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第3話 猫

 妖精たちの言う通りに赤トンボの歌を歌い、そしてルエットに言われた通りに健吾さんは手を野バラの茂みにつっこんだ。そして中から取り出したのは、

「ウサギ?」

 健吾さんは驚いて声を上げた。白と明るい薄茶色の毛色をしたふくふくとしたウサギがそこいた。そんなに体は大きくなく、といっても子ウサギと言えるほど小さくもなく。

「なるほど、こういう形に擬態したんだね」

 ルエットが言う。

「擬態?」

「そう。この子は本当は人間だけど、今はこの形になっているんだよ。まあ、よその世界に魂の状態で流されていきなり元の世界にいたときと同じ人間の形をとることは滅多にないから」

「僕は人間のままだけど」

「キミは流されてきたわけじゃないし、そもそも肉体ごと来ているからね」

 健吾さんはウサギを地面に置いた。ウサギは鼻をひくつかせながら健吾さんたちを見上げていた。妖精たちがウサギにまとわりつく。ウサギは逃げることなく、妖精たちに囲まれるがままになっていた。

 ルエットは次に、さっきもう一体がいると言っていた穴に目を向けた。健吾さんたちの目線よりも少し高いくらいの高さにある穴だ。

「じゃあ、次はこちらだね」

 健吾さんもその前に立ち、つま先立って見た。やはり穴の中は暗い靄が溜まっているように見えた。

「また歌を歌えばいいのかな?」

 健吾さんは妖精たちに語りかける。妖精たちは戸惑ったように顔を見合わせながら、


 そうだけど、でも。

 なんか、歌ってほしい歌があるみたい。


「歌ってほしい歌?」

 健吾さんが訊ねると、妖精たちは歌い出した。さっきみたいにいろんな歌をバラバラに、ではなく、一つの歌を皆で声を合わせて。

 その曲をきいて、健吾さんは驚きで固まった。健吾さんがお父さんと一緒に出演した特撮ドラマの挿入歌で、健吾が演じた登場人物、鴫沢レンのテーマとして使われていた曲だった。鴫沢レンがものすごい人気キャラクターになった後、それに歌詞がついて、鴫沢レンのテーマソングになった。ちなみに、歌ったのは健吾さん自身で、健吾さんの持ち歌といえる。

 ルエットが健吾さんの顔を覗きこむようにしながら訊いてきた。

「どうしたの?知らない曲?いい曲だと思うけど」

「知ってるけど……これじゃないといけないの?」

 健吾さんが言うと、妖精たちがざわざわと羽をせわしなく動かした。


 だめだよー、この穴の中の子は健吾にこの曲を歌ってほしいんだって。

 ちゃんと歌詞つきがいいんだってー。


 健吾さんは穴の中を思わずのぞき込んだ。穴の中に金色に光る二つの目が見えた気がした。でも、まだはっきりとした何かにはなっていない気がする。

「もう何かの動物になってる……?」

「え、そうなの?」

 ルエットも穴をのぞき込む。小さく頷きながら、

「ああ、確かに形が固まってきてるね。でも、まだ不十分かな。健吾、歌ってあげてよ」

 健吾さんは仕方なく歌い始めた。

 健吾さんの歌を聴きながら穴の中をのぞき込んでいたルエットが、明るい声を上げた。

「あっ、形が定まった。その調子だ」

 言うなりルエットは穴に手を突っ込み、中から一匹の動物を引っ張り出した。それは、黒白のハチワレ猫だった。

 ルエットは猫の首の後ろをしっかり掴んでいたが、猫は自分の体ごと大きく前後に揺らし、ルエットの手が緩むと、そのままその手から逃れ、大きく飛び上がった。そのまま健吾さんたちから離れた方へ逃げようとしたけど、すぐに戻ってきて、ルエットの肩によじ登った。ルエットの肩の上に落ち着くと、じっと金色の目で健吾さんを睨んでくる。

 健吾さんと猫とが見合っているの見て、ルエットは黒白猫の眉間を指で軽くつつきながら、

「こらこら、そんな風に見るもんなじゃない。彼は君にとっては恩人なんだから」

「恩人?」

 不思議な言葉をきいたと思った健吾さんが訊くと、ルエットは頷いて、

「そうだよ。世界の波に呑まれて漂ってきたモノは、放っておくと最終的には自我を失って消滅してしまう。それが、健吾の歌のおかげで形をとることができた」

 だから恩人なんだよ、とルエットは言う。黒白猫はふいと視線を健吾さんから外した。

 ルエットはそれから黒白猫を肩に乗せたまま身を屈めて、足元にいたウサギを拾い上げた。

「じゃあ、この二体の世話をしてあげないとね。健吾、名前をつけてあげて」

「え、名前?」

「そう。健吾が助けてあげたんだからさ。責任の一つだよ。いいよ、そんなに難しく考えなくても。たとえば食べ物の名前をつけるとかでもいいから」

 健吾さんは少し考えて、ルエットが抱えているウサギを見て、

「ミルクティ」

 次にルエットの肩に乗っている黒白猫を見て、

「ごまだんご」

 と言った。

 健吾さんはそのウサギと猫、ミルクティとごまだんごに出会い、その世話を買って出たことで、心が回復していった。健吾さん自身が巧にそう話した。

「だって、毎日目の前で起きていることといったら、人の体が傷ついたり、あるいは死んだりして、でも翌朝には復活してくるっていう、とんでもないことなんだよ?その悲惨さを誰かに話して共有したくても誰もいないし、ルエットだってあんなだし。でも、ミルクティたちはちゃんと話をきいてくれるからね」

「話し相手にならなくても別にいいのか」

 巧が指摘したけど、健吾さんは、

「確かに言葉は返ってこないけど、ちゃんと目を見て話をきいてくれてるよ」

 そう言って、ちょっと前までの死んだような目とは打って変わったような生き生きとした目で笑ったんだそうな。

 この話を僕にしたとき、巧は、わけがわかんねえ、と言った。

「だって、話しかけても答えが返ってくるわけじゃないんだぜ?ただの動物相手なのに、あんなに生き生きするか?」

 僕は小首を傾げた。

「僕は、何となくわかる気がするな。別に、返事が返ってこなくてもいいんだよ。話をじっときいてくれるだけで。それでもう、話し相手ができたっていうことなんだよ。それと、健吾さんが持ち直したのは、世話をしないといけない相手ができたっていうのが大きいんじゃないかな。そういう相手がいたら、気持ちがしゃんとするもんだよ」

 まあ、その辺りの理屈はとにかくとして、ミルクティとごまだんごのおかげで健吾さんが元気になったのは事実だった。

 そしてミルクティとごまだんごが翼の城に行ったのは、多分、未来の巧がしたことなんだろう、というのが巧の結論だった。妖精たちが、巧が送り込んだと言っていたから、というのが主な理由。まあ、そもそも誰かの特別な力が働かない限り、僕たちが今いる世界から翼の城まで魂がたどり着くことはまずないから、誰かの力が働いたと考えるのが確かに自然で、そして僕たちのいる世界でそんなことができるのは、多分、巧くらいなんじゃないかな。

 とはいえ、巧も、何もないところに異世界を渡るような「波」を起こすのは大変らしい。簡単なのは、世界の歪みが生じたときに発生した異空間を渡る波を利用する、という方法だけど、そんな波はそうそう発生するものじゃない。巧はそんな機会をずっと待っていたけど、そんな都合のいい状況はなかなか生まれず。

 そして、タイムリミットが近づいていた。健吾さんがミルクティたちを拾った時点にさかのぼってこちらからミルクティたちの元になる魂を送り込めるタイムリミットが。


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