様、道中お気をつけて」
「ヴェルート卿もいずれまた会えると約束してください」
「はっ、必ずや、お約束いたします。開門せよ!」
ノアグ砦の裏門が開け放たれるとルミリア達は駆けだしていった。




