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愚者の暗躍と時期領主の地獄

 意識が混濁から引き戻されたのは、冷たい雨が肌を打ったからだ。

 私は、深い森の静寂の中にいた。

 周囲に人の気配はなく、視界にあるのは大破した馬車と、無残に引き裂かれた馬の死骸。そして――。


「あ――」


 泥濘に横たわっていたのは、私が慈しみ、治めるべきであったファンタリー領の領民たちの亡骸だった。

 ……すべてを思い出した。我が家門では、父の急逝を契機に後継者争いが泥沼化していたのだ。正当なる後継者である私、サイアスと、その座を虎視眈々と狙う叔父。


 私は公平な審判を仰ぐべく、セウアマリロの監査官を訪ねる旅に出た。だが、その途上で襲撃を受けた。襲いかかってきたのは飢えた野盗などではない。叔父に唆され、金で買収された「我が領民」たちだったのだ。

 

 アイテリウスの流通は、お世辞にも整備されているとは言い難い。

 水運や橋が移動の要となるこの大陸では、至る所の関所に苛烈な通行税が課されている。特に関税を私物化する悪徳貴族の支配下では、その搾取は異常を極める。商人は寄り付かず、物価だけが不当に吊り上げられていく。


 その歪んだ構造の上に、各地で野盗が跋扈している。貴族たちは隣接する他領への嫌がらせとして彼らを黙認し、時には牙を向けるよう嗾けることさえある。


 だからこそ、私は領主となり、腐敗した関所を撤廃して商流を正常化させるつもりだった。だが、私腹を肥やすことに執着する叔父にとって、私の掲げる理想は排除すべき障害でしかなかったのだ。


 叔父は純朴な領民を「野盗」へと仕立て上げ、私に彼らを斬らせた。

 正当防衛という名の、凄惨な同族殺し。私のこの身は、自らの手で屠った領民の返り血により、赤黒く汚辱にまみれていた。


 降り注ぐのは、罪を流し切るにはあまりに細すぎる小雨。

 川が氾濫する懸念はない――私はそう冷徹に状況を断定すると、近くの川べりへと歩み寄り、凍えるような水でこびりついた鮮血を洗い落とした。


 そこでようやく、私は転がった死体を数えた。

 一つ、二つ、三つ……足りない。襲撃者は四人だったはずだ。


「一人、逃がしたか」


 あらかじめ私の「悪行」を喧伝する役割を与えられた者がいたのだろう。

 彼が叔父の息のかかった騎士や衛兵に注進すれば、私は無辜の民を殺戮した大逆人として捕縛される。


 この惨状をどう弁明すればいい? 貴族を襲った暴徒が悪いと主張したところで、叔父の手回しが済んでいる以上、私が断頭台へと送られる未来は揺るがない。


 叔父の思惑を打ち砕くには、最後の一人を追い詰め、捕らえるか、あるいは――息の根を止めるしかない。

 まだ、救うべき民に刃を向け続けなければならないのか。その事実に、私は指先が凍りつくような恐怖を覚えた。

 

 だが。

 波紋の揺れる水面に映った私の口元は、皮肉にも、残酷なほど美しく小さく弧を描いていた。

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