小芝居
委嘱式の後、パトロールへの出発式などを行なった後、俺は控室に戻ってPCを操作していた。署内のLANに侵入し、パケットの流れを追う。
サーバーを特定すると、パスワードリストから侵入を試みる。
五分も立たないうちに侵入できた。
だが、サーバーに求めるファイルがあるか、探すのが大変だった。
サーバーの能力が低すぎるのだ。
OSはギリギリサポート中のものだったが、そんな古いOSですらまともに動かない。
ましてやハッキングがバレないよう、様々な工作をした上で接続していると、負荷も大きいためますます動きが鈍くなる。
俺は接続を軽くするように動作を最低限に絞った。
さらに能力が低いPCに検索させることをやめ、人間の目でみてファイルやフォルダを絞り込んでいく。
一度、手元のPCに移動させてから検索をかけた方が速そうだ。
俺はギリギリにフォルダ、ファイルを絞ると、転送をかけた。
「遅っ」
ファイルの転送を中断して、もっと絞るべきか、それとも……
署内のホールで『情報セキュリティ教室』を開く時間までに接続を切る予定だった。
情報セキュリティ教室の後は、通信盗聴器を外すタイミングがなくなるからだ。
このままだとファイル転送が終わる前に『情報セキュリティ教室』が始まってしまう。
「住山、どうしたの?」
高橋の声だった。
またしても、俺の意識の外から近づかれた。
最近は、意識しない間に近づかれたことはなかったのに……
普通のスタッフもいる為、俺はPCの画面に打ち込んだ。
『予定通りにファイルの転送が終わらない。だから、予定の時間に盗聴器の回収が出来ない』
高橋にキーボードを渡して、書かせる。
『いつまでかかるの?』
『情報セキュリティ教室が終わるぐらいの時間ならなんとか』
こんなに身体が近いのに、俺は何も反応していない。
姿も声も、高橋には違いないはずなのに……
『回収の時間をずらそうよ』
『あそこに入る理由と時間がない』
高橋は顎を指先で触れ、首を傾げている。
『一か八かは嫌なんだ』
『私がなんとかする』
高橋が微笑んだ。
『やばいって』
マネージャーが高橋に言う。
「休憩時間そろそろ終わりです。住山くんもホールに出る準備して」
「はい!」
高橋の、爽やかな返事と笑顔。
メイクさんが高橋の顔をみて、化粧を整える。
「ほら、住山くんもメイクするよ」
俺は慌ててPCを閉じた。
今メイクしていたら、今決断していたとしても回収は間に合わない。
気がつかれないと信じて、回収しない、という手もあるが……
いやだめだ、あのツールが繋がったままだと『悪意のある第三者』が警察のネットワークに侵入してしまう。
まるで俺たちが善であるかのようだが、警察のデータを破壊しようとか、奪って公開しようとか、そういうことではない。目的は一つの事件の真相が知りたいだけだ。絶対に回収しなければ鳴らない。
「わっ!」
メイクさんが俺のメガネを勝手に外した。
「何するんです」
「メイクするのにメガネかけてる人いないでしょ」
「メイクなんてしなくても」
メイクさんに両耳を外に向けて引っ張られた。
「『なんて』ってどういうことよ、『なんて』って」
「すみません」
「メイクが済むまで、表情を変えないで。表情作るとムラになっちゃうから」
「は、はい」
目の前に置かれた鏡で、メイクさんと目が合った。
「返事はケッコウ。口もなるべく動かさないように」
「……」
じっとしていると『あっ』という間にメイクが終わった。
「こうしてみると、君、イケメンね。コンタクトとかにしたら?」
「絶対いやです」
「まあ、いいけど」
ノックの音がして、広報の人が言った。
「そろそろ『情報セキュリティ教室』を始めますので」
俺は高橋について、警察署のホールへと移動した。
ホールと言っても、段差はなくフラットで、教室のような作りだった。
正面側にプロジェクターの画像が表示され『情報セキュリティ教室』と書かれていた。
並べられたパイプ椅子には、市民のかたが集まっていた。
俺は正面向かって左端で、ボール紙で作ったノートパソコンを持って立っていた。
照明が暗くなると、俺とは反対側の端を通って、高橋が正面に歩いてきた。
大きな拍手と、人気女優を生で見た感想とため息が、教室内にあふれた。
「それではこれから情報セキュリティ教室を始めます」
正面に映し出された動画が動くと、高橋がオーバーリアクション気味に頷いたり、首を傾げてみたりしている。
一度、ホールが明るくなると、また暗くなり『小芝居』が始まった。
俺は、ハッカー側の人間役で、悪い笑顔を浮かべ、ボール紙で出来たノートPCを操作する演技をした。
途中、途中で、動画を止めたかのように芝居を止めると、高橋が割り込んで『解説』をした。警察の広報の人が高橋は話し始めると、カメラのシャッターをバシャバシャと切っていた。
一通りの小芝居が終わると、スーツを来た警官が入ってきて最近のサイバー犯罪について統計や、基本的に注意する点を説明した。
高橋が最後に感想を求められ『皆さんも気をつけましょう』と言うと、教室は終了した。
高橋や俺やスタッフが、参加者より先にホールを出ると、金田さんが言った。
「高橋、次の撮影だが、監督から連絡があってすぐ来いと」
「今日のシーン、私が出るのはもっと後だったんじゃ?」
「脚本も書き換えるそうだ。とにかくすぐ来てくれと」
高橋は黙って頷いて、金田と一緒に控室に急いだ。
スタッフに急かされ、通信盗聴器の回収が出来ないまま、スタッフルームに戻ってしまった。
PCを開けると転送は終わっていた。
後は通信盗聴器を回収するだけだ。
高橋が仕切りの向こうで着替えている間、俺は入り口ホールの警察事務所にどうやって言って入ろうか、考えていた。
着替え終わった高橋が出てくると、俺は機器の回収の件を話したくて、声を掛けようと近づいた。
「高橋、ちょっと」
高橋が俺の方を向きかけると、金田さんが間に立った。
「だめだ、今、高橋は忙しい」
金田さんは、高橋にベンチコートのような上着を着せると、
「裏に回って先に車に乗れ。追っかけも何人かいるみたいだから注意して。あと、これ今日きてた礼服。広報の人に返しておいてね」
「はい」
高橋は無言で、俺に小さく手を振ると部屋を出ていってしまった。
金田さんも、扉を出る時に「富田、後はよろしく」とだけ言って出ていく。
富田さんも、部屋のスタッフに向かって、「撤収準備よろしく」とだけ言って、黙々と片付けをしている。
やばい、と俺は思った。
使える人間が減った上、時間も残されていない。
俺は気づかれないように、朝と同じ事務フロアに入り込み、盗聴器を回収しなければならないのだ。
意を決し、俺は控室で立ち上がる。
「すみません、忘れものがあるので、一階の事務フロアに行ってきます」
「ああ、全員で挨拶するから急いで」
「はい」
俺は一人で部屋を出た。
忘れもの、という形でフロアに入るしかない。
だが、実際はつけて外す作業が必要だ。
作業自体は見られてはいけない。
「すみません、俺朝の委嘱式の時機械を落としたみたいで」
俺はズカズカと事務フロアに入り込んだ。
腕章にちらりと目を動かすと、言った。
「えっと、高橋ひかるの事務所の方だよね」
「すみません、ちょっと探させてください」
「どんなもの、探してあげるよ」
この申し出を、なんとか断らないといけない。
「あまり皆さん見たことがない機械だと思うので」
「そう。変なものは触らないでね」
緩い人でよかった。
いや、それとも、この腕章の力なのか。
俺は探している小芝居を続けながら、目的の机に近づいた。
すると、後ろから声をかけられた。
「あれ、君は朝の」
相当焦っているが、焦っていることを気取られないよう、少しゆっくり目に振り返った。
そこには朝の鼻の左側にホクロがある職員が立っていた。




