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HAKOBUNE MEETS   作者: vincent_madder
Arc-1-
8/10

第八話

(連れてって…だと…?)


杏が呆れて言葉を探しているうちに、アオイはボストンバッグを先に座席へ放り込んでいた。ステップに足をかけ、グラブバーを掴み、勢いをつけて体を引き上げる。


「へー結構見晴らしいいのね」

シートに収まるなり、アオイはフロントガラスの向こうを眺めて言った。乗用車とはまるで違う、朝日が照らす道路が、ずっと先まで見渡せる目線の高さ。


「どしたん?」

杏はハンドルに腕を預けたまま尋ねた。

「センパイがさ、行ってこいって」

「…なんで?」

謹慎中のパイロットが、ヒッチハイク。しかも確信犯的な。どう考えても事情がある。


「べ、別にいーじゃん!ダメなの!?」

「はぁ…はいはい、ほら行くぞシートベルト忘れんな」

「はーい。トラックって結構席離れてるのね」

アオイはシートベルトを引き出しながら、運転席と助手席の間に横たわる距離を物珍しそうに眺めた。


「そりゃ大型だからなっと」

杏は慣れた手さばきでトラックを右折させる。空荷のトレーラーがゆっくりと道路をなぞっていくのを、アオイは窓に張り付いて見ていた。


ひとしきり車内の観察を終えたアオイの視線が、ダッシュボードの上で止まった。

「ねえこのガラクタ?なに?」

「ガラクタ言うな。これは俺のトラックのプレートだよ」


鉄板を叩き直したが、平らにはもう戻らない屋号。アオイはプレートを手に取った。


「【一番星】…?それともワンスター?」

「一番星で合ってるよ」

「なんで一番星?」

「なんでかな…パッと浮かんだんだ」


アオイはしばらく逆光にプレートをかざしてから、元あった場所へそっと戻した。少し傾いたので、杏は信号待ちの間にそっと指先で位置を直した。



高速道路に乗ってからは、特に会話もなかった。

一定の間隔で流れるジョイントの通過音。流れていく防音壁。


アオイはショートパンツの後ろからスマホを取り出し、ずっと画面をいじっていた。杏は杏で、久しぶりの高速の感触を確かめるようにハンドルを握っていた。


どれくらい走った頃だろうか。


「ねえ」

「ん?」

「…魔法。使えるんでしょ…?」

スマホは膝の上に伏せられていた。アオイは前を向いたままだった。あの日の格納庫。警報に断ち切られた質問の続きだと杏は思い出した。


「なんでそう思う?」

「は?あたし分かるって前に言ったでしょ!?今だって使ってるじゃない!?」

「うあー…完全にいつものクセだ…やっちまったぁ…」


杏はハンドルを握ったまま天を仰いだ。荷台の荷重を打ち消す、いつものアレ。

空荷だろうが何だろうが、高速に乗れば勝手に手が、身体が動いてしまう。染み付いた貧乏性だった。


「…で?」

アオイが横目でこちらを見ている。もう誤魔化しようもなかった。


「…重力魔法の一種だよ。荷重を打ち消してる」

「なんて宝の持ち腐れなの」

「何言ってんだ。ガソリン代もタイヤ代も馬鹿にならねーんだぞ」

「へんなのー」

アオイはそう言って、またスマホに視線を戻した。


それきりだった。詰問も追及もなかった。杏は拍子抜けした気分で、ミラー越しに後ろを流れていく景色を見た。



太陽も真上を指そうかという頃。今度は杏の方に顔を向けてアオイが尋ねた。


「ねえ」

「今度はなんだよ」

「笹山一等官、サキさんとこの前一緒にいたでしょ」

「あーあの日。それがどした?」

「べ、別に!仲良さそうだなーって」


アオイの声が、ほんの少しだけ上ずっていた。杏は気にも留めずに答える。


「幼馴染なんだよ。なんだかんだ言って付き合いは長いな」

「付き合いって…彼氏彼女じゃない…の?」

「んなわけあるかーい」


即答だった。あまりの迷いのなさに、アオイはかえって鼻白んだ。

(サキさんかわいそー)

あの人、絶対そんなつもりじゃないと思う。そう女の勘が告げていた。


じっとりとした視線が、運転席の横顔に注がれる。

「なんだよ」

「べっつにー」

「…そろそろ休憩するぞー」


杏はウインカーを出し、トラックを左のレーンへ滑り込ませた。



パーキングエリアで缶コーヒーとジュースを一本ずつ空けて、二人はまた走り出した。


しばらくして、アオイのスマホの画面に地図が表示された。現在地を示す青い点を、アオイは指で何度かつついた。


「っていうか研究所こっちなの?」

「いや違うけど」

杏にとっては、なんの気なしの返事だったが、みるみるアオイの顔が歪んでいく。


「なんで…?はっ!サイッテー!なんてイヤラシイ!信じてたのに!」

「いやいやいやなになになに?」


「あたしまだそこまで許した覚えないんですけど!」

「はぁ…?道すがらの配送を請けただけだよ。まずは荷積み」


空のコンテナを引いて、片道何百キロを走る。運送屋の血が許さなかった。ついでに言えば、財布も許さなかった。


「またその目!心の中で!まさぐってイヤラシイ!」

「…フォーク使えないから手積みだからな。覚悟しとけ」

「…テヅミ…なにそれ?」


すれ違う二人を乗せて、トラックは高速を降り、下道を進んでいった。

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