侵入
俺たちはようやく山を下り、ホテルの裏手に近づいた。
高橋は状況を確認すると言って、どこかに消えてしまった。
山を下ると言っても、道があるわけではなかった。胸に病気がある俺には、過激な運動だったため、時間をとってもらったのだ。
俺は森の中で座り込んでいた。
そこから見えるホテルは、ドローンで撮った映像の通りの建物だった。
山側の裏手には、草木がホテルを汚さないよう、ちょっとした道が出来ていて、払った小枝の束がいくつか置いてあった。
表も同じようだとすると、道に面したところには車両用の鉄製の門があり、その内側に敷地を埋め尽くすように黒いビニールハウスがあるはずだ。そして三階建てのホテルがあり、下の街を見下ろせるようになっている。
動悸が収まった頃、高橋がやってきた。
「いける?」
俺は返事をすると、立ち上がった。
裏口に近づくと、扉のテンキーロックが見えた。
数値といくつかのボタンがついていて、それを押すと解錠できるものだ。
「これは俺でも開けれる」
と言って近づこうとすると、腕を引っ張られる。
「ダメ」
高橋が、何かを見つけたようだった。
「監視カメラ?」
「古いタイプのセンサーね。さっき見つけた」
観光バブル時期に付けられた、古いタイプのセンサーだった。
高橋はセンサーに近づくと受光部に細工し、俺たちはその間に通り過ぎた。
「開けて。中に入ったら、声は出さない」
俺は頷く。中の様子がわからないが、開けていいのだろうか。
ただ、確認している時間もない。俺は思い出しながら、テンキーロックを開けた。
高橋の薄いグローブが、扉のレバーハンドルにかかる。
ゆっくりと扉を開けると俺も続いた。
入るとそこは厨房だった。
今日は元ホテルのこの施設を使う者がおらず、その為厨房にも人がいないのだ、と思った。
外の灯りが室内に差し込んで、ある程度様子はわかる。
だが、足元までは見えなかった。
俺は大きな鍋に足を当て、音と立ててしまった。
「!」
気付かれた。
厨房の外で声が聞こえた。
コンビニで車を囲った連中の一人だ。
高橋は無言で俺を台の下に押し込むと、何か袋から取り出している。
俺は、押し込まれるまま、台の下の戸棚に入っていく。
高さがなく、長さはあるので、寝袋に入るように体をまっすぐにした。
しばらくして、高橋が、俺と同じ場所に入ってきた。
「!!」
なんで俺に乗っかってくる? 変なところを刺激して、声が出てしまうじゃないか。
高まる気持ちで、息が荒くなってくる。
音でバレる事を恐れ、高橋は俺の口を手で押さえた。
苦しい気持ちと、高橋の体を感じて高揚する気持ちとで、思考が回らない。
その時、パッと外が明るくなった。
連中の一人が来て、厨房の灯りを点けたのだろう。
「うわっ!」
男は声をあげ、バタバタと音がした。
さらに遠くから声がする。
「何があった!?」
「ネズミでした。今、追っ払いましたから」
ネズミ? いたか? もしや、さっき高橋が袋から出したのは……
連中の気配がなくなるまで、俺はとにかく動かず、我慢し続けた。
しばらくして灯りは消え、扉が閉まる音がした。
俺の口を塞いでいた高橋の手が外れる。
高橋は台の下の戸棚から出ると、ごくごく小さい声で言った。
「(なんで仰向けに寝るのよ、常識的に横向きでしょ?)」
「(狭いから、まさか一緒のところに入ってくるとは思わなかったんだよ)」
「(あんたが変態なのは知ってたけど、ここまでとは呆れるわ)」
「(そんな酷い言い方しなくったって……)」
言っている途中で、高橋が俺の口を押さえてきた。
ゆっくり、音を立てないように台の下に隠れる。
扉が開けられ、男は首を傾げた。
「……」
「おい、ちょっとこっちに来い」
と、奥から呼ばれると、厨房にいた男は灯りを消して、去っていった。
「(ふう)」
「(急ぎましょう)」
厨房を抜けると、俺たちは監視カメラを避けながら、室内を探索した。
フロアの中央付近に、小さな部屋を見つけた。
その部屋では、コンビニで会った連中の一人が、監視カメラの映像を見ている。
モノを懐に入れるような仕草をされ『ここの映像を盗め』と、高橋にジェスチャーで指示される。
人がいるじゃないか、と俺はジェスチャーで返した。
そいつを誘い出すから『やれ』という。
俺は警戒しながら、待機する。
高橋は別の部屋に移動し、わざと物音を立てる。
「おい、誰か……」
監視カメラの前の男は、カメラ映像を見たり、周りを見渡したり落ち着かない。
「誰かいるのか?」
その声に反応はない。
俺は小部屋を覗き込み、監視カメラの映像を見る。
サーチライトのような強い光でハレーションを起こしている画面があった。
こいつ以外、全員外にいるようだ。
高橋がもう一度、大きな音を立てる。
「誰だ!」
監視カメラの前にいた男が、ようやく物音に対処する。
スマフォを手にとって、男が小部屋を出ていく。
俺はポケットに入れていた携帯電波妨害装置を起動させる。
男が外にいる連中に連絡出来ないようにする為だ。
俺は小部屋に入ると、ストックしてある過去の映像記録メディアを胸ポケットに詰める。
椅子などを元通りにすると、小部屋を出た。
俺はジャマーをオフすると、高橋にジェスチャーで合図する。
急いで厨房を抜けて、俺たちは外に出た。
回ってくる車に合流するため、施設裏手の道を抜けた。
その時だった。
俺たちは、煌々と輝くサーチライトに照らされた。
庭先にこんなサーチライトを設置しているなんて、よっぽどやましいことがあるに違いない、と俺は思った。
光が強くて見えなかったが、ライトの横に人影がある。
そいつが言った。
「高橋ひかりちゃんが、こんなことするなんてな」
緑川の声だ。
かなり早い段階で、侵入がバレていたに違いない。バレていた上で、泳がされていたのだ。
緑川の姿がわかる位置まで出てくると、その手に拳銃が見えた。
「言っておくが、銃は一つじゃない。こっちは本気だ。逃げられないぞ」
ゆっくりと近づいてくる。
「返すものを返して貰えば、殺しはしない。乱暴はするかもしれないがな」
俺は胸の病気で、まともに走れない。
どうしたらこの場から逃げられるだろう。
いくら考えても解が浮かばない……




