第一話
「ここを左に曲がれば…っと見えてきた、あそこだな」
ドライバーは内輪差を気にしながら、大きく道路を左折する。乗用車ではなくトラックだからだ。
更に細かくいうと今日は40フィート。トレーラーヘッド側は今は珍しくなってしまったデコトラのカスタムが彩り、上部には【一番星】の文字が存在を主張していた。
彼は街から街へ荷物を運ぶ運送業を営んでいた。今日も依頼主からの荷物を指定された倉庫へ運び、まさに現地に到着したところだった。
なぜトラック稼業をしているのか、色々彼にも理由はあるのだろうが、前世でトラックに跳ねられて転生したから、というのもひとつある。
「さて夕飯どうするかな」
コンテナを切り離し、書類にサインをもらうその時、異変が起こった。
♢
街中に響き渡るサイレン。見上げる周囲の人々。
《ただいま避難警報が発令されました。落ち着いてシェルターへの避難を—》
「なんすか一体?」
「ああ君はこのまち初めてかい?いつものことさ」
「いつもこうなんですか?」
「まあアノマリーが出るとサイレンが鳴るね」
ドライバーは目を見開き尋ねた。
「アノマリー…マジすか、あの怪獣みたいな?」
「怪獣というよりかは、なんか敵の巨大人型兵器って感じだね」
「なんでそんな落ち着いてるんすか」
「街まで入ってきたことないもの。」
そんなやり取りを倉庫番としていると地面が揺れた。
「ほらね。これが出撃の合図さ」
「出撃?」
「そう。彼女が頑張ってくれるから街は平和なんだ」
「彼女?」
「パイロットが女の子って噂なんだよ。実際はオッサンかも知れんがね」
「はあ」
「ほらここからでも見えるぞ、あれだ」
ゴツく角ばったスタイルのロボットがズンズン二足歩行しているのがドライバーの目に入ってきた。
ここからでも見えるということは相当の大きさだということが彼にもすぐわかった。ただそのカラーリングの奇異がドライバーには不思議だった。
「なんで赤と白なんですかね。目立ちまくりじゃないですか」
「広報も兼ねてるんだとよ。ほら、あんちゃんも避難しなよ」
ドライバーは名札を指しながら反論した。
「あんちゃんじゃなくて、これでキョウって読むんですよ。鈴下杏」
♢
結局、杏はシェルターに避難することなくトレーラーヘッドを運転して街の外へ出ることにした。倉庫番の話ぶりだと、そこまで危険な状態だとは思わなかったからだ。
「早いとこズラかろうっと」
幹線道路から高速へ入り込みもうすぐ分岐に差し掛かろうというところだった。
左側の遠くの方で砂煙が上がっている。2つの影が重なったり離れたりを繰り返していた。
ところが急に一体が街の方へ向かい出した。もう一体が後ろからしがみつくが侵攻を止められていない。
「おいおいおい!」
そのままアノマリーはビルや家々をなぎ倒しながら街の中心部へ突き進む。やがて思い出したかのように、しがみついたロボットを引き剥がすように体を振った。
宙返りになりそのまま地面に叩きつけられるロボット。
見惚れていた杏の眼の前に分岐が迫る。
右に行けば騒動から離れられる。安全だ。左に行けば騒動までまっしぐら。彼にできることはそう多くはない。それでも—
杏は迷うことなく、ハンドルを左に切った。いまにも負けそうなロボットを見て自分の知らない【誰かを助けられなかった後悔】が全身を貫き、突き動かしているのを感じていた。
高速道路はまるで導くかのようにアノマリーまで真っすぐ伸びていた。
♢
コクピットの中ではノイズが走った声が繰り返しパイロットに呼びかけていた。
「カムイン、リーパー!聞こえますか!?応答してください!リーパー!」
「…うぅ」
「ちょっと大丈夫なの!?アオイ!しっかりして!」
「…No name. オープン回線で名前出さないでよ…」
「…状況の報告を」
彼女はコクピットを見回す。モニターはヒビ割れてまっくらなのがちらほら。アラートは響き渡り、各計器類は大半がストライキを起こして機能をやめていた。
「まだ行ける…ジェネレーターとパワーゲインはまだ生きてるわ…」
「両腕の機能はダウンしてるのよ…どうするの」
「ダウンって…ちぎれてるって言えばいいのに。でもやることは決まってるわよ」
「聞かせてちょうだい」
「ブースターにエネルギーを集中。飛び起きてそのまま体当たり。街の外まで押し出す」
「そんな隙あるわけが…」
オペレータの声が二人の間に割り込む。
「トラックが一台突っ込んできます!メインモニターに回します!」
高速道路を猛スピードで走るトレーラーヘッドが画面に映し出される。
「なにしてんの!?しかもデコトラ!?」
そのタイミングでアノマリーが高速道路を踏み潰し、その足が壁のようにトラックの前に立ちふさがった。
「リーパー!動ける!?」
「ダメ…!間に合わない…!」
♢
トレーラーヘッドは唸りを上げながらアノマリーへ向かっていた。スピードメーターはずっと90キロを指したまま。杏はずっと前を見つめていた。
「怖えぇ〜。ずっとやってきたことの応用だけど…こええなぁ〜」
彼は落ち着かない様子で手を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。
「大丈夫。できる。荷台の荷重を打ち消すヤツの応用だ。できるって」
杏は何度も自分に言い聞かせる。
「こんなにドサクサなんだ。一瞬の出来事さ。バレやしねえよ」
—モシアノトキコノマホウデツナミヲトメルコトガ—
自分の知らない後悔がさらに杏を駆り立てる。そしてあと数百メートルと差し迫った頃、アノマリーが高速道路を踏み潰し、眼の前にビルのような足が現れた。
ブレーキは踏まなかった。踏めば死ぬ。踏まなくても死ぬ。
「だからこそ!—◯◯◯◯!」
♢
「衝突します!」
オペレータが叫び、アオイは割れたモニターの一つでそれを見た。
デコトラのヘッドが、鉄骨の塔のようなアノマリーの足に真正面から突っ込んだ。
ぐしゃり、と音がした。
(こんな特攻になんの意味が?)
彼女にはまるで理解できなかった。
そして次の光景がさらにアオイを困惑させた。
「…は?」
アノマリーの膝から下が、まるで踏まれた空き缶みたいにクシャクシャにひしゃげていた。デコトラは傷ひとつなくその手前で停まっている。
「なに…いまの…」
アオイ達は誰もなにが起きたのかわからなかった。
だが、潰れた足が巨体を支えきれず山が崩れるようにゆっくりとアノマリーが傾き始めるとその隙を見逃さなかった。
「リーパー!」
「見えてる!」
アオイは操縦桿を引きながら踏み抜く勢いでペダルを蹴り飛ばす。
ロボットのブースターが火を噴き、仰向けのまま起き上がり始め、スラスターコントロールだけで上体をひねりながら倒れ込むアノマリーの巨体の下へ肩から潜り込んだ。
いわゆる土手っ腹へのタックルである。
「おりゃあああああああ!!!」
アオイはそのままスラスターの出力を上げ、アノマリーを街の外へ押し出していく。
そしてさも曲芸のように肩の部分だけでアノマリーを投げた。
巨体が宙を舞い、街の外れへ地響きとともに叩きつけられた。
♢
「だからなんで肉弾戦なんだよ…」
杏はハンドルに突っ伏したまま呻いた。言葉は冷静だったが、まだ彼の心臓はバクバクだった。
砂煙の向こうで、アノマリーがのそりと起き上がる。
「うわ、起きた。ウソだろ、まだやんの」
流石にこれ以上の手を打つことは杏も困惑した。
(さすがに目立ちすぎる)
杏が頭を抱えかけたその時、アノマリーは、ふいに全く別の方角へ顔を向けた。まるでなにかに呼ばれたように、じっと動きを止める。
それから首だけを戻し、ロボットを見た。目なんてどこにもないくせに、杏には、それが「睨んだ」ように見えた。
次の瞬間、アノマリーの輪郭がゆらりと滲み——虚空へ溶けるように、消えた。
♢
杏はトラックを降りた。膝が笑っていて、よろけそうになりながら周りを見渡す。無事とはいかないが及第点だろう。そう思いながらポケットからタバコを取り出す。
振り返って愛車を見上げる。【一番星】の文字が光を放っていた。
だが手がまだ震えるせいで火がなかなか着かない。
1回。
2回。
3回目—その瞬間だった。
先程の戦闘で傾いていたビルが断末魔みたいな軋みを上げて倒れた。
トレーラーヘッドの真上に。
「うっそでしょ」
砂埃が晴れる。瓦礫の隙間から【一番星】の文字が、ペシャンコになって覗いていた。




