高橋の正体
依田に捕まることなく、俺たちは学校をでた。
そしてすぐ、ネカフェに入っていた。
角田がいる時とは違い『ペア』ルームを選択した。
俺と高橋は、部屋に入ると並んでソファーに座る。
俺はここに来るまで、高橋に口を開くことを禁じられていた。
「もう、話してもいいか?」
真面目な顔をしていた高橋が、突然笑った。
「当たり前でしょ? ソファーで並んで座っている状態なのよ?」
「聞きたいことがある」
俺の声を聞いて、高橋も真顔になった。
「一緒に笑うのかと思ったけど、笑わないのね」
前回、白い塔に侵入した時も高橋に助けられた。
普通の学生が出来ることじゃない。
「どうしても聞きたいんだ。高橋は一体、何者なんだい?」
再び高橋は、堰を切ったように笑った。
「知っているって言ってたじゃない。まるで私の全てを知ってるようだったのに、あれはウソだったの?」
「高橋ひかり本人じゃないということは知っている。俺がいる学校に本人の代わりに通い、君自身はこの近くの夜学に通っていることも」
「……その通りね」
「けど、それだけじゃないだろう? 前回白い塔に侵入した時も、警察署や今日の行動も考え合わせると、普通の人間じゃない。何か訓練を受けた、特殊な人間に思える」
高橋の顔が素に戻った。
「私が『特殊な人間』だったとして、それを知ってどうなるの? 素性を知ったらお別れしなければならないかもしれないわよ」
「……」
「何か言わなきゃ納得しない、って顔ね」
高橋は頭の後ろで腕を組むと、ソファーに仰向けになった。
「忍者よ忍者」
口からでまかせのことを言っているのだと思った。
「小さい頃から忍者として訓練されて育ったのよ。天井裏とかパイプスペースとか、配管工の人だって、滅多に入らないようなところに、子供の頃から入ったりして」
「ふざけてないで、まじめに……」
「ふざけてないよ!」
高橋は体を捩って、うつ伏せになった。
「忍者の正体が他の人にバレたら、私、住山を殺さなきゃならない」
「現代に忍者なんか」
「いるのよ。いや、いっそ信じてくれない方がいい。そうすればバレないし、バレなきゃ住山を殺さなくても済む」
「……」
高橋は再び仰向けになって、天井を見つめながら話し始めた。
「訓練の話で信じられないのとしたら、今の私の立場を考えてよ。生活の全てを使って他人の『影武者』をする人間がどこにいるの? どんなブラック企業だって、人生の三年間まるごと他人として過ごせ、なんて指示しないわ。そんなことをさせられる人間、させてもいい人間は、この国で人権を持たない『忍者』だけなのよ」
「忍者にだって人権は……」
「じゃあ、天皇に人権はある?」
「えっ?」
俺は答えられなかった。
「忍者はある意味、天皇と同じ。この国では人権があるかないか『血』で決まっているのよ。天皇は天皇の子供として、私は忍者の子として生まれた。天皇は継承して天皇に、忍者は『闇に生まれて闇に消える』だけ。ただ、それだけのこと。天皇も忍者も、自分でやりたいことは選べない」
「本当にそんな『忍者』という存在が……」
「あるわよ。ネットで調べられない事実はいくらだってあるんだから。たかがハッカーがネットを裏付けにして、全知全能を気取らないで欲しいわ」
俺は目を閉じた。
「いや、そんなつもりはないけど」
「ごめん、言いすぎた」
高橋は小さい声で、そう言った。
俺は高橋に向き直って、言う。
「あのさ。法の上では『忍者』なんていないんだから、高橋がそう考えて、縛られていることは、それこそ『洗脳』なんじゃないか?」
高橋は何も答えない。
「もし洗脳で高橋が苦しんでいるなら、俺は白い塔の連中なんかのことより、高橋を救いたい」
高橋と俺の距離は縮まっている。
俺は心の距離も同じように縮まっていると思っていた。
肩は触れているし、彼女の唇まで十センチもない。
俺は高橋を抱きしめたい気持ちに駆られた。
隣にいる高橋に、ゆっくり顔を近づけていく。
もしかして、高橋も同じ気持ちなのか?
そう思った瞬間だった。
「やめて……」
そう言うと、高橋は俺を押し戻した。
俺の気持ちが分かった上で、それを拒否したのだ。
「二人だからって、ペアルームにしたのは失敗だったわ。どうせ空いているんだろうから、ファミリールームに変えてもらいましょう」
病気とは違う、胸の痛みで俺は苦しくなった。
部屋を移ると、俺は知ったこと全てを高橋に伝えた。
淡々とした事務的な情報の告知だった。
そして、ネカフェのディスプレイに、俺のノートパソコンを繋ぎ、映像を表示させた。
個室で、松田と依田が面談している。
その映像には、音声まで記録されていた。
『言われた通りに出来たか?』
依田の声だった。
『ええ。なんのための買い物か、疑問を少し感じました』
『その疑問は捨てろ』
『はい』
俺は映像を見ながら、この松田の状態が『洗脳』されている状態なのか、と思った。
映像とはいえ、松田の態度から『虚な』ものを感じるからだ。
『出してみろ』
松田は体を机の下に入れ、バッグから何かをと出して、机の上にのせた。
練炭の箱、レシート、薬の袋、レシート、と順に並べる。
『よし。よく出来た。今日から更に高いレベルの講義に移ろう』
依田がそう言うと『虚ろ』だった松田の顔がパッと明るい笑顔に変わる。
「やっぱりだ」
俺はそう言って言葉を続けた。
「自殺に使ったものが、自分の意思で買ったものでなければ、警察だって他殺の可能性を調査してくれるだろう」
高橋は首を横に振った。
「意味ないわよ」
「だってレシート引き取ってるんだぞ。依田から返してもらわなければ、自殺した日に松田がレシートを持っていた理由が分からない」
「松田が、依田先生を恨んで自殺したとしたら? 依田が殺した線を調べてもらうように依田に預けたものを松田くんが取り返したのだとしたら」
俺はなぜ、高橋が難癖をつけてくるのかわからなかった。
「俺たちが考えたシナリオじゃないか。松田が依田に殺されたのかもしれないって。なんでここで覆してこようとするんだ」
「私たちに必要なのは推測じゃなくて真実だからよ。これだけの証拠では、足りないのよ。だって今日、住山が何をしたのか、依田は知っているんだから」
俺は行き詰まったと感じた。
危険を冒して『白い塔』に入ったのに、何も得られていないなんて。
逆に、俺がハッキングしているところを録画した映像を依田に与えてしまった。
高橋が立ち上がると言った。
「出かけるわよ」
「どこに?」
「駐車場」




