演説と真相
ファンタリー領、運河計画会議室。
王都から派遣された貴族や地方の有力貴族が集まり、円卓を囲んでいる。だが、壇上の説明に対する反応はひどく鈍い。
「以上が、セウロハ運河計画の概要です」
説明が終わるやいなや、冷ややかな声が室内に響いた。
「完成したとして、その利権はどこが握るつもりだ? 流域の各領地が黙っているとは思えんが」
「どうせ、新たな税を絞り取るための口実だろう」
「人員の供出にしても、どうせ小貴族たちに押しつける胸算用ではないのか」
「いや、この際だ。地方貴族どもに難題をふっかけてみよう。賛成票との引き換えなら、相当な無理も通せそうだぞ」
「ドサクサに紛れて、あの一帯の地下資源採掘権を掠め取れるかもしれんな」
「結論は先送りにしよう。そうして時間を稼げば、出せるだけの金を絞り出した挙句、向こうから勝手に諦めるかもしれん」
そこにあるのは、崇高な思惑などではなく、ただ肥大化した汚い欲望だった。
セウロハは各領主がそれぞれの地を治める、半ば独立国家に近い扱いを受けている。その歴史が長いぶん、領地間の格差や軋轢が生じるのは半ば必然といえた。
ゆえに、人々が潜在意識下で切望するのは、自分たちを強引に牽引してくれる「都合のいいリーダー」だった。
「静粛に! 決議に入る前に、ボルク伯爵家当主、ギルガルド・ボルク・ルイス様よりお言葉を頂戴いたします」
ボルク家。
伯爵家としての歴史は古く、建国黎明期より王家を支え続けてきた名門中の名門。その発言権の重さは、この場に並み居るどの貴族をも凌駕するはずだ。
「……」
会議室の空気が、一気に凍りつく。
ギルガルドの容姿はアレクシスによく似ていた。
違いを挙げるならば、アレクシスよりもいくぶん年上に見えることだろうか。
彼は鋭い眼光を、集まった貴族たちへと向けた。
その場にいた者たちは、剥き出しの刃を突きつけられたかのように身を硬くし、一様に固唾を飲んだ。
「我が爵位に免じて、一説ぶつ許可をいただこう」
誰も返事こそしないが、ギルガルドは淀みなく言葉を続ける。
「領土の境界を廃した運河計画の設立……。それにあたって、妹を嫁に出せと乞われ、私は一度はこれを断った。それは、諸君と同じように夢物語だと呆れたからか? あるいは、自分に利がないと踏んだからか? ――否、違う」
カン! と台を叩く鋭い音が響き、室内は再び深い静寂に包まれる。
肌に痛みすら感じるほどの緊張感の中、ギルガルドが再び口を開いた。
「ただ単純に、溺愛していた妹を奪われるのが癪だったからだ」
一瞬の間の後、張り詰めていた空気が弾けた。
安堵と意外性に突き動かされるように、どっと笑い声が溢れ出す。
もちろん、これは計算し尽くされた演出だ。
張り詰めた場を弛緩させ、人心を掌握するための――
「なら、なぜ私がここに立つのか? 理由はひとつだ」
一度弛んだ場の空気は、次の一言で一変した。
「――この国が、衰退するからだ」
場には様々な反応が渦巻いた。「何を馬鹿な」と困惑する声もあれば、一介の伯爵家が王国に対してそのような不敬を口にするのか、と憤る声もあった。
「先ほどから疑問だった。優雅に座り込んでいる椅子のせいで尻の皮が厚くなり、その尻に火がついたことにも気づかないのか? 貴殿らは、考えたことすらないのか。……自らが大事にしている領地が、今この瞬間にも竜に襲われているかもしれないということを」
竜を退治できるほどの武力を保持している領地は限られている。
そのために『七聖剣』や『国家騎士団』が存在するのだ。だが、誰かに守ってもらうことが当然となった今、貴族たちは自分の領地を自衛することに対して、致命的なまでに鈍感になっている。
「それだけではない。毒や火薬といった技術の進歩、魔術知識の一般化に伴う犯罪への転用……。竜害以外にも、貴殿らの領地を脅かす火種などいくらでも転がっている。……それなのに、この運河計画に対して無関心でいるならば、いずれこのような事態を招くことになるだろう」
ギルガルドが懐から取り出したのは、とある薬物だった。
「これは、人体を構成する四体液の均衡を根底から崩し、精神を汚濁させる依存性の高い薬物だ。エイギッドが密約を交わしていた売人が所持していたものだ。……悪というものは、常に我々の一歩先で牙を剥いている」
エイギッドは運河計画を盾に反対意見を煽り、計画が頓挫、あるいは進行した隙を突いて、密約を結んだ売人と共にこの麻薬を領内に蔓延させるつもりだったのだ。その陰謀を、アレクシスが事前に捕らえた。
「運河計画において真に重要なのは、物流、そして流動的な移動手段の確保。何より、これまで独立国家然として振る舞ってきた建前をかなぐり捨て、領土を超えた強固な連携を築くことにあるのだ!」
先ほどまで反対に回っていた貴族たちの間からも、「そうだ、その通りだ!」という同調の声が上がり始めた。
「以上を以て、諸君らには賛成票を強く求めるものである」
静寂を突き破る一陣の拍手が響き、それは瞬く間に会議室全体を揺らす万雷の喝采へと変わった。
この場はすでに、ギルガルドの完全なる勝利であった。




