予備の勇者パーティーが魔王の首を持って帰ってきた。(2)
「国王陛下がこちらでお待ちです」
王城の広間は、冷徹な静寂に支配されていた。 高い天井に、勇者たちの濡れたブーツがたてる「グチャリ」という嫌な音が反響する。
勇者パーティーは王に拝謁した。しかし拝謁という言葉を使うのはいささか適当ではない気がする。勇者パーティーの4人が決して誰も王に膝をつくことはなかったからだ。4人全員がただ空虚な目で国王を見つめている。広間に静寂が漂った。真夜中であったため貴族も城におらず、その場にいたのは数人の使用人と護衛騎士だけ。使用人達が恐る恐る国王に敬意を示すよう催促するも、誰も耳を貸さない。国王も初めは、目を丸くしたものの、諦めてそのまま王座へと座った。
「よく帰ってきた。『666.5期』…勇者カイゼルたちよ。まさか聖武器を持たない君たちが魔王を打ち倒すなど1年前に誰が予想できたじゃろうか。国王直々に褒めて遣わ…」
「そんなことはどうでもいいの。また出立しないといけないから」
僧侶ミゼルが国王の言葉を遮った。神に使え、人々に奉仕を行う僧侶という職業に就く者とは到底思えないような、治安の悪い顔をしている。鮮やかなピンク色の瞳とは相対的にその顔色には生気がなく、一つにまとめた髪の毛ももう何ヶ月も手入れがされていないようで、元の色がピンクなのか茶色なのか、判断ができないほどだ。
「また、出立する…?」
国王がわざとらしいほどに首を傾け、眉を顰める。その様子を見て勇者パーティーの警戒心はますます高くなり、ピリついた雰囲気に包まれた。彼らは王家にある疑念を抱いていたのだ。
「質問には質問で返そう。国王。お前、なぜ私たちが魔王を倒してきたと分かった?」
並の人間より縦幅は2倍はあるように思われる屈強そうな男は、虎をも睨み殺してしまいそうな剣幕で王を見つめる。肩に担いだ巨大な戦鎚が、床に触れるだけで石が軋んでいた。
「ダルク様!国王陛下の御前でございます!」
使用人達が、国王への無礼を控えるよう警告してもやはり彼らは返事もしない。それどころかまるで床に吐き捨てられた痰を見るかのような瞳を向けられる始末だ。お世辞にも、国に忠誠を誓って旅だった勇者一行には見えない。
「よい。お前達。下がれ。」
国王はすっかり怯え切った使用人達を広間から退出させ、広間は完全に5人だけの空間となった。使用人達とは違って、国王は勇者パーティーから溢れ出る負のオーラに当てられていないようで、いつも通りの為政者的な口調を続けた。
「…さて。なぜ君たちが魔王を倒してきたと分かったか…じゃったかな?それはもちろん、勇者パーティーが帰ってきたのなら、その理由は一つじゃからな。見ずともわかる」
悪びれもなくいうその姿の偽りのものなのか、はたまた…。勇者パーティーは瞬き一つせずにこの国の最高権力者を睨み続ける。
「はっ…。聖武器も持っていない私たちを陛下がそうも簡単に信じるものでしょうかね?…もしくは、『666期』が戻ってくることはないと知っていたのでは…?」
皮肉めいた言葉を放った男の名前はヴェルド。血に染まった水色の長髪をグシャリとかき上げて、国王を睨みつける。冷静そうな顔をしているが額には血管が浮き出ていた。
「…何が言いたいんじゃ?」
「…」
勇者カイゼルは王の座る玉座へと続く階段を問答無用に登っていく。赤い髪は重く張り付き、まるで乾ききらない血の色のように鈍く沈んでいる。その隙間から見える青い瞳だけが妙に冷たく澄んでいて、感情の抜け落ちた硝子のようだった。
その手に抱えているのは汚れの程度こそ違うが、彼とそっくりの髪色をもつ頭部であった。
しかし、その頭には王国が数100年苦しめられてきた魔族の特徴、ツノが、大きなツノが生えていた。
勇者カイゼルは、階段を登りきり、国王の目の前に、その頭部の顔を、鼻と鼻が触れそうなほど近づける。
国王の前に生首を持ってきた挙句、それをここまで見せる勇者に戸惑いながらもその顔をじっくりと見つめてみると、どこかで見たことのあるような顔をしていた。焦点の当たらないまま、その顔にかかっている赤髪を退かすと、そこにあった顔は、そう…確か、1年前の第666期勇者パーティー出立の日。勇者パーティーの先頭で聖なる剣を掲げながら爽やかな笑顔で魔王城へと向かった男。
記憶と今の状況が線と線と結びついた時、先ほどまで変わらなかった国王の顔色が恐怖と困惑へと変わっていった。その様子を見て、勇者パーティーも、国王がコレを知らなかったことを互いに目を合わせて確認した。
「まさか…第666代勇者…アークライト、だとは…言わないだろうな」
冷や汗をかき、震えるような声を絞り出した国王。それも無理もない。700年以上の歴史のある勇者の中でもトップレベルの戦闘力と知性とそして、カリスマを備えた男。
魔王を倒して帰ってくる初の勇者になるだろうと口々で噂されていた勇者。そんな彼に、ツノが生えているのだ。一年前に、‘必ず魔王を撃ち滅ぼします’とまっすぐなその青色の瞳でこちらを見つめ、国民、いや世界の期待を背負って行った男に。国王の顔がまるで草花が枯れるように萎れていく。現実を受け止められないあまり、ただでさえ皺だらけだった顔が、さらに老け込んだ。
(勇者カイゼルは魔王を倒したと言った…そして目の前にあるのは魔族になった勇者の首…)
「一体どういうことじゃ…?!」
老いた体に負担がかかったのか荒い呼吸で、顔を青ざめさせながら国王は叫ぶ。
「彼は…『東の魔王』と、魔族達から呼ばれていました」
勇者カイゼル達は国王に敵意を示すことをやめた。皆、直ちに床に膝をつき、勇者カイゼルも魔物の頭を抱えて、膝をつき、深く頭を下げる。しかし、そんなことは国王にとっては些細なことであった。それより、国王がガタガタと震え始めた理由は、先ほどのカイゼルの言葉だった。
『東の魔王』
(『666期』のメンバーは4人だ…)
「…まさか。」
カイゼルは下げた頭を戻すことなく、床についた拳を強く震わせながら言った。
「第666代勇者パーティー…勇者アークライト、魔法使いオルヴィス、戦士イグナ、僧侶オフィーリア…以上4名はっ、」
広間の中に静寂が走る。聞こえてくるのは雷雨の音と、勇者の唾を飲む音だけだ。
勘のいい国王はすでに、その後に続く分を理解してはいたが、その言葉を決して耳に入れたくはなかった。
「…魔王となりましたことを…国王陛下に………奏上いたします…」




