第4話 異世界にウサギと猫を送り込むには
健吾さんがミルクティたちを拾い上げた時点にミルクティたちの元になる魂を送り込む、そのタイムリミットが近づいていると巧は言う。
……というか、ミルクティとごまだんごってウサギと猫に見えてるけど、元は人間の魂なんだよね。世界の波に巻き込まれた人の魂が擬態しているだけで。いきなり別な世界に行っていて、本人たちはきっとびっくりしただろうなあ。
僕がそう言うと、巧はあっさりと言った。
「そうだろうけど、あいつら、元気にやってたぞ。健吾にまとわりついて、お互いが気遣ってる感じがした。まあ、ちょっとウサギの方が精神的にひ弱そうには感じたけど、その分、健吾が気に掛けてたから大丈夫だろ」
健吾さんはそのウサギ、ミルクティのために、ちょっとした空間魔法も習得したんだそうな。ミルクティをいつでも自分の服のポケットに入れて一緒に連れていけるように、って。
僕はちょっと疑問に思って巧に訊いてみた。
「ミルクティとごまだんごって、元はどれくらいの歳なんだろ」
「二人とも健吾より少し年下って感じだったな」
そっか。その子たちがこっちに戻ってくる手だても考えてあげた方がいいかもしれないな。魂が遠くの世界に飛ばされたからって体の方が死ぬわけじゃない。二人の体はこちらで生きている。世界間の関係値の修復が進むと、自然と元に戻れたりするものだけど、それでも確実に戻してあげられた方がいいのは間違いない。
で、タイムリミットの話だ。
「送り込む元と送り込む先の時間が離れすぎると、その時点に未来から何かを送り込むっていうのができなくなるんだよ」
巧は言う。巧の計算だと、その限界点が結構近くなっているんだそうな。そのことをグラハムに相談したいということなんだけど、僕は疑問に思って訊いた。
「そんなこと、グラハムに相談したらどうかなるの?」
「グラハムにというか、あいつが連れ歩いてる妖精たちに訊きたいんだよ。あいつらは過去、現在、未来と全て繋がってるから、どうやって俺があの二匹をこっちの世界から向こうに送り込んだかも知ってる筈だ」
「そんなの、チャットとかオンライン通話で話せばいいんじゃないの?」
「画面越しだと妖精たちから話を無理矢理ききだすことができないだろ」
なるほど。妖精たちと直接話したい、ということらしい。
そして四月中旬の日曜日、お母さんが東京の家元のところに行っているときにグラハムがやってきた。予告通り、健吾さんの家族全員を連れて。
そう、家族全員を連れて。つまり、健吾さんの父親、氷上甚さんだけでなく、再婚相手とその連れ子と、健吾さんの母親違いの妹までも連れてきたってこと。みんな法事の後みたいな黒ずくめの服装だ。
家の玄関で来客者がこちらが考えていたより多いことを知った僕は、どうしたらいいんだろうと思った。甚さんはともかくとして、その再婚相手とかその連れ子とか腹違いの妹とかにまで、異世界がどうとかいう話はできないよ?
僕が批難の意味を込めてグラハムを見ると、グラハムは僕の視線の意味を正しく理解しているようで、顔を少ししかめながら、頷いてみせた。
妖精たちが僕に言う。
グラハムは悪くないの。
甚が無理矢理みんなを連れてきたの。
僕は巧を見た。勿論巧も妖精たちの声は聞こえてるけど、あえて少し苛ついた様子を見せながらグラハムに、
「どういうつもりなわけ?俺は健吾の父親だけ連れてくるってきいてたけど」
「そのつもりだったんだが、甚が家族皆で行くんだと言ってきかなくて」
「一緒に来てどうするんだよ。ただただ面倒くさいだけじゃないか」
心底面倒くさそうな巧の様子に、甚さんは無反応だったけど、その再婚相手は少し怯んだ様子を見せ、その連れ子は明らかに居心地が悪そうに体をもぞもぞさせていた。救いなのかどうなのか、健吾さんの異父妹は何もわかっていないように家族を見上げているだけだった。ちなみに、連れ子は僕たちより一つ下の男の子。健吾さんの義理の弟ってことになる。
「おい、司」
「何?」
「健吾のままははと義理のきょうだいと腹違いの妹を、久山のおっさんの店に案内しろ。ここにいてもしょうがないだろ」
すると、甚さんの再婚相手がちらりと甚さんを見た。甚さんはというとそちらを見ることもせず、
「晴美、二人を連れて行っていろ」
「でも」
「いいから行っていろ」
甚さんは巧をじっと見つめていた。奥さんの方はそっと視線を土間に落とす。
僕は声をかけた。
「じゃ、ご案内しますね」
僕が健吾さんの義理のお母さんと義理の弟と異母妹ににっこりとほほえみかけると、義理のお母さんと義理の弟の表情は少し緩んだ。笑顔って便利だよね。相手を懐柔するのに使える。
巧が言っていた久山のおじさんの店、というのは、久山のおじさんが道楽でやっている喫茶店のことだ。カフェ久山、というのが正式な名前だけど、近所で撤去された由緒あるお地蔵様を引き取って店の中に安置していることから、久山地蔵堂、と呼ばれることが多い。僕も、地蔵堂、と呼ぶことが多いかな。
僕の案内に、健吾さんのままははさんと義理の弟と異母妹はすんなりとついてきた。健吾さんの義理の弟は人好きのする感じで、家を出るとすぐに話しかけてきた。
「すみません、突然押し掛けて」
「いえ、別に。健吾さんのお父さんに言われてついてきただけなんでしょう?」
「ええ、まあ。……あの、僕、藤原駆っていいます。えっと、あなたは司さん?」
「はい。司です。初めまして」
「あ、はい、初めまして。えっと、グラハムさんからきいているんですけど、ゲームが、FPSが上手なんだそうですね。配信もしてるとか」
「ええ、まあ。キミもゲームを?」
「好きです。でも、最近は忙しくてなかなかできなくて。僕、今度、デビューするんです」
「デビュー?芸能人になるってことですか?」
「はい。ダンスユニットの一員としてアイドルデビューするんです。高校も芸能コースに入学して」
「この春入学したんですか」
「はい」
駆はにかっと笑った。容姿は中の上から上の下、といったところ。背はそこそこ高いがスタイルはあまり良くない。ルックスだけなら健吾さんの足下に及ばない。でも、手足の動かし方は見るからに運動神経がありそうで、ダンスなんかが得意そうだ。
「僕は氷上健吾さんほどルックスは良くないけど、でも、親しみやすさはあると思うんで。ダンスを頑張って、親しみやすさと動きの格好よさを売りにしようと思っているんです」
そのとき、ちょこちょこと駆の少し後ろを歩いていた健吾さんの異父妹が駆に飛びつくようにして抱きついてきた。将来絶対美人になるだろうとわかるような子で、今でも人形のような容姿をしている。そして特筆すべきは、妖精たちがたくさんついていること。グラハムほどではないけど。この子自身は妖精を見ることができるんだろうか。妖精と話はできるのかな?
僕の疑問を察したように妖精たちが言う。
私たちのこと、あまりわからないの。
お話もできないの。
そう言いつつも、妖精たちは楽しそうだ。
駆は僕に妹を紹介した。
「妹のマリアです。マリア、ごあいさつ」
「こんにちは」
人見知りのたちなのか、一言言うと、すぐに駆の後ろに隠れた。駆が苦笑しながら言う。
「すみません。初対面の人が苦手で」
「いえ、別に。……えっと藤原さん、どうかされましたか」
健吾さんのままははが、僕たちよりも遅れがちになり、かつ後方を気にするように何度も立ち止まるのを見て、僕は声を掛けた。
「いえ、別に。……あの、ちょっと忘れ物があって」
「母さん、駄目だよ。お父さんは司さんについて行けって言ったんだから、行かないと」
「でも」
健吾さんのままははは未練がありそうだったけれど、僕はまたそんな彼女ににっこりと笑って言った。
「お店はもうすぐそこですから」
そして、行く手を指し示す。本当に久山のおじさんのお店はすぐそこだった。昔ながらの町屋を改装した店だ。
店に入ると、常連のおばさんたちがいた。僕が明らかに地元の人ではない人を連れてきたので、視線が集まる。
駆は物怖じせず、こんにちは、と笑顔で挨拶した。常連の人たちもにこやかに挨拶を返す。マリアは兄の足に隠れ、少し気後れしたようにおずおずと会釈をした。健吾さんのままははは、店の外で止まったまま少しの間中に入ろうとしなかったけど、駆が呼びかけると、店の中に入ってきた。
健吾さんのままははは、入るなりマリアの手を取り、店の隅の席に座った。常連さんたちはびっくりしたように健吾さんのままははを見ていた。子どもたちはそれぞれ挨拶したのに、親の方が礼儀知らずの行動をとったのが驚きだったらしい。まあ、そういう人なんだろう。でも、この人の何が良くて、甚さんは結婚したんだろう。容姿は地味で、行動はさっきから褒められたものではなくて、甚さんといろいろ釣り合わない気がする。
マリアはそんな母親から逃げたそうにしていた。いきなりテーブルの下に潜り込むと、母親が反応できないのをいいことに、そのままテーブルをくぐり抜けて、僕と同じテーブルに座っている駆のところに走ってきた。
妖精たちが言う。
そうよ、マリア。あなたはあの女から離れてた方がいい。
あの女じゃなくても、あなたを守ってくれる人はいるんだから。
確かに、兄がいるんだから大丈夫だろうね。
駆の隣の席に座りながら、マリアは僕をじっと見て言った。
「綺麗な人、ね?」
うん?この子は何を言っているのかな?




