一日警察署長
停学が解け、俺たちはまるで何もなかったかのように学校に通っていた。
芸能人『高橋ひかり』の一日警察署長の話は、一気に話がまとまった。
俺たちも急ピッチで準備を進め、ようやく明日の当日を迎えることになっていた。
俺は教室に一人残ってPCを操作していた。
突然、身体が反応した。
俺は振り返ると、そこに高橋が立っていた。
「なんか言ってよ。急に振り返られると、びっくりするじゃない」
「すまん」
やっぱり高橋だった。
俺の身体が、フェロモンというか、匂いを感じているのか、それとも独特の息遣いが聞こえているのか、具体的な理由は全くわからない。ただ、高橋が近づくを身体が反応しているのだ。これは俺が勝手に覚えたのか、高橋にそうなるよう仕向けられたものなのか、それすらもよくわからない。
「準備できたわね?」
「ああ。今確認してた」
「先生に明日休むこと、伝えた? 私はいつものように封筒で渡してるけど」
キーボードに触れていた指を止めて、返事をする。
「言われた通り申請したよ」
「じゃあ、明日よろしく」
高橋が帰ろうとすると、角田がやってきた。
「よお、お二人さん。作ったファイルみてくれた?」
「ああ、見た。ありがとう」
俺は角田が差し出す手を握り、握手をした。
「明日だな」
「ああ。平日だし、角田は大人しく学校に通ってくれ」
「マスコミもくるってことだから、気を抜かないでね」
「お前もな」
高橋は自らの胸に手を当てて言う。
「マスコミがいるなんて、私にとってはいつものことなのよ」
影武者のくせに、と俺は思う。
「さあ、一緒に帰るか?」
俺たちは一緒に教室を出て、学校の外に出た。
帰り道、ネカフェの前にくると、高橋が指をさした。
「すまん。俺は帰る」
角田はそう言って手を振って去っていった。
「高橋はどうする」
「今日はやめとく」
なんだろう。俺は妙に緊張し始めていた。
分かれ道で立ち止まると、高橋が手を振る。
「住山」
「何?」
「……やっぱりなんでもない」
高橋はそう言って背中を向けると、歩いていってしまった。
高橋は何が言いたかったのだろう。
いつもの学校帰りと違う緊張感の中、俺はそんなことを考え始め、よる遅くなるまで寝付けなかった。
朝、俺は警察署近くのコーヒーショップでコーヒーを飲んでいた。
今日は『高橋ひかりの一日警察署長』が行われるため、事務所のスタッフと合流する必要があった。スタッフの指定が、この店だったのだ。
夜遅くまで起きていて、かつ、朝が早かったため、コーヒーに砂糖を入れずに飲んでいた。そもそも熱い飲み物が苦手な上、ブラックを飲みつけていなかったので、少しずつ、少しずつコーヒーを飲んでいた。
そうやって待っていると、意識していないタイミングで呼びかけられた。
「住山」
「?」
「おはよう」
呼びかけられた場所にいたのは高橋だった。俺は緊張と寝不足からか、身体がいつもと違う気がした。
スーツを着た男性が高橋の背後から、近づいてきた。
「住山くんだね。ここは狭いから、あっちの席に移動しよう。まだ来てないスタッフもいるが、君には先に話しておきたい事がある」
俺は言われた通り席を移動した。
スーツの人は、金田というマネージャーさんで今回の一日警察署長を仕切ることになっているらしい。
金田さんが警察と打ち合わせて、今日の流れを決めたのだということだ。
「君に先に言っておきたいことがある、今日、君が失敗しても事務所側は一切知らぬ存ぜぬを貫く。覚悟しておいて。いいね」
俺は唾を飲み込み、頷いた。
そう、ここは学校ではない。オイタが許される世界ではないのだ。
「あとはまあ、気楽に。進行表の通り、時間内に作業を終わらせてくれば、それでいい」
俺も事前に進行表はもらっていた。
言い終えた金田さんの表情が柔らかくなると、他のスタッフも感じたのか、席を移動してきた。
金田さんを中心に、皆んなが雑談をしていると、スタッフが一人、また一人とやってきた。
「ちなみに、住山くん、今日の『一日警察署長』の主旨はわかってるかな?」
「『サイバー犯罪撲滅』と『地域の防犯強化月間』をアピールするためですよね」
言いながら、皮肉な内容だ、と俺は思った。
最後の一人がくると、簡単な打ち合わせが始まった。
金田さんが仕切り、進行表を読み合わせながら注意点を指示していく。
「住山くんは、市民の人に説明するときの演出を手伝ってもらう」
警察署の中にある小さなホールのようなところで、集まった人たちにサイバーセキュリティの必要性を訴えるらしい。
高橋は一日警察署長なので警察官の役、一般市民役を事務所の女性スタッフが、ハッカー役を俺がすることになっていた。
「ここは『怪しいUSBメモリを挿したら危険だ』というシーンだ」
「あの、なんでエプロン付けてるんですか?」
「主婦を想定しているからだが?」
ちょっとズレている。
「怪しいUSBを拾う主婦はあまりいないので、設定をオフィスにして、スタッフさんもOL風の格好をすることは出来ませんか?」
「わかった。朝の中に先方の関係者と話をしてみよう」
これが終われば、俺は署内で控室として使わせてもらう部屋にいればいい。
その間にどれだけハッキングが出来るかが勝負だ。
進行の確認が終わって、金田さんが言った。
「よし、時間になったら翔頭署に移動しよう。それまで休憩」




