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第5話 あと二、三年

 僕は巧から連絡が来るまで店にいることにした。話が終わったら、グラハムについている妖精たちがきっと知らせに来るだろうから。スマホは先週、お母さんが買ってくれたんだけど、まだ持ち歩くのに慣れてなくて、今も持ってきていない。突然外出することになったから仕方ないよね。

 店の調理スペースにいた久山のおじさんのところに注文を伝えに行くと、声を潜めて訊かれた。

「縁くん、あちらの三人は?」

「えっと、巧のお客さんのお連れさんっていう感じ」

「巧の客?どういうことだ」

 久山のおじさんが疑問に思ったのは当然だ。巧は中学校でいろいろあって以降不登校になり、高校にも行っていない。僕が学校に行っている間はほぼこのカフェに入り浸りなので、久山のおじさんは巧に交友関係っていうほどの人間関係はないと知っているからだ。

「グラハムが連れてきたんだ」

 僕が言うと、久山のおじさんはそれ以上はきいてこなかった。氷上健吾さんが異世界に行ったこと、その健吾さんを僕たちがフォローしていることを、久山のおじさんは知らない。でも、巧が「触らずサマ」と言われる存在だということは当然知っていて、その巧の特別な力に関係してグラハムがうちに出入りしているのは知っている。

 三十分ほどして、グラハムと甚さんが店に現れた。話は終わったらしい。店にいる人たちは甚さんを見てざわめいた。さすがに国際的スターで有名人だからね。

 興奮しがちのお客さんたちを一瞥もせず、甚さんは奥さんや子どもたちに言った。

「帰るぞ」

 無表情だった。健吾さんのままははと駆とマリアはすぐに店を出た。駆は店を出がけに僕に、

「配信、見ますね」

 と言ってくれた。店で待っている間に、僕のTwitchのチャンネルを教えたんだ。僕が有名配信者になって、彼がアイドルとして人気になって、コラボできたらいいですね、とか言っていた。アイドルってそういうのするのかな?よくわからない。

 健吾さんの家族は人の目を惹き続けながら、歩いて店から離れていった。路地の奥に向かっている。どこに行くんだろう?

 店の前で健吾さんの家族を見送りながら僕が不思議に思っていると、やっぱり同じように彼らを見送っていたグラハムが言った。

「この近くの民宿に宿をとったそうだ。一棟貸しの宿があるとかいうことだったが」

「あー、確かにあるね。そっか、あそこに泊まるお客さんっていたんだ」

 僕の言葉に怪訝そうな顔をしてグラハムが僕を見る。僕は説明した。

「あそこ、ものすごく高いから。建物も庭もいいかもしれないけど、あの値段で誰が泊まるんだろうって、この辺の人たちはみんな言ってたんだ」

「なるほど。まあ、それについては甚は問題はないだろう」

 グラハムは健吾さんの家族と一緒に帰るのかなと思ってたけど、そうではなかった。グラハムだっていとこと久しぶりに会ったんじゃないかな。だったらもっと一緒にいたらいいのに。

 僕がそんなことを考えていると、妖精たちは言った。


 あのおんなのひとのこと、グラハム嫌いよね?

 あのおんなのひと、健吾のこと嫌いだもんね?


 僕はグラハムを見た。グラハムは頷いた。

「あの女は、健吾を死んだものとして扱おうとしている。健吾がいなくなって九年になるだろう。日本の法律だと、行方不明になってから七年経ったら、遺体が見つからなくても手続きをすれば戸籍上死んだことにできるんだが、その手続きをするように甚に言い続けている。勿論甚は拒んでいるが」

「健吾さんが異世界で生きていること、甚さんは信じてるんだよね?」

「ああ。まあ、あいつの心情からすると、信じるしかないというか」

「巧と甚さんの話し合いは大丈夫だったの?」

 健吾さんが生きている証拠を見せてくれ、とかそういう話になったりしたらどうしようと僕は思っていたのだけど、グラハムによるとそんなことにはならなかったらしい。

「応接間に入って挨拶が済んで最初の十分ほどは、甚がひたすら土下座して、健吾を助けてくれていることについての礼を延々と述べ続けていたな。その後、私が間を取り持つようにして健吾の生活ぶりを巧に話してもらったら、泣きながらきいていた」

「健吾さんが元に戻れるかは訊いてこなかったの?」

「勿論訊いてきた。巧は、あと二、三年のうちには健吾は戻れると思うと言っていた」

 それは僕も初耳だった。というか、何の根拠があって、そんなことを言ったんだろう。

 家に戻り、僕と巧とグラハムの三人になって、僕は改めて巧に訊ねた。

「グラハムにきいたんだけど、巧は健吾さんがあと二、三年で戻ってこられるって思っているんだって?」

「ああ。最近アレクシスの中の術式を解析したら、月の王の代替わりが大分近くなっているようだったから」

「それであと二、三年って?アレクシスの魂にある術式の分析、どうして僕にやらせてくれないの?僕だったら、月の王の代替わりがいつか、時期をもっと細かく特定できるよ?」

 そう、巧は僕にアレクシスの中の術式の解析をさせようとしない。アレクシスは確かに巧の方で確保しているのだけど、僕にアレクシスと接触させようとしない。

「お前は解析しながら術式を改造しようとするだろ。それでもし、おかしなことになったらまずいからな」

「大丈夫だよ、そんなことにはならないよ?」

「信用できねえ。お前が興味を持って術式の解析をやって、解析の対象物が改造されなかったことがあるかよ」

「そんな心配いらないと思うけど、まあいいよ。あと二、三年で戻ってくるっていうことならそれで。でも、それってそれまでにこちらからウサギと猫の元になる人間の魂を送り込まないとならないっていうことだよね?」

「勿論だ。ていうか、二、三年とか待ってらんねえっての。もうすぐにでも送らないと」

「うん。で、それをやったら、後は健吾さんが戻ってくるまではこっちは何もしなくても大丈夫、と」

 これは前から巧に確認していたことだ。巧が翼の城に行っているときみたいに、こちらから誰かが座標の役をしないといけないとか、そういうことはないかっていうこと。

 巧は頷いた。

「ああ。健吾は異世界に転移させられた場所に戻ってくるから、出迎えてやらないといけないっていうくらいだな。十年ぶりにこっちに戻ってきたら混乱すると思うから」

 するとグラハムが言った。

「その時期が近づいたら私が行く予定だ。いつもの宿に長期滞在して毎日あの地蔵のところに通おうと思う。最上夫妻にも、いつでも敷地に入っていいと言われている」

 グラハムの常宿は最上さんの家のすぐ近くにある。そこは結構高級な宿だってきいてるけど、グラハムもそこは問題がないんだろう。

「健吾さんの心の準備が必要かな?」

「今でも会ったときに話はしてるけどな」

「家族のことも?」

 僕の質問に、巧は「あー」と声を上げて天を仰いだ。いつも巧は健吾さんに家族のことを伝え忘れるんだ。大したことじゃないと思っている節がある。でも、僕からしたら十分大したことだと思うんだよね。父一人子一人の二人きりの家族と思っていたのに、父親は再婚していて、血の繋がらない弟と母親違いの妹ができてるとか。

 巧は顔をしかめながら言う。

「わざわざ言わないといけないことか?父親が再婚してるかも、とか普通に考えられるだろ」

「想像してるのと実際にそうなっているのとでは全然違うでしょ。……ねえ巧、もしかして、健吾さんに話せてない理由、他にあるの?本当にこっちに戻った後のこととか、健吾さんに話せてる?」

 僕が突っ込んで訊くと、巧は視線を彷徨せた。あ、これは言うほど話せてないな?


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