再侵入
その日朝早く、俺は学校に入ったが、教室には行かなかった。
学校側に欠席の連絡もしている。
以前のように一度教室に入ってから、授業中に早退する作戦は、佐川の授業が都合よくあったからだった。
だが、結局授業が終われば佐川の目に止まってしまった。
今回の方法なら、佐川の授業があろうがなかろうが、校舎内の監視カメラに映らないので、佐川の追求を逃れることができる。
次に白い塔への入室方法だ。
前回は、生体認証を突破するスマートな方法がなく、機器を無理やり外して、ネットワークを介してドアを開けた。停学の理由もその機器を外したことによる『器物破損』だった。今回は、生体認証装置を取り外さずにハッキングする方法を使う。万一侵入が見つかっても、器物破損では停学にすることができないだろう。
外側のカードリーダーにエミュレータを当て、通れそうなカードデータをいくつか流すと、外側のドアが開いた。
俺は風除室に入り、生体認証の機器を確認した。
俺はパソコンを開き、警備室にあるWiーFiに接続すると、そのネットワーク経由で入退室管理のPCへ接続した。遠隔操作してドアを開ける。以前の侵入時に密かに警備室のネットワークを設定変更し、繋がるようにしておいたことが功を奏したことになる。
俺はすんなり中に入ると、塔内の監視カメラの状況を確認する。
地下一階に誰もいないことがわかると、パソコンから警備室のドアを解錠した。
そのまま地下一階に下り、警備室に入った。
仕切りの代わりに下がっているカーテンを開け、その中に入る。
ラックがあって、中には監視カメラのレコーダーがある。
監視カメラのレコーダーに入りきらない過去の映像は、HDDにラベルをつけて取り出してあった。
普通なら何か対策をしただろうが、何もしていないということは、以前、俺が何をしたか、バレていないということだ。そう俺は確信し、俺のノートからラックを解錠した。そして監視カメラの過去映像が入ったHDDを手に取ると、USB変換アダプタをつけ、直接PCの外部ディスクとして接続した。コピーを始めると、終了時間が表示された。
「三十分か……」
この調子なら、三十分くらい余裕だ。
俺はコピーが終わるまでの間、監視カメラのモニタを、スイッチャーで切り替えながら眺めていた。
以前きた時に切り替え方が分からない部分があったが、今回は予習をしてきたので、以前より多くのカメラ切り替えながら、白い塔に配置された監視カメラを端から端まで確認した。
照明のついてないくらい部屋もあり、カメラの能力である程度映像になっている部屋もあったが、暗すぎて分からない映像もあった。
俺は見えなかった部屋をいくつかピックアップして、入退室管理PCと接続したパソコンで、その部屋の照明を点灯させた。
いくつか部屋の照明を点けて、消し、点けて、消し、と繰り返しながら部屋を眺めていくと、気になる部屋を見つけた。
倉庫のように棚があるのだが、見慣れない箱がずらっと置いてある。
俺は画像を拡大して、よくみることにした。
「!」
箱に書かれている文字を読んで、俺は寒気を覚えた。
以前ハッキングした時、監視カメラの画像も抜き取っていたはずだ。
それなのに、なぜこんなことに気づかなかったのか。
今日は部屋の灯りをつけたが、以前は、監視カメラの映像を抜き出しただけだ。だから、はっきり映っていなかった。気づかないのも当然だった。
「まさか」
俺は怖くなってこの白い塔が立って『特別教室』が始まった頃からの、新聞やネットの記事を検索し始めた。
「そんな……」
今、俺は松田が自殺したのではなく『殺された』と確信した。
この特別教室について、松田が何かを調べていたようだが、この事実にまで達していたかは知らない。もし、このことに辿り着いていたら、死は避けられたかもしれないし、結果としてやはり殺されていたかもしれない。
俺は精神的な重圧から、胸が苦しくなるのを感じた。
単なるハッキングで、こんな状況になったことはない。
今まで感じたことのない恐怖、それが原因に他ならない。
俺は慌てて薬を取り出し、舌下に吹きつけた。
コピーが終わると、俺は警備室を出るため、片付けて指紋を拭き取り、追跡されないようログを消した。
そしてカーテンを元通りにして警備室をでた。
通路を静かに歩いていると、地上階に出る階段へ曲がる角に、人影を見つけた。
「!」
俺は後退りした。
通路の角から現れたのは、大きな体の男。
……依田だった。
「またここで会ったな、住山。前回はお前がどういう人間で、ここで何をしていたのか分からないままであったが、今回はお前がどう言う人物で、警備室で何をしていたか、しっかり見させてもらった」
ハッタリかもしれない。応じてはだめだ、と俺は思った。
「気がつかなかったようだな。やはり塔の監視カメラとは別系統にした作戦が功を奏したと言うことだ」
警備室の中が、何も変わっていない理由が『罠だ』と早く気づくべきだった。
「さて、お前の処分を、どうするか、だな」
言葉の響きから俺は『殺される』と感じた。
俺は足が震えていた。
鎮まったはずの胸が、また苦しくなってきた。
「その様子からすると、ここで嗅ぎ回っていると、どういう目にあうのか、知っているようだな」
俺は取り出した薬を舌下に吹きつけた。
依田は俺の行動を冷静に見ていた。
「心臓病か? 何も手出ししなくても死にそうじゃないか」
俺は胸を押さえながら、前回と同じようにパイプスペースへ向かって進む。
半ば笑うような調子で、依田は言う。
「苦しくて走れないのか。ほら、もっと急げ、捕まえるぞ」
俺は胸を押さえながら、移動する。
角を曲がってパイプスペースに入る扉が見えると、絶望した。
「ハハハハッ、今になって気がついたのか。用意周到だったのは私の方だったな」
扉の開け方が変わっていた。
レバーは扉に収まっていて、鍵を回さないと飛び出さない仕組みだ。
「ウッ……」
俺は苦しくてしゃがみこんだ。
「何もしなくてもそのまま死にそうだな。俺が触れたらそのまま天国へ逝ってしまうんじゃないか?」
わざとゆっくり、俺の方に近づいてくる。
その時、俺は気づいた。
身体が反応しているのだ。ということは……
俺はあたりを見回すが、彼女の存在を確認できない。
まさか、以前と同じようにパイプスペース側で待っていたのだとしたら、アウトだ。
もうダメだ。
俺はそう思って目を閉じかけた。
「?」
廊下の天井から、煙が落ちてきた。
依田は過剰に騒ぎ立てる。
「なっ! なんだ、これは!」
あっという間に煙は充満して、自分の肩すら見えなくなる。
「ここからは逃がさんぞ!」
依田の声だけが聞こえる。
同時に、頭に触れる何かを感じた。
「黙ってそれに掴まって」
音声が変えられていたが、俺にはわかった。
高橋だ、それも影武者の高橋。
それを握ると、俺は一瞬の内に煙の外に引き上げられた。




