第五話
司令室のメインモニターには北東の荒野を進むアノマリーの巨体が映し出され、着弾の光がその輪郭を縁取るたび、砲撃音が数秒遅れてコンクリートの壁越しに届く。
オペレーターたちの声が計器の電子音に混ざり喧騒を彩っていた。
「アノマリーの様子は?」
サキがコンソールの背後から声をかける。
「通常兵器で足止めがせいぜいです」
「ホント変わり映えしないのねアレ」
「変わられたら困りますよ。今までのデータがおじゃんです」
オペレーターの軽口に肩をすくめ、サキはヘッドセットのスイッチを入れた。
「リーパーへこちら司令室。アノマリーはいつも通り」
一拍置いて、回線の向こうから返答があった。
「こちらリーパー。ちょっと試したいことがある」
「指示を請う」
「ちょっとANGER打ち出してもらえる?」
司令室の空気が、一瞬だけ固まった。
♢
その頃格納庫の一角で、けたたましいブザーとともに床が割れ、巨大なカタパルトレールがゆっくりと傾斜をつけ始めていた。
「リーパーからのリクエストだ!機体をアノマリー直上までぶっ飛ばすぞ!」
先輩の号令に、整備員たちが弾かれたように散っていく。固定具を担いで走り出しながら、杏は思わず隣の先輩を見た。
「バズ狙いじゃあ、ないっすよねえ」
「んなわけあるか!おっ?あんちゃんやる事ある?ないよな?新入りだものな」
「あんじゃなくてきょうですって」
名札を指す間もなく、先輩はずいと顔を寄せてきた。
「カタパルトの出力が足りん。お前、カバーしろ」
杏の手が止まった。
「…どこまで知ってるんですかマジで」
「それくらいだったらカルマに影響しないだろ?」
「…」
沈黙で返す杏。先輩は面倒くさそうに頭を掻いた。
「わーったよ。今日の夜さ、お前の歓迎会あるだろ?そこで話すよ」
「…射出タイミングだけですからね」
「それでいい。飛んでる間にやるとリーパーにバレる」
「了解ぃ!」
「よし!向こう側回ってこい!」
杏はレールの反対側へ駆け出した。頭上からは、クレーンから解き放たれた赤と白の巨体。
ゆっくりとカタパルトへ据えられていくところだった。
♢
街外れの倉庫街にも避難警報のサイレンが響き渡っていた。
「この前アノマリー来たばっかりだってのに…」
倉庫番のおっちゃんは腰に手を当てたまま、動こうとしない。
「もう主任!いいから早く避難しますよ!」
同僚のお姉さんが腕を引っ張ったその時だった。
ズドン!
大気を殴りつけるような轟音が街全体を揺らした。
「ほらいわんこっちゃない!」
「なんだよ新型の魔導砲か?とんでもない爆音だな!…ん?」
おっちゃんの視線が空の一点で止まる。周囲の避難民たちも、つられて足を止めた。ざわめきが波のように広がっていく。
「たまげたなぁ。ANGERが空飛んでらあ」
「え!?うそどこ!?」
お姉さんは避難も忘れてスマホを空に向けた。
雲を裂いて、赤と白の巨体が放物線を描いている。その先には、荒野に佇むアノマリー。
ANGERは音もなく、アノマリーめがけて落下していく。アノマリーは避けるでもなく、迎え撃つように両手を広げた。
「…アノマリーとガチンコする気か!」
「主任はパンチ派?キック派?」
「ダイビング・クロス・チョップ派だね」
「なんですかそれ?」
「ANGERがいまやってる技」
♢
ズドォン!!
地揺れも収まり、土煙も晴れた頃、荒野にはアノマリーとがっぷり組み合ったANGERの姿があった。
「こちらリーパー。損害は軽微。SSM群は対象のロックオン維持!」
「HQ. Copy that. Over.」
オペレーターの応答に被せるように、アオイの声が続く。
「こちらリーパー!新入り聞こえてる!?」
「館内放送にリンクします」
「こちらリーパー!新入り!聞いてるんでしょうね!?」
基地中のスピーカーが、少女の声を撒き散らした。カタパルトの固定具を片付けていた杏の手が止まる。周囲の視線が、一斉に刺さった。
「はい?」
「これが!」
モニターの中で、ANGERがアノマリーと腕を入れ替えて四つ組みになる。
「ANGERの!」
「SSM全弾発射」
サキの冷静な声が割り込み、基地の外周から無数の白煙が立ち昇った。
「ちからぁぁぁあ!」
「ANGERのブースター点火を確認」
ANGERの背が火を噴く。組み合ったまま、アノマリーの巨体が市街地のさらに先へと押し出されていく。
「だからなんで肉弾戦なの…」
杏は固定具を抱えたまま、遠い目で呟いた。
ANGERはアノマリーを山肌へ押し付けると、すかさず距離を取った。
空けられたその間合いへ、ミサイルの雨が降り注ぐ。そして弾着。山の稜線が爆炎に飲まれた。
「観測班。状況は?」
「視界不良。待たれたし…目標ロスト」
爆煙が収まった頃、山肌に残されていたのは巨大なクレーターだけだった。アノマリーは、再び消えていた。
♢
その夜。
基地近くの居酒屋の座敷は、整備部の面々でぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「はーい。じゃあ乾杯の音頭を新人くんにおねがいしようかなー」
先輩に促され、杏はジョッキ片手に立ち上がった。
「お疲れ様です。鈴下 杏と言います。歳は27。トラック稼業してましたが縁あって整備部にお世話になります。じゃあ乾杯!」
「「かんぱーい」」
あとはもう飲めや食えや唄えやのどんちゃん騒ぎだった。宴も少し落ち着いた頃に、先輩がグラス片手に杏の隣へ腰を下ろした。
「いやー今日も大活躍だったねー」
「まさか発進シークエンスまで整備部が手伝うんですね」
「潤沢な人員配置じゃないからね」
杏はジョッキを置き、声のトーンを落としながら尋ねた。
「先輩はなんで魔法知ってるんですか」
「そりゃあ一般教養だからでしょ」
「え!?先輩やっぱり魔法使えるんスか!」
聞き耳を立てていたらしい整備部メンバーが身を乗り出してきた。
「おうよ」
先輩はまるで手にステッキでも持っているかのように、手首をくるくると回してみせた。
「お前が他のテーブルに動く魔法〜ぅ」
「あ〜れ〜」
メンバーは自分の座布団ごとずるずると隣のテーブルへ転がっていった。
その光景に杏はカッと目を見開いた。
「す、すごすぎるッ」
「バカ言ってんじゃないよ、まったく」
先輩はジョッキをあおる。杏は笑いを引っ込めて、続けた。
「じゃあなんでカルマのこと知ってるんスか、一般教養じゃないでしょ」
先輩は顔を上げて遠くを見つめるように目を細めた。
「…強大な魔法を行使した際に現れる身体的負荷。症例は少ない」
「…」
「見たことがあるんだよ。だから知ってる。俺がどうこうじゃない、けどな」
それ以上、先輩は語らなかった。ちょうどその時、離れたテーブルから「新人くーん!」と杏を呼ぶ声が上がった。
「ほら行ってこーい」
先輩はまた、手首をくるくると回した。
「はぁ…あ〜れ〜」
杏はやれやれと立ち上がり、自分の足で隣のテーブルへ転がっていった。
♢
一次会がお開きになり、一行はネオンの海を二次会の店へと流れていた。その途中だった。
路地の入り口で、いかにも不良系格闘技番組の一次オーディションに落ちそうな風体の三人組が、酔った勢いそのままに絡んできたのは。
「あー、はいはい」
対応に出たのは先輩だった。他の整備部のメンバーはといえば、加勢する様子もなく、少し離れたところでスマホを覗き込みながら二次会の店を吟味している。
(いや、ノールックかよ)
さすがに三対一は劣勢だろう。杏は先輩の隣に並び立とうとした——が、先輩の腕がすっと横に伸びて、それを制した。
「まぁまぁ落ち着きなよお兄ちゃん達、な?」
そう言って、先輩はゆっくりとメガネを外した。
途端、ヤンキーの一人の動きがぴたりと止まった。
残る二人は最初それに気づかず息巻いていたが、ふと不思議に思って横を見ると、そこには顔面蒼白で固まったお仲間。
目の前の先輩と様子のおかしい仲間、どちらに対応したらいいのか分からずに、二人はあからさまに慌て始めた。
先輩がふっと視線をきる。すると、まるで金縛りが解けたかのように、固まっていたヤンキーがどっと膝から崩れ落ちた。
残る二人はそれを両脇から介抱しながら、夜の街へ悪態をつきつつ去っていった。
「先輩。魔法使えたんですね」
「あん?使ってないよそんなもん」
「へ?」
「あれは武術。ほら店決まったみたいだ、いこうぜ」
先輩はメガネをかけ直し、何事もなかったかのように歩き出した。
杏は去っていったヤンキーの背中と先輩の背中を交互に見比べ、この職場のネジのゆるみ具合に、深いため息をひとつ落としながら、みんなと合流した。




