第1話
12時間前・・・
「まぁ、なんてきれいなの!」
ルミリアは精巧に作られた花のリースを両手で上げて、満面の笑みをこぼす。
長い銀色の髪が窓から差し込む光に照らされ、美しく煌めいた。
「お気に召していただけたようで何よりです」
疲れ切った顔の職人が恭しく頭を下げる。背後には100個のリースが積み上げられていた。
「ご要望通りすべてのリースにルリィの花を使用しております」
「えぇ、本当にありがとうございます。これだけあればお城を飾るには十分ね!」
「今度は何を企んでおるのだ。」
近衛兵を連れ、絢爛な服に身を包んだ青年が部屋を見渡しながら入ってくると、リースの山へ近付き一つを手に取った。
「また随分と用意させたものだな。」
「フェリク様!どうですか、素晴らしい出来でしょう。」
フェリクは子供のようにはしゃぎながら自慢げにリースを見せつけてくるルミリアの姿を見て少し呆れたように短くため息をついた。
「全く、浮かれるのは良いがあまり無茶をさせるものではないぞ。」
「こ、国王陛下、この度はわが商会を贔屓にして頂いた上にルミリア王妃からの感嘆のお言葉を頂戴しこれ以上の栄誉はございません。」
突然の若い王の来訪に凝縮し、慌てて姿勢を正したがその顔からは汗が滴り落ちていた。
「まぁ、あれのわがままは今に始まったことではない、此度は苦労を掛けたな」
フェリクは小さな皮袋を職人の前に放った、袋を受け取り、王の前で中を確認するとルミリアと同じような満面の笑顔を浮かべながら一礼し、部屋を出て行った。
「それで、そのリースを城中に飾った後は何をするつもりなのだ?」
「勿論、記念すべき100年目の七雄祭に向けての準備をさらに進めていきます!
街のほうはとても美しい飾り付けが出来ていますのにお城のほうが寂しければお祭りは台無しです」
そういうなり部屋の壁にいそいそとリースを取り付け始めるルミリアの周りでどうしたものかと顔を見合わせる従者たちにフェリクがリースの山に顔を向けて、手伝ってやれと合図を送るとルミリアに追従してリースの飾り付けを始めた。
窓から差し込む光が忙しなく動く無数の人影を作り出していた。
ふと思い出したかのようにルミリアが作業の手を止めて振り向く。
「そういえば、会談の方はいかがでしたか?
帝国といえば七雄の一人、トオル様がおりましたね。
忙しすぎてご挨拶にも伺えませんでした。」
「問題はない。
それにわざわざ帝国軍元帥殿が来ることはあるまい、帝国の技術顧問から我が国への技術供与の話を聞き、その後ジュウという帝国の武器を見たが、素晴らしいものだったな。
扱いに多少難儀するだろうがあれさえあれば異形の被害も減らせるだろう」
「異形、あらゆる生物から生まれてくるという怪物、
この間、兵を連れて森へ討伐に向かわれていましたね」
「取り逃がしたうえ、3人の犠牲を出したがな。
あのような強力な怪物がいたるところに蔓延っている。
それ故、軍備の強化を急がねばならん、願わくばすべての国と種族が一丸となり事に臨めるようになればよいのだが」
「何を言っているのですか!
100年前にかの王を討った七雄が今でもご健在なのですよ。
その後も大きな戦争は起きていません。
この平和こそが国や種族を超えた結束が出来ている証ではありませんか」
両手を腰に当て熱弁するルミリアに周りの従者たちも思わず手を止めてしまい部屋に静寂が訪れていた。
その光景にフェリクは思わずくすりと笑った。
「間違いない。
それに七雄祭も世界中が同時に平和を祝う祭典であったな」
「そうですよ、100年前の勝利と今の平和を同時に祝う大切な祭典です。
わかったのなら明日からは準備を手伝ってください。
今日で帝国との会談も一区切りついたのでしょう?」
「あぁ、分かっているとも。
それではな、無茶はほどほどにしておけよ」
話を切ると部屋を後にするフェリクの後ろを近衛兵が付いていく。
「此度のルミリア様はいつになくお元気ですな」
フェリクの後ろを歩く近衛団長ハウゼンが我慢しきれずに微笑していた。
「浮かれすぎだ、本当に今の状況を理解できておるのやら」
「分かっているからこそ、あのように明るく振舞っておられるのでしょう。
本当にお優しい御方です。」
そうだな、そう短く笑うと城壁の上に続く階段を登って行った。
外に出ると強い風に煽られた見張りの衛兵が王に気づき姿勢を正す。
「帝国軍掘削部隊が通過してゆきます」
遠くに帝国軍の一団が掘削地へ向かっていくのが見えた。
フェリク王の治めるルナ-リア王国には豊富な魔石を採掘できる鉱山がいくつもあった。
そこへ帝国から技術供与と引き換えに採掘権の譲渡の要求があり、フェリクは国の発展を期待しその要求を受け入れた。
「今更だが、今回の件は未だに迷いがある。これでよかったのかとな」
フェリクが遠くを見つめながら呟いた。
視線の先の帝国軍は一切歩調が乱れることなく行進をしていた。
空に浮かぶ巨大な何かの影のように、少しづつ移動しており、
遠くからでも帝国軍の掲げる強大な軍旗に描かれた獅子のエンブレムまではっきり見えた。
「今回の帝国の技術でルナーリアは発展していき、民は大いに喜びに沸くでしょう。
先王ギムリス様も誇りに思っているはずです」
口ひげを蓄えた一見無骨に見える近衛隊長は優しい声音だがはっきりと王に語りかけた。
「すまないな、今のは忘れてくれ。いつまでも若輩者ではいかぬ、父の名に恥じぬ王でいると決めたのだから」
「それでこそ我らがルナーリア国王フェリク様でございます」
拳を胸に当て、敬礼する近衛団長に微笑みを返す。
ふと城壁の旗に目をやると風が止み、はためく力を失った旗は弱弱しく垂れ下がっていた。
静かな月夜の晩、窓辺の椅子に座って小さなろうそくの明かりに照らされながらルミリアは本を読みふけっていた。
窓と扉が大きく開け放たれた王妃の寝室に冷えた風が吹きすさむ。
「ルミリア様、まだ起きていらしたのですか?」
あけ放たれた扉から従者がランタンを手に部屋に入ってきた。
後ろからルミリアが呼んでいる本を覗き込む。
「また【七雄戦記】を読まれているのですね。」
「えぇ、七雄祭の日も近づいてきてまた読みたくなって。」
「ルミリア様は本当に七雄様がお好きなのですね。」
「かの王との戦争から100年を生き、今なお独自にそれぞれの地を治めています。
いづれは七雄様全員にお会いしたいと思っています。」
「七雄様全員ですか、最東端のシユウまでとなるとかなりの長旅になりますね。」
「ウルムの生きる地シユウの長ツキコ様、デイガラ盆地のハジメ様、宗教自治区クラエスの大司教ハル様、豊穣の地フルーヴィア公国のナツカ様、商業国家バルドのユリア様、ギルド連合のシュン様、そして帝国の元帥トオル様。
七雄様のお力でこの世界は戦後100年で大きく変わっていきました。
今なおも英雄として生きる彼らに一国の王妃として是非ともお話を聞きたいのです。」
「とても素晴らしい御心がけです。
いつか陛下とともに七雄様の雄姿をご覧に慣れるとよいですね。」
従者はルミリアの話に相槌を打ちつついつの間にか流れるような手つきでベットを整えていた。
「さぁ、ルミリア様。明日も七雄際の準備でお忙しいのでしょう。
陛下もお手伝いなさるとか」
「そうでした、つい夜更かししてしまいました」
椅子から立ち上がり、ベッドに移ろうとしたその時。
遠くで爆音が響いた。
「きゃあっ」
驚いてしゃがみ込むルミリア、従者が慌てて窓を除く。
「なっ、なんてこと」
ルミリアも従者に続いて窓を見ると、城下街を守る門が開き火の手が上がっていた。
炎に照らされながら立ち上る巨大な煙が不気味に天へと登っていく。
「ルミリア様!」
部屋に数人の従者が入ってきた。
全員焦りの色を隠そうともせず持っていたマントを慌ててルミリアに羽織らせる。
「陛下がお呼びです。
急ぎ東門まで行きましょう。」
「待ってください、何事です!
街の門から火が上がっているのがここからでも見えます」
「帝国軍です!すでに街に侵入しここへ向かっています」
「なんで、帝国軍が‥」
外からは喊声と叫び声、そして聞いたことがない鋭い破裂音が今尚向って来ていると言わんばかりに鳴り響いてきた。
「とにかく、急ぎ東門へ!」
従者たちと東門まで行くと十数人ほどの騎兵を連れたフェリクが馬に跨り、待っていた。
かなりの急ぎで甲冑を着る暇もなく腰に剣を下げていた。
「来たか、急いで馬車に乗れ!」
従者たちに馬車に乗せられたルミリアは窓から顔を出してフェリクに叫ぶ。
「帝国軍が攻めてきたというのは本当ですか!
何があったというのです!」
「帝国に図られた。
初めから交渉する気などなく、ルナーリアを攻め落とす算段だったのだ。」
「そんな‥。」
鋭い破裂音が響き渡り、城壁から衛兵が人形のように力なく落ちていった。
「陛下、これ以上は持ちません。急ぎ脱出を」
近衛団長のハウゼンがフェリクに駆け寄り、報告する。
甲冑は煤で黒く汚れ、胸の部分に小さな穴が開いていた。
「あぁ、出せ!」
ルミリアを乗せた馬車と護衛の騎兵が跳ね橋をわたり始める。
「お前たちも来い、これ以上応戦する意味はない」
「お言葉ですが陛下、私はこの先お供することは出来ません」
「何を言って、うおっ!」
ハウゼンはフェリクの乗った馬の尻を思い切り叩いた。
馬はタガが外れたように駆けていき跳ね橋を渡りきる。
「今だ!橋を上げろ!」
ハウゼンの掛け声で跳ね橋が上がっていき、城への道は完全に途絶えた。
「ハウゼンっ、馬鹿者めっ」
きびすを返すとルミリアたちに合流するべく駆けて行った。
「このまま森を抜けアルガン卿の元へ行き態勢を立て直す、行くぞ!」
ルミリアの馬車に合流すると、フェリクは兵たちを扇動し、
ルナーリア王国領内の東に位置するアルガン伯爵領へ向うため森の中を進む。
「前方、帝国軍です!」
「馬鹿な、森の中を先回りされたというのか!」
目の前に帝国軍の歩兵部隊が隊列を組んで待ち構えていた。
隊長の合図で一斉に銃を発射、凄まじい銃声が森中に響き渡る。
叫び声を上げながら先頭にいたルナーリア兵が馬と共に倒れていった。
「くっ、ルミリア!」
馬を降り、急いでルミリアの乗る馬車に向う。
馬と御者は倒れていた、ドアを開けるとルミリアはうずくまって震えていた。
「ルミリア、ケガはないな。よく聞け、ここから南のヴェルート卿のところまで逃げろ」
「フェリク様はどうするのですか?」
「こんな有様だが私は最期まで王でなければならん、そうでなければ歴代の王達に顔向けできぬ」
「そんな、嫌です!フェリク様を置いてなんて」
泣きじゃくるルミリアを馬車から降ろすと、震えるか弱い肩に手を置いた。
「すまない、ひとつでいい・・・私の願いを叶えてもらえないか?」
「っ・・・」
ルミリアは脇目も振らず、森の奥へと走っていった。
ルミリアの背を見届けると馬車の陰に身を隠した。
辺りを見ると同じように機をうかがうルナーリア兵が身を潜め合図を待っていた。
帝国兵は足並みを揃えて前進してくる。
「突撃!」
力強く叫ぶと剣を抜き、馬車の陰から飛び出していった。
ルナーリア兵達も王に続いた。
再度凄まじい銃声が森中に響き渡った。




