コンクリートミキサー
俺は胸の苦しさから、寝てしまっていた。
目が覚めると、磯の香りがした。
生きて意識が戻るとは思っていなかった。
おそらくトランクに入れられていたのだろうと思う。
袋を被ったまま依田に担ぎ上げられ、しばらく歩いた後、俺は投げ捨てられた。
チャンスと思い、立ちあがろうとしたが、袋の上から更に縛られているようで、腕がまともに動かなかった。俺はバッグを背負ったままだ。その中には身元を証明するようなものもある。まだチャンスはあるのではないか、俺はそう考えて無理に動くことをやめた。
鉄と鉄がぶつかる大きな音が、響き渡った。
すると、依田が言った。
「ここで処理してやるから」
袋を裂くような音がすると、今度はサラサラと砂が流れるような音が聞こえた。
水が注がれる音がして、モーターの音がした。
「すぐに練り上がるから、それまで我慢しろ」
「何が練り上がるって?」
「お前に喋る権利はないんだよ」
いきなり顔面に何かがぶつかった。
全く見えていないところから、突然打撃を受けた為、より強い恐怖が体に刻み込まれる。
棒で叩いてきたのか、蹴ってきたのか、メガネが割れたのか鼻が歪んだのか。
打った場所を触って確認すら出来ない。
「もうチャンスなんかない。このセメントが練り終わったら、お前と一緒にドラム缶にドボンだ。固まったら、そこから海の底だよ」
「お前、何人の生徒を殺したんだ」
「喋る権利はないって言ってるだろ!」
また、思ってもいない方向から打撃を受ける。
痺れたように、目鼻、頬の感覚がなくなっていく。
血の味、匂いが充満する。
「だいたい、小説や漫画の悪党は、こういう状況で、ベラベラと自分の犯行を語ってしまうからダメなんだ。自分のやったことをひけらかしたいとか、自己顕示欲が強すぎるんだよ」
今度は顔面ではなく、腹を踏みつけてきたり、足を固いもので叩かれた。
血で息苦しい、耐えきれず吐くと、袋で自分の顔に返ってくる。
「……」
鉄の輪が、コンクリートに擦れる音がする。
さっき言っていた、ドラム缶を持ってきたのだ、と俺は思った。
依田はこのままコンクリートに詰めて、海底へ落とすつもりだ。
コンクリートが壊れ、俺の体が浮かび上がるのが何年後になるか。
その頃に俺を証明するものと遺体が一緒に発見されたとして、誰が殺したか調べようとしたって、何も調べがつかないだろう。
ドラム缶の底に何か『重し』を入れたような音がした。
モーター音が止まり、練られたセメントが流れ落ちる音がする。
「ん?」
再びモーター音が始まったが、依田は何かが気になるようで、足音が遠くなっていく。
しばらくすると、複数の足音が戻ってきた。
「これは?」
それは依田ではない誰かの声だった。
依田が答えた。
「わかりません」
「足が出ていて、人に見えるけど」
「もしかしたら、住山かも」
もしかしたら? 何を言っている?
俺は喋ろうとして、血が喉や鼻に掛かって咳き込んでしまい、うまく発声出来なかった。
「開けろ…… 依田さん、外に停まっている車はあなたが運転してきたものですよね」
知らない声は、別の誰かに指示した。
「そうです」
「そこのコンクリートミキサーとドラム缶は何?」
「えっ、なんでしょうか、これ……」
「おい、それに手を触れるな」
その時、誰かの手によって、俺の袋は切り裂かれ、視界が広がった。
高い天井から照らしている光は、拡散してしまって薄暗かった。
どうやらここは倉庫のような場所らしい。
袋を開けてくれたスーツの男の人が、俺の顔を拭ってくれた。
「君、名前は」
「住山祐輔です」
「通報の通り、住山くんです」
「依田さん、ご同行頂いけますか。この状況について、聞きたいことが沢山ありますから」
依田と話しているスーツの男は、そのまま依田と一緒に倉庫を出ていく。
俺を助けてくれたスーツの男が言う。
「住山くん、怪我は」
「鼻と口が痛いです」
「見た感じ、それだけじゃ済まないみたいだけど、もう少し我慢してくれるかな。救急車を呼んでいるから」
俺は頷いた。
「どうして、ここがわかったんですか?」
「残念だが、捜査上の秘密があって言えない」
「通報って言ってました」
スーツの人は『同じことだ』と言わんばかりに口を閉ざしたままだった。
何が起こったか、はっきりしないまま、呆然と倉庫の中を見つめていた。
しばらくして、救急車やパトカーの音がすると、一気に大人数が倉庫に入ってきた。
俺の横に付き添ってくれていたスーツの男が、救急隊員に指示する。
「彼は病院に運んで、鼻や口を切っているみたいだが、他に何かないか検査をしてほしい」
ストレッチャーに乗せられ、俺は救急車に入った。
体をストレッチャーに押さえつけられている為、足先の方の様子はよく見えない。
「君、付き添い? じゃあすぐ乗って。出発するよ」
救急隊員が言うと、救急車に誰かが乗ってきた。
ようやく、それが誰かわかった。
「高橋!」
「君、静かに」
俺は救急隊員に話すことを止められた。
高橋は半ば泣いていた。
まさか、別れた後、夜学に行かず俺の後をつけていたのだろうか。
救急車で運ばれ、近くの病院で検査を受けた。
特に骨折等はなく、一週間もすれば治ると言うことだった。
病院の廊下に出ると、高橋がいた。
「どうして、高橋がここに?」
「……」
なかなか話してくれなかったが、人がいないのを確認すると、簡潔に話してくれた。
別れた後、駅に着くと駅員と大声で話している依田を見たそうだ。
依田は生徒の安全のためだとか言って、俺の交通系ICカードの履歴を問い合わせていたらしい。
それを見て『やばい』と思った高橋は、夜学にいくのをやめて俺が向かっている五つめの駐車場に向かった。
そこで、俺が連れ去られる現場を見たのだそうだ。
「それだけ?」
「……」
高橋はそれ以上語らない。
そこから先は、俺の推測だったが、おそらくこうだ。
警察は車両GPSをつけて容疑者を監視することはできない。
だが、高橋はそれをしたのだろう。車のナンバーだけでは、基幹道路の通行は追えるかもしれないが、埠頭の倉庫というピンポイントに警察を誘導できないからだ。
これが現代忍者の技なのか。
いや、彼女が自身を『忍者』だと言うのは、単なる思い込みだろう。思い込みというか、親がした強い洗脳のせいだ。
だが、とにかく、そういう彼女の忍者の技術によって、俺は救われたのだ。




