第二話
「いや、廃車にしたほうがよくねえかコレ?」
修理工の親父は心底めんどくさそうな声をあげた。
視線の先にあるのは、かつてゴリゴリのデコトラカスタムがされていたはずのトレーラーヘッド。
【一番星】と誇らしげに書かれたプレートは、ひしゃげたルーフの鉄板に挟まれて完全に現代アートと化している。上から降ってきたビルの残骸は、杏の愛車を文字通りペシャンコに変えていた。
「乗用車じゃねーんだぞ。今から新車発注して納車までに何年かかると思ってんだよ」
杏は自動販売機で買った缶コーヒーをすすりながら、修理工の親父に言い返した。
「じゃあ中古を探すか…っても、街がこんな状態じゃあな。出回るタマもねえよ」
「どのみちしばらく動けないし、次の配送の仕事も受けてねえ。気長に直してくれよ、な?」
「ま、そう言うなら…」
親父はため息を吐きながら作業着のポケットに手を突っ込み、杏の顔を覗き込んだ。
「お前さん、これからどうすんだよ。動かす車がなきゃ一銭にもならねえだろ。飯のタネがあがるまでウチで働くか?」
「いや、いい。ちょうど良さそうなのがあったから、コレの面接受けてこようかと」
杏は作業ズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、画面を親父に向けた。チカチカと安っぽいエフェクトと共に再生されているのは、いかにもSNSの広告にありがちなショート動画だ。
『未経験者大歓迎! アットホームな職場です! 衣食住完備! 整備員大募集!』
あからさまな怪しさに親父の顔がゆがむ。
「まあ好きにしな。じゃあ目処がついたら連絡するからな」
「よろしくお願いしまッス!」
♢
翌日。
街外れにそびえ立つ、巨大なコンクリート建築の前に杏は立っていた。
お役所の庁舎とアニメに出てきそうな要塞を足して二で割ったような、愛想のない巨大建築物だ。エントランスの自動ドアをくぐると、ひんやりとしたエアコンの風と共に、一人の女性が立ちはだかるように仁王立ちしているのが見えた。
「まさか貴様がここに来るとはな。それも面接だと。笑わせる」
カチッとした制服に身を包んだその女性は、髪を揺らしながら、蔑むような、それでいてどこか値踏みするような視線を杏に投げた。
「なんでお前!?え、就職先ここだったの?」
彼女の名前は、笹山 サキ (ササヤマ サキ)。
「残念だったな。私も転職でキャリア採用だ。」
「相変わらず男勝りだな。はよ彼氏作れや」
杏はジト目でサキを見上げながら悪態をついた。
「…ここは我慢してやる。仕事中だ」
サキはピクリと眉を動かしたが、深くため息をつくと、杏の手元にあるクリアファイルへ視線を落とした。
「で、面接はどこでするか知ってる?人事部ってどこなんだ?」
「もういい。採用だ。私から上には説明しておく」
「そりゃどうも。って面接ってもしかしてお前だったの?」
サキは杏の質問をスルーした。
「明日、同じ時間に来い。遅刻は許さん」
「ありがとよ、サキちゃん」
「ふん」
杏は入ってきたエントランスを同じように通り帰っていった。
背を向けて歩き出すサキのヒールの音が、静かなロビーに硬く響いていた。
「縁故採用とは言え、あまりにもザルではないのですか?」
基地の奥、薄暗い執務室で、書類をめくる音が響く。サキの前に座る上官らしき男が、眼鏡の奥の目を細めて手元の紙を叩いた。
「面接くらいしても良かったんじゃないですか、笹山サキ一等官」
「鈴下杏の持ってきた履歴書です。形式上の面接に意味はありません」
「特に不思議はありませんね」
サキが別のファイルを上官へ渡す。
「こちらが、当局が裏で調べた彼の経歴の一覧です」
男はそれを受け取り、一瞥して動きを止める。
「中学卒業から、現在に至るまでの…一切、空白、ですか」
「ご理解いただけましたでしょうか」
「希望の部署が整備部です。アレを触られるには、その、あまりにもですね…」
「お気持ちは判ります。ただ…」
サキは真っ直ぐに男を見据え、迷いのない声で言った。
「悪い男ではございませんので」
♢
さらに翌日。
「ここが格納庫だ」
案内役の先輩整備員は、よれよれのツナギのポケットに両手を突っ込んだまま、眠そうな声で言った。
自動の隔壁が開くと、そこにあったのは杏が想像していた「小綺麗な自動車工場」とは程遠い、オイルと焦げた鉄の臭いが充満する巨大な地下空間だった。
「格納庫?整備工場じゃないんスか?」
「メンテナンスはしてるぜ? ほら、あそこ」
先輩が顎で示した先には、2台の巨大なクレーンに吊るされた、あの赤と白のロボットがあった。
一昨日の戦闘のときのまま、両腕は完全に引きちぎられ、装甲の隙間から油圧のホースが内臓のように垂れ下がっている。
杏は、やっちまった、という顔でロボットを見上げる。先輩は慣れた様子で説明を続ける。
「今回は結構ハデにやられちまったんだ。知ってるだろ?A.N.G.E.R. Arcane National-grade Guardian Entity Robotの略だよ」
「知ってるっていうか…この前見たっていうか…」
杏がその巨体を見上げ、足元に転がっている千切れた外装に歩み寄ろうとした、その時だった。
「ちょっとアンタ誰よ!? 勝手に触らないで!」
甲高く、ドスの利いた声が頭上から降ってきた。
杏と先輩が見上げれば、キャットウォークの手すりから身を乗り出し、パイロットスーツのジッパーを半ばまで下げた一人の少女がいた。
「いや、触ってねーし。見てるだけだろ」
「触ってたわ! 心の中で! まさぐってイヤラシイ!」
「……」
とんでもないお転婆娘だ。杏は呆れたように口を半開きにし、隣に立つ先輩を振り返った。
「先輩ぃ?もしかしてここが『万年整備員募集中』な理由って、あの」
「彼女の名前は、柚之原 葵。ANGERのパイロット。コールサインはリーパー」
「いや聞いてないんスけど」
先輩は深く、深くため息をつき、耳を塞ぐようにして奥の方へ歩いていってしまった。
上空からの罵声をBGM代わりに聞きながら、杏はこれからの日々に思いを馳せた。
タバコの本数が増えそうだ。
(一緒にこいつのネジもしめたろか?)




