田舎町Y
コンビニ駐車場に車を停めていると、ガラの悪い連中に目をつけられたようで車を囲まれてしまった。
四方を囲まれてしまい車を動かそうにも引いてしまう。
「住山は黙ってなさい」
「いい車乗ってやがんな」
一番若い男が、そう言った。
こっちが答えないと、運転席横の窓を拳で叩いてくる。
「おい無視かよ、一番ムカつくんだが」
「お任せしてよろしいので?」
運転手は高橋にそう訊ねる。
「大丈夫です」
高橋は大胆にも自分の側の窓ガラスを下げた。
「こんにちは、どうなさいましたか?」
「?」
運転席の横から、男が下がってくる。
黒いマスクをしている高橋の顔を、じっとみて、考えているようだった。
「もしかして『高橋ひかり』か」
「ええ、そうですよ。撮影の移動中時間が空いたので仮眠を取ろうと」
高橋がマスクを下げて見せる。
彼女は完璧な影武者なのだ、初見の者が疑う隙は全くなかった。
「緑川さん、この『高橋ひかり』が乗ってました!」
「マジか」
少し離れたところにいた一人が、後ろを回って、高橋のところにくる。
「申し訳ございません。見慣れない車だったもので」
「そうだったんですね。急に男の人に囲まれたのでびっくりしちゃって」
「お顔を見せていただいていいですか?」
高橋はいいですよ、といい、マスクを下げて見せた。
男は動揺していないように見せていたが、口元が緩んでいた。
「ご迷惑をおかけしておいてなんですが、サインいただけないでしょうか?」
高橋が快諾すると、隣の若い男にコンビニでサインペンと色紙を買いに走らせた。
「緑川さんは、お仕事の帰りなのかしら?」
「ええ、帰りというか行きというか、近所の建物の見張り、いや、警備担当でして」
「そうでしたか」
緑川が俺を見て言う。
「奥の方は、学生みたいですが、マネージャーさんじゃないですよね? 役者さんですか」
「事務所の練習生です。台本の読み合わせをしてもらっているの」
コンビニから急いで戻ってくる男は、五枚の色紙とペンを持っていた。
「バカ、五枚も買ってくるやつあるか」
「平気ですよ」
高橋は五枚の色紙とペンを預かると手慣れた調子で『高橋ひかり』のサインを書き上げる。笑顔で色紙を返すと、緑川以下、連中は頭を下げてから車に戻って行った。
高橋は完璧に『人気女優』の影武者をやり切った。
手を振りながら、連中の車が去っていく。
窓を閉めると、高橋は言った。
「あの連中があのホテルを見張っているようね」
「さっきの『見張り』って、そういう意味だったのかな?」
「この田舎であの外車を乗り回すなら、相当土地持っている地主か、反社かってとこでしょう」
「その発言、いろんなところをディスっているよね」
高橋は俺の言ったことは無視して、話を進める。
「あの緑川は要注意ね」
運転席から声がした
「はい。私も同意見です」
二人は身体能力を日常の振る舞いを見て判断出来るのだろう、と思った。
「これで少し時間ができたわ。二時間後に起こして」
言うなり高橋は寝てしまった。
俺も足を伸ばし、車内で眠った。
運転手が仕掛けていたアラームが鳴ると、俺は驚いて飛び起きた。
高橋は、いつの間にか着替えて、全身真っ黒の衣装に着替えていた。
「住山も白いシャツは目立つから、上にこれを羽織るといいわ」
薄くて黒いウィンドブレーカーを渡された。
運転手の人が言う。
「ドローンで大雑把に確認してますので、映像を送ります」
そう言うと車が動き出した。
高橋のスマフォに映像が落とされ、俺は高橋と一緒にそれを見た。
コンビニの店員が、こっちを目で追っている。
「ねぇ、コンビの人」
「おそらく車を囲んだ連中と繋がっていると思います」
「結構な警戒レベルね。何を隠しているのか楽しみだわ。住山もしっかり準備してね」
俺は持っている端末の充電状況を確認した。
物理系の鍵は高橋が、電子的なものは俺が解かなければならない。
車は後ろからの追跡から逃れるため、急加速して一瞬振り切り、横道に入る。
ライトを消して、ゆっくりと林道を走っていく。
しばらく進んで、空き地に車を停めた。
「ここがホテルの真後ろにあたります」
俺は外を見ると、森を下ったところにホテルが見える。
草木が生い茂っていて、天然のバリケードを形成しているようだ。
「ここを進むの?」
「じゃあ、正面のベルを鳴らして『こんばんわ』って入る?」
俺たちは車を降りた。
すると車はゆっくりと転回した。
「合流は早めに連絡を」
運転手がそう言うと、林道を走り去っていく。
「……」
漠然とした不安を感じながら、俺は高橋の後を追って森を下り始めた。




