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第48話:二回目の取調べと、使い捨ての容器が話すこと

 朝、手袋を嵌める前に、手を見た。


 白い指だ。


(今日は、ガルベス子爵の二度目ですわよ。……昨日、L・A宛の書状下書きが出てきましたもの。モモ・ダストとの合意の立ち会い、セドゥン商会の送金先——今日は、そのどちらかが出てくる番ですわよ)


 指先が、少し冷たい。


 打ち消さなかった。


 手袋を嵌めた。


* * *


 書斎に入ると、シリルがすでに机の前に立っていた。


 今朝の書類は三枚だ。昨日より少ない。


「おはようですわよ、シリル」


「おはようございます、お嬢様。……ガルベス子爵の二回目の取調べ、本日の午後二時で申請が通りました」


「ありがとうですわよ。今日の一点は決めましたかしら」


「はい。……セドゥン商会の送金先の詳細です。昨日、カスミ弁護士が管理していると繰り返していましたが、今日は送金先の具体的な場所を聞きます。隣国のどこか、という絞り込みが目標ですよ」


(具体的な場所ですわよ。……J-3「セドゥン商会の送金先」の核心ですもの。ヴェルミ様の台帳と照合できれば、送金先が隣国のどこかを絞れる可能性がありますわよ)


「もう一点だけ、聞けますかしら」


「二点目があるとすれば何ですか」


「モモ・ダストとの合意の内容ですわよ。……昨日は「利権の分配と移行に関するもの」とだけ言いましたもの。具体的な内容を、今日は少し出してもらえるかもしれませんわよ」


 シリルが、少し間を置いた。


「二点は、詰め込みすぎる可能性があります。……どちらを優先しますか」


(どちらを優先するか。……詰まった排水管は、一気に圧をかけると破裂しますわよ。昨日の一点が出てきたのは、すでに知っていることを示した結果でしたもの。今日も同じ手順で行くとすれば、まず一点だけ——)


「セドゥン商会を先に、ですわよ。……モモ・ダストの件は、セドゥン商会の送金先が出てきた後で、自然な流れで続けますもの。詰め込みではなく、流れで聞くということですわよ」


「承知しました。……自然な流れで、ということですね」


「水が流れるように聞けば、詰まらずに出てきますわよ。……ガルベス子爵は昨日、四点を自分から出してきましたもの。今日も、流れを作れれば出てきますわよ」


* * *


 午前中は、ヴェルミ様との台帳照合の準備に使った。


 書斎のテーブルに、ヴェルミ様が持ってきた台帳の複写を広げた。


 七年分の記録だ。列が整然と並んでいる。


「ヴェルミ様、今日の取調べでセドゥン商会の送金先の詳細が出てきた場合、台帳のどの列と照合しますかしら」


 ヴェルミ様が、台帳の特定のページを開いた。


「この列です。……送金先の口座番号ではなく、受取商会名で記録されています。隣国側の受取人が変わっていないとすれば、商会名から絞れます」


「受取商会名で記録されているということは、商会名が分かれば一致を確認できるということですかしら」


「はい。……ただし、途中から受取商会名が空欄になっている期間があります。二年前から一年半ほどの間、受取人の記録が消えていますもの」


(空欄の期間ですわよ。……二年前から一年半の間、受取人が分からなくなった時期があるということですもの。その期間に、何かが変わったということですわよ)


「その空欄の期間は、なぜ空欄になりましたかしら」


 ヴェルミ様が、少し考えた。


「……私が、記録するよう指示されなくなったからです。二年前から突然、「受取人の欄は空けておくように」と言われました。理由は分かりませんでしたが、指示通りにしました」


(指示通りにした、ですわよ。……ヴェルミ様は七年間、指示された通りに記録してきた人間ですもの。空欄にしろと言われれば、空欄にしたということですわよ)


(空欄の二年間に、何があったかですわよ。……送金先を隠す必要が出てきたということかもしれませんもの。誰かに見られても分からないように、受取人の記録だけを消した時期ですわよ)


「二年前に誰から指示がきましたかしら」


「……エストです。いつも連絡を取っていたのは、エストでした」


(エストですわよ。……F-1「ドレイン」の中間管理者として確認されている人物ですもの。二年前から受取人の記録を消すよう指示したということが、今日判明しましたわよ)


「シリル、記録しておいてくださいな」


「既にしています。……「二年前からエストの指示で受取商会名欄が空欄化。送金先の隠蔽の可能性」として記録しました」


(掃除の道具として使える情報ですわよ。……今日の取調べで、ガルベス子爵がセドゥン商会の送金先の商会名を話してくれれば、空欄になる前の二年間の台帳記録と一致するかどうかを確認できますもの)


* * *


 馬車を王城に向けたのは、午後一時だった。


 馬車の中で、シリルが書類を確認しながら言った。


「今日の取調べについて、一点だけ事前に申し上げておきたいことがあります」


「何ですかしら」


「昨日、ガルベス子爵が『使い捨てだと知っていたか』と問い返してきた時の目の動きを、お嬢様が受け取りましたよね」


(ええ、受け取りましたわよ。……打ち消さずに、昨夜もそれを持っていましたもの)


「ええ」


「今日のガルベス子爵は、昨日と少し違う状態にある可能性があります。……使い捨てにされたと確認した人間が、一晩考えた後でどう変わるか。より話が出やすくなっているか、逆に固まっているか。どちらの可能性もあります」


「どちらだと思いますかしら、シリル」


 シリルが、少し間を置いた。


「……より話が出やすくなっている方に賭けます。捨てられた側の人間が一晩考えると、捨てた側への怒りが固まって、話す方向に動くことが多いですよ」


(捨てた側への怒りが固まる、ですわよ。……産業廃棄物が、自分を捨てたゴミ箱を叩き始めるということですもの。ゴミが、ゴミ箱への証拠を自分から出す状態ですわよ)


「では今日は、流れを作るだけで後は自分から出てきますかしら」


「おそらく。……少し待てばいいと思います」


* * *


 拘置室の小部屋に入った。


 ガルベス子爵が、昨日と同じ椅子に座っていた。


 二日目の顔だ。


 昨日より、少し目の光が変わっている。昨日は圧をかけようとしていた目だった。今日は——別の何かが入っている目だ。


(シリルの読みが正しかったですわよ。……一晩で、何かが変わりましたもの)


「ガルベス子爵、本日もまいりましたわよ」


「……分かっている」


「今日は、セドゥン商会の送金先の詳細を教えていただきたいですわよ。……カスミ弁護士が管理しているとおっしゃっていましたもの。送金先の商会名が分かれば、こちらで確認が取れますわよ」


 ガルベス子爵が、少し間を置いた。


 昨日の最初の三十分のような抵抗は、今日はない。


「……セドゥン商会の送金先は、フォル・ネビュラにある。商会名は、ネッセル商会とは別の名前だ」


「商会名を教えていただけますかしら」


「カラミ商会だ」


 シリルの筆が、一瞬だけ止まった。


「カラミ商会とは、ヴェルミ様が七年間管理されていた組織の正式名称ですわよ」


 私は表情を動かさなかった。


(カラミ商会、ですわよ。……フォル・ネビュラには「カラミ(汚水が絡まる)」という旧桟橋の地名があり、ドレインのコードネームとしても使われていた名でしたもの。この商会名は、その地名と同じ名がついていますわよ。なぜ同じ名になっているかは、今日ヴェルミ様に確認しなければなりませんもの)


「カラミ商会に送金された後、資金はどこへ移動していましたかしら」


「そこからは、エストが管理していた。……私はカラミ商会に送金するところまでが仕事だった。その先は知らない」


「その先を知っていた可能性がある人間は、誰ですかしら」


 ガルベス子爵が、少し目を細めた。


「……エストか、Lだ。カスミ弁護士も、管理の一部を担っていた可能性がある。だが、私に見えていたのは送金先の商会名までだ」


(見えていたのは送金先までですわよ。……下流の人間には、上流の全体が見えないということですもの。自分の手の届く範囲だけを見て、動いていた人間ですわよ)


「ありがとうですわよ。……もう一点だけよろしいですかしら」


「何だ」


「モモ・ダストとカスミ弁護士の合意に立ち会われたとのことでしたわよ。……合意の中に、セドゥン商会の送金経路に関する内容はありましたかしら」


 ガルベス子爵が、少し長い間を置いた。


(考えていますわよ。……話すかどうかを計っているのではなく、内容を整理しているようですもの。一晩で固まった何かが、今日出てくるかもしれませんわよ)


「……あった。モモ・ダストは、ガルベスの経路を引き継ぐことを求めていた。セドゥン商会の送金経路を、ダスト侯爵家の別の経路に接続し直す、という内容だった」


(引き継ぐことを求めていた、ですわよ。……ガルベス子爵が失脚した後でも、ドレインへの送金経路が途切れないようにする計画でしたもの。モモ・ダストが、ガルベス子爵の代わりに経路を維持する役を引き受けようとしていたということですわよ)


「接続し直す、というのは、具体的にどういう意味ですかしら」


「ダスト侯爵家の傍系事業の一つを通じて、同じ送金先に資金を流す設計だ。……ダスト侯爵家の事業は表向き合法だから、経路が変わっても追われにくい」


(傍系事業を通じて、ですわよ。……E-1「ガルベスとモモ・ダストの接点」の水路図が、今日一段深くなりましたもの。モモ・ダストがガルベス子爵の経路を引き継ごうとしていたという事実は、単なる「接点」ではなく「事業の継承」ですわよ)


「その合意が成立していたとすれば、今はどういう状態になっていますかしら」


 ガルベス子爵が、少し乾いた笑い声を出した。


「……私が拘束されているから、引き継ぐ前に止まっているはずだ。だが、モモ・ダストが別の方法を探していないとも限らない」


(別の方法を探している、ですわよ。……今朝のダスト侯爵家の審議発議権の申請が、そういうことかもしれませんもの。経路を正式な権限という形で確保しようとしているということですわよ)


「ありがとうですわよ、ガルベス子爵。……今日の二点は、大きな一本が見えましたもの」


「大きな一本、か」


「カラミ商会という送金先と、モモ・ダストの引き継ぎ計画ですわよ。……二本が今日出てきましたもの。分別が、また一段進みましたわよ」


 ガルベス子爵が、少し目の力を変えた。


「……お前は、モモ・ダストを焼くつもりか」


 私は扇子を持ったまま、少し間を置いた。


(焼くつもりか、という問いですわよ。……ガルベス子爵が今日、この問いを出してきましたもの。モモ・ダストに対する私の方針を確認しようとしているということですわよ。なぜ今日、この問いを出してきたかしら)


「なぜそれをお聞きになりますかしら」


「……私を使い捨てにした張本人だからだ」


(やはりそうですわよ。……一晩で固まったのは、モモ・ダストへの怒りでしたもの。使い捨てにされた事実が、昨日の一瞬から今日の怒りになっていましたわよ)


「焼くかどうかは、まだ決まっていませんわよ。……中身が全部出てからですもの。ガルベス子爵、もう少しだけ、中身を出してくださいな。出てきたものが何かによって、処理方法が変わりますもの」


 ガルベス子爵が、少し間を置いた。


「……次回も来るか」


「来ますわよ」


「分かった」


(分かった、ですわよ。……抵抗ではなく、受け取った言葉ですもの。使い捨てにされた側の人間が、処理の方法を選ぼうとしている段階に入りましたわよ)


* * *


 廊下に出ると、シリルが小声で言った。


「カラミ商会の件、本人への確認が今日中に必要ですね」


「ええ。……ヴェルミ様がカラミ商会をご存じかどうかによって、台帳の意味が変わりますわよ。知っていた場合と、知らなかった場合では、今後の使い方が違いますもの」


「どちらにしても、台帳は証拠として有効です。……知らなかった場合は、ヴェルミ様が意図せず経路に組み込まれていたということで、証人としての立場が強くなります。知っていた場合は——」


「知っていた場合は、また別の話が出てきますわよ。……どちらにしても、今日確認しますもの」


 馬車に乗る前に、シリルがもう一点言った。


「今日の二点の証言で、E-1の水路図の核心部分が出てきましたよ。……モモ・ダストがガルベス子爵の経路を引き継ごうとしていたという事実は、単なる接点ではなく、継承の意図を示しますもの。これが法廷で通用する形になれば、E-1は完全回収の最終段階に入りますよ」


 それから、シリルが少し間を置いて言い添えた。


「……今日の証言の中で、もう一点。ガルベス子爵が口にしたラマン・ブックスという書肆の名ですが」


「ラマン・ブックスですかしら」


「はい。カラミ商会への最初の送金が始まる三年前、ガルベス子爵がカスミ弁護士と最初に接触した場所として、取調べの中で一瞬だけ出てきました。……お嬢様は聞き流しておられましたが、記録に残しておく価値がある名かもしれません」


(ラマン・ブックス、ですわよ。……書肆の名ですもの。今日はまだ、その先が見えませんわよ。でも名前が出た以上、分別の棚に置いておきますもの)


「記録しておいてくださいな、シリル」


「既にしています」


(掃除の道具として使えるかどうかは、もう少し先に分かりますわよ。……今日は、その名が出たということだけを受け取っておきますもの)


(法廷で通用する形ですわよ。……ガルベス子爵の証言だけでは、まだ一本ですもの。ヴェルミ様の台帳と、フロード補佐官の財務記録差分と、ガルベス子爵の証言。三本が揃えば、倒れにくくなりますわよ)


「三本で立てますかしら、シリル」


「今日でもう一本追加できましたよ。……残り一本は、ヴェルミ様の台帳との照合ですね」


「今夜やりますわよ」


* * *


 屋敷に戻ったのは、夕刻前だった。


 ヴェルミ様に書斎に来てもらった。


 扉を閉めて、シリルだけが同席した。


「ヴェルミ様、今日のガルベス子爵の証言で、一点確認したいことが出てきましたわよ」


 ヴェルミ様が、少し表情を固くした。


「……何ですか」


「セドゥン商会の送金先として、ガルベス子爵が「カラミ商会」という名前を言いましたわよ。……この商会名について、ご存じでしたかしら」


 ヴェルミ様が、少し間を置いた。


 その間の長さが、答えを告げていた。


「……知っていました」


(知っていた、ですわよ。……でも、ヴェルミ様の顔は、告白した人間の顔をしていますもの。隠そうとした人間の顔ではありませんわよ)


「教えていただけますかしら。いつから知っていましたかしら」


「……最初から、です。七年前に、カラミ商会という名前で口座を作るよう言われました。かつて私が名乗っていた名をそのまま使った商会名です。……逃げられないようにするためだと、後から気づきました」


(逃げられないようにする、ですわよ。……ヴェルミ様自身のかつての名前を商会名にすることで、送金記録にその名が残るようにしたということですもの。もし発覚した時に、ヴェルミ様が首謀者に見えるような設計でしたわよ)


「七年間、その名前で口座が動いていたということですかしら」


「……はい。私が記録をつけていた台帳の受取欄に「カラミ商会」と書いてあるのは、その口座に送金されたという意味です。かつての自分の名前の口座に、自分が記録をつける形でした」


(かつての自分の名前の口座に、自分が記録をつける。……これは、抜け出せない構造ですわよ。ヴェルミ様が逃げれば、その名の口座に不正な送金の記録が残りますもの。台帳を持ち続けなければ、証拠が全部ヴェルミ様を示す形になりますわよ)


(七年間、その構造の中で台帳を取り続けた、ということですもの。……逃げられないから、記録した。記録したから、今日ここに証拠がありますわよ)


 右手の指先が、少し冷たくなった。


 打ち消さなかった。


「ヴェルミ様、その台帳を持ってきてくださったことが、今日の一番大切な証拠になりますわよ」


「……でも、かつての私の名前が商会名として入っています。証人になれますか」


「なれますわよ。……自分の名前が使われた構造を、自分が説明できる人間が証人として一番信頼できますもの。汚れが自分にかかっていると知っていながら、台帳を捨てなかった人間の証言は、重いですわよ」


 ヴェルミ様が、少し目を伏せた。


「……逃げようとして、逃げられなかっただけです。立派な理由があるわけではありません」


「逃げられなかったからこそ、七年分が残りましたわよ。……立派な理由がなくても、結果として残ったものが証拠になりますもの。それで十分ですわよ」


(逃げられなかったことが、証拠を残しましたわよ。……不幸な構造が、今日証拠の形に変わりましたもの。設計した側が、抜け出せない仕組みを作ったつもりでいたものが、逆に自分への証拠になるという、掃除の中で起きる逆転ですわよ)


* * *


 台帳の照合は、その夜のうちに行った。


 シリルが、ガルベス子爵の証言記録とヴェルミ様の台帳を並べた。


「カラミ商会への送金期間と、ガルベス子爵が証言したセドゥン商会の送金期間が重なる部分を確認します」


 照合に、一時間かかった。


 七点が一致した。


「七点ですわよ」


「はい。……金額と時期の両方が一致しています。ガルベス子爵の証言とヴェルミ様の台帳が、七点で一致したということです。これは偶然では説明できない数ですよ」


(七点の一致ですわよ。……ヴェルミ様の台帳を、ガルベス子爵が証言したセドゥン商会の送金記録で裏付ける形になりましたもの。一本より二本の方が、倒れにくいですわよ。今日は二本が揃いましたもの)


「シリル、この照合結果を明日の国王報告に添付しますわよ」


「承知しました。……照合記録の書面を、今夜中に整えます」


「今夜もですかしら」


「二時間で終わります。……今日は昨日より出てきたものが多いですが、整理の手順は同じですよ」


 ヴェルミ様が、台帳を静かに閉じた。


「……かつての私の名前が入っている台帳が、証拠として使えるとは思っていませんでした」


「使えますわよ。……汚れがついた布でも、染み抜きをすれば使えますもの。ヴェルミ様の台帳は、汚れの地図にもなりますわよ」


(染み抜きですわよ。……フロード補佐官に言ったことと、同じですもの。汚れがついたものを捨てずに、染み抜きをして使う。それが掃除の中で一番丁寧な処理方法ですわよ)


 ヴェルミ様が、少し間を置いた。


「……なぜ、そういうことができるのですか」


「何がですかしら」


「汚れがついていると分かっていても、使える、と判断することです。……普通は、汚れがついたものは捨てませんか」


(なぜ、という問いですわよ。……ヴェルミ様が今日、自分の名前が台帳の受取欄に入っていることを告白した後で、私がどう反応するかを見ていたということですもの)


「捨てることが一番簡単な時もありますわよ。……でも、捨てていいものと、捨ててはいけないものがありますもの。ヴェルミ様の台帳は、捨ててはいけないものですわよ。七年分の記録が、他のどこにも残っていませんもの。汚れがついていても、それ以上の価値がありますわよ」


 ヴェルミ様が、少し頷いた。


(受け取ってくださいましたわよ。……フロード補佐官に言った時と同じく、今日もヴェルミ様が受け取ってくださいましたもの。染み抜きという言葉が、この書斎で二度使われましたわよ)


* * *


 夜になった。


 シリルが照合記録の書面を仕上げた。


「今日の収穫を整理しますよ」


「どうぞ」


「一点目、カラミ商会がセドゥン商会の送金先であることをガルベス子爵が証言。二点目、モモ・ダストがガルベス子爵の経路を引き継ごうとしていた事実の証言。三点目、ヴェルミ様がかつての御自身のお名前の商会を通じた経路に組み込まれていたことの確認。四点目、台帳との七点照合が完了。……四点が、今日の一日で出ましたよ」


「一日で四点ですわよ。……でも昨日の四点より、今日の方が一段深いですもの」


「はい。……昨日はガルベス子爵が話し始めた最初の一日でした。今日は、その話が台帳という別の証拠と一致した一日ですよ。証拠が積み重なった形ですね」


「一本と一本が重なって、二本になりましたわよ。……三本目が来れば、倒れなくなりますもの」


「三本目は、フロード補佐官の財務記録差分との照合ですね。……明日以降、補佐官との確認作業が入ります」


(明日は、照合の続きですわよ。……ガルベス子爵の証言、ヴェルミ様の台帳、フロード補佐官の財務記録差分。三本が揃えば、J-3「セドゥン商会の送金先」が完全な形で見えてきますもの)


「シリル、今日ヴェルミ様が台帳にかつての御自身のお名前が入っていることを告白してくださいましたわよ。……あの方は、七年間、自分が経路に組み込まれた構造を知っていながら台帳を取り続けた人間ですもの」


「はい。……逃げられなかったから台帳が残った、というおっしゃり方でしたね」


「逃げられなかったことが、証拠を作りましたわよ。……設計した側が仕掛けたものが、設計した側への証拠になりますもの」


 シリルが、少し間を置いた。


「……掃除の中で、そういうことが起きますよね。汚れを完全に消そうとした行為が、かえって汚れの証拠になる。汚れを消す道具に使った人間が、証人になる」


「そうですわよ。……ゴミは、分別されることで証拠になりますもの。燃やしてしまえば何も残りませんわよ。でも分別すれば、どこから来たかが分かりますもの」


(これが、焼却だけが掃除ではない理由ですわよ。……炎で全部消してしまえば、上流へ辿る地図も一緒に消えますもの。ヴェルミ様の台帳が今日ここにあるのは、焼かれなかったからですわよ)


* * *


 サロンに入った。


 シリルが先に入って、ランプを点けた。


 テーブルの上に、今夜の支度が整っていた。


「今夜のティータイムは何ですかしら」


「今夜は、昨夜のベルト・ライス氏からいただいた霧苺の茶葉とは別に、今日の午後にシリルが王都の薬草商から手配したものがあります」


「薬草商から、ですかしら」


「はい。……ヴェルミ様がフォル・ネビュラで長く使っていた、という話を今日伺いまして。フォル・ネビュラ産ではありませんが、同じ原料を使った乾燥薬草の茶葉が王都でも手配できることが分かりました。今夜は、それをヴェルミ様に確認していただいた上で淹れています」


 カップに注がれた液体は、透明に近い淡い緑色だ。


 草の、少し清涼感のある香りが来た。


(昨夜の霧苺茶とは、全然違いますわよ。……あちらは深い赤紫で酸味がありましたもの。今夜は、透明に近い緑で清涼感がありますわよ)


「菓子は」


「今夜は、マルダが生姜の蜂蜜漬けを薄く伸ばして焼いたものを用意しました。……薬草茶に生姜の菓子を合わせるのは、フォル・ネビュラの宿屋の定番だとヴェルミ様に教えていただきましたよ。ヴェルミ様が七年間、夜に飲んでいた組み合わせだそうです」


(ヴェルミ様が七年間飲んでいた茶と菓子ですわよ。……今夜、書斎でヴェルミ様が告白してくださった後に、その方が夜に飲んでいたものを出してくださったということですもの)


 一口飲んだ。


(清涼感が先に来て、後から草の柔らかい苦みが来ますわよ。……昨夜の霧苺とは逆の順序ですもの。昨夜は甘みが先で渋みが後でしたわよ。今夜は清涼感が先で苦みが後ですもの)


「シリル、今日確認しましたわよ。七点の一致でしたもの」


「七点です。……七年分の台帳の中に、七点の一致がありましたよ」


「七年と七点が揃いましたわよ。……数が合うということは、偶然ではないということですもの」


 生姜の蜂蜜漬けを薄く焼いた菓子を一枚取った。


 口に入れると、生姜の辛みが先に来て、蜂蜜の甘みが後から広がった。


(辛みが先で甘みが後ですわよ。……今日の一日と同じ形ですもの。ヴェルミ様が告白してくださった時の苦さが先にあって、七点一致という甘みが後から来ましたわよ)


「ヴェルミ様が七年間、これを飲んでいたとしますわよ。……清涼感が先で、苦みが後から来る茶を、毎夜のように飲みながら台帳をつけていた人間ですもの」


「そう考えると、この茶が少し重く感じますよ」


「でも飲めますわよ、シリル。……重さが分かった上で飲む茶は、最後に来る苦みが少し違いますもの。何も知らずに飲む茶とは違う苦みですわよ」


(知った上で飲む苦みですわよ。……今夜の書斎で、ヴェルミ様の七年間の重さを受け取った後で、この茶の苦みを飲みましたもの。同じ苦みでも、受け取った後では意味が変わりますわよ)


「明日は、フロード補佐官との照合が三本目になりますわよ」


「はい。……三本目が揃えば、J-3の核心が見えてきます。その先にF-1の上流があります」


「順序通りに進めますわよ」


 茶をもう一口飲んだ。


 今度は、清涼感と苦みが一緒に来た。


(一口目と二口目では、順序が違いましたわよ。……最後の一口は、全部が一緒に来ましたもの。清涼感と苦みと、少しの草の香りが、一緒に来ましたわよ)


(今日のヴェルミ様の告白も、重さと証拠と、七点の一致が、最後は全部一緒になりましたもの。重さが証拠になって、証拠が道を開く。掃除の中で、そういうことが起きましたわよ)


 生姜の菓子をもう一枚取った。


 今度は、辛みより先に甘みが来た。


(一枚目と二枚目で、順序が逆になりましたわよ。……同じ菓子でも、口が慣れれば甘みが先に来ますもの。慣れることで見え方が変わる、ということですわよ)


(ヴェルミ様も、今夜少し変わりましたもの。……台帳の重さを誰かに渡した後で、少し軽くなった顔をされていましたわよ。七年間一人で持っていたものを、今夜渡してくださいましたもの)


「シリル、今日は染み抜きの日でしたわよ」


「二人分ですね。……ヴェルミ様と、それからガルベス子爵も、少し話が変わってきましたよ」


「ガルベス子爵は、まだ途中ですわよ。……でも今日の目の光は、昨日と違いましたもの。使い捨てにされた怒りが、話す方向に動き始めていましたわよ」


「捨てられた側の人間が、捨てた側への証拠を自分から出し始めるということですね」


「ゴミが、自分を捨てたゴミ箱の中身を見せてくれるということですわよ。……これが、焼かずに待つことの意味ですもの」


 シリルが、珍しく少しだけ本音のような言い方をした。


「……今日の取調べで、モモ・ダストへの証拠が一段進みましたよ。法廷で通用する形まで、あと少しです」


「あと少し、ですわよ。……でも急ぎませんもの。台が揺れるのを待ちますわよ」


(台が揺れるのを待つ、ですわよ。……今日の取調べで出てきたものが、明日の照合で形になって、その次の日には台を揺さぶる材料になりますもの。掃除は、順序を守れば必ず進みますわよ)


 ランプの光が、サロンの壁に静かに揺れていた。


 カップを置いた。


 今夜の書斎で受け取ったものの重さを、今夜は打ち消さずに持っておきますわよ。


 明日は、三本目の照合ですもの。


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