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第46話:澱の取調べと、底から引き上げるもの

 ガルベス子爵を初めて見たのは、王城の拘置室に設けられた小部屋だった。


 昨日の一日で、七点の並行作業が全部動いた。今日は、それを証拠として使う番だ。


 国王の手配で、午前十時に取調べが設定されていた。


* * *


 馬車が王城の正門に差し掛かる少し前、シリルが書類の最終確認をしていた。


 その前に、昨日の夕刻の報告があった。


「昨日の午後、ガルベス子爵の移動先を農道経由で把握しました。……国境越えの直前で、王城の騎士団と合同で拘束しています。荷馬車ごと王城管理に移しましたよ。ベルト・ライス氏が農道の動きを早い段階で押さえてくれたおかげで、間に合いました」


「農道まで逃げていましたのね。……では今朝の取調べは、拘束翌日の初回ということですわよ」


「はい。……まだ外側の光沢が落ちきっていないはずです。が、荷馬車ごと押さえられた事実は伝わっているかと」


「拘束の際に、騎士団側で書類の押収はありましたかしら」


「荷馬車の中身は封印して王城管理に移しています。荷の中を開けたのは、今日の確認が初めてになります」


 シリルが、書類の最終確認を続けた。


「本日の方針を整理します。……ガルベス子爵の証言は、今日が初回です。初回は、全部出させようとしないことが原則ですよ」


「ええ。……最初から全部聞こうとすれば、固くなりますもの。一点から始めますわよ」


「一点目は何にしますか」


(何から、ですわよ。……ガルベス子爵が最も守ろうとしているものから始めれば、固まりますもの。逆に、すでに露呈していることから始めれば、話が出やすくなりますわよ。昨日の段階でこちらが把握しているのは、モモ・ダストとの接点、セドゥン商会の送金先、ドルム商会とネッセル商会の通関名義、そしてL・Aへの接続ですもの)


「通関名義から始めますわよ。……ドルム商会とネッセル商会ですもの。商業記録所の返答で、どちらも実態がないことはすでに分かっていますわよ。ガルベス子爵が知っているはずのことを、まず話してもらいますもの」


「既に分かっていることから入る、ということですね」


「ゴミを出させる時は、分かっている場所から手をつけますわよ。……どこまで見えているかを相手に示せば、隠しても無駄だということが分かりますもの」


 シリルが、完璧な笑顔のまま少し別の形に変えた。


「エコですね」


「そうですわよ」


 馬車が止まった。


* * *


 小部屋は、窓が一つだけある六畳ほどの空間だった。


 石の壁と、木の椅子と机。それだけだ。


 ガルベス子爵が、机の向こう側に座っていた。


 六十代半ば。肩幅が広く、肉付きが良い。権力の場所に長くいた人間の体格だ。顔に油が滲んでいる。拘置されてから何日かで、外側の光沢が少し落ちた印象がある。


(産業廃棄物の入った大きな缶ですわよ。……外見はまだ丈夫そうですもの。でも中身が、時間とともに圧縮されていますわよ)


 私は机の手前側の椅子に座らなかった。


 立ったまま、扇子を腰の位置に持った。


「ガルベス子爵、本日はお時間をいただきありがとうございますわよ」


「……感謝の言葉は、いらん」


 声が低い。圧をかけようとしている声だ。


(この種の声は、慣れていますわよ。……圧をかけることで、相手の足場を崩そうとしているだけですもの。足場の作り方が問題で、声の大きさは関係ありませんわよ)


「では、さっそく始めますわよ」


「何が目的だ」


「確認ですわよ。……こちらが既に知っていることを整理して、記録を取りますもの」


 シリルが、机の端に書類を一枚だけ置いた。


「ドルム商会とネッセル商会について教えていただけますかしら。……通関申請に使おうとされていた商会名ですもの」


 ガルベス子爵が、書類を見た。


 視線が、一瞬だけ書類の上で止まった。


(止まりましたわよ。……商業記録所の返答だと気づいた可能性がありますもの。こちらがすでに調べたと分かった時の目の動きですわよ)


「知らん」


「知らない、とおっしゃいましても、ドルム商会は登記なし、ネッセル商会は廃業届が二年前に出ています。……こちらで確認が取れていますわよ」


 少し間があった。


「……代理人が手配したものだ」


「代理人のお名前は」


「カスミ弁護士だ」


(カスミ弁護士の名前が出ましたわよ。……最初の一手で、代理人に責任を押し付けましたもの。産業廃棄物が、自分の毒性を別のゴミ袋に移そうとしていますわよ)


 私は扇子を少しだけ動かした。


「カスミ弁護士が、廃業した商会名義の通関申請を手配した、ということですかしら」


「そうだ」


「カスミ弁護士が、ご自身で知っていてそれを手配したとお思いですかしら」


 ガルベス子爵が、また少し間を置いた。


(このひと言が刺さりましたわよ。……「カスミ弁護士が知っていてやった」とすれば、設計者として関与していたことになりますもの。「知らなかった」とすれば、指示をした側の問題に戻りますわよ)


「……手配しろと言ったのは、私だ」


(出ましたわよ。……カスミ弁護士への転嫁が、一手で崩れましたもの。自分が指示したと言いましたわよ)


「ありがとうですわよ。……では、通関を通じて何を国境の外に出そうとされていたかを教えていただけますかしら」


* * *


 取調べは、一時間半かかった。


 ガルベス子爵は最初の三十分、抵抗した。


 でも、こちらがすでに知っていることを順に提示するたびに、少しずつ話の隙間が生まれた。


(知っていることを示すことで、ゴミの壁を少しずつ崩していますわよ。……全部出させようとせず、相手が話しやすい順序で進めますもの。詰まった排水管は、一気に圧をかけると破裂しますわよ。少しずつ、流れをつけていく方が確実ですもの)


 出てきた内容は、四点だった。


 一点目、ネッセル商会名義の通関でガルベス子爵の私財の一部を国境の外に出す計画があった。


 二点目、セドゥン商会を経由した資金の一部が、隣国の不明な口座へ送金されていた。送金先の詳細は「カスミ弁護士が管理している」と繰り返した。


 三点目、モモ・ダストとカスミ弁護士が半年前に何らかの合意を交わした際、ガルベス子爵も立ち会っていた。内容は「利権の分配と移行に関するもの」とだけ言った。


 四点目——これが今日最も大きかった。


「……国境の外に、書状の下書きがある」


 シリルが、筆を一瞬止めた。


「書状の下書きとは、どういうものですかしら」


「L・Aに送る予定だった内容だ。……撤収後の資産の移転と、次の指示を求める内容を下書きにしていた。まだ送っていなかった」


「それは今どこにありますかしら」


「屋敷の荷馬車の一つに積んだ。……どの荷馬車かは分かる」


(荷馬車の書状下書きですわよ。……ガルベス子爵が国境を越えようとしていた時に農道で拘束されましたもの。荷馬車は今、王城の管理下にあるはずですわよ。書状の下書きが、L・A宛であるとすれば——F-1「ドレイン」への接続を直接示す物証になりますもの)


「シリル」


「既に動きます」


 シリルが席を立って、廊下の護衛に何かを耳打ちした。


 私はガルベス子爵を見た。


「書状の下書きを提出していただければ、本日の確認はここで一旦区切りますわよ」


 ガルベス子爵が、少し肩の位置を変えた。


(降りましたわよ。……抵抗の姿勢が、少し崩れましたもの。重いゴミ缶が、底を地面につけた形ですわよ)


「……利用するつもりか」


「証拠として整理しますわよ。……使い捨ての容器として捨てられる前に、中身を出してくださいましたもの。中身次第で、処理方法が変わりますわよ」


(使い捨ての容器。……ベルト・ライスさんがガルベス子爵について言っていたことですもの。モモ・ダストがガルベス子爵を道具として使い、使い終わったら切り捨てる計算でいた、ということですわよ。今日初めて、その言葉をガルベス子爵本人に向けて使いましたもの)


 ガルベス子爵の目が、一瞬動いた。


「……使い捨てだと、知っていたか」


「今日、確認が取れましたわよ」


 ガルベス子爵が、少し低く笑った。笑い声というより、息が漏れた音に近い。


「……ガルベス子爵、今日出てきた話は全部記録しましたわよ。次回はもう少し、セドゥン商会の送金先の詳細を聞かせてくださいな」


「次回も来るのか」


「ええ。……一度に全部は出しませんもの。掃除は、丁寧に順序通りに進めますわよ」


(何回来るかより、毎回出てくるものがある方が大切ですわよ。……ガルベス子爵はまだ、話すものを持っていますもの)


* * *


 廊下に出ると、シリルが待っていた。


「荷馬車の確認を申請しました。……王城管理の馬車置き場に、ガルベス子爵の荷が十一台分管理されています。書状の下書きが入っている可能性のある荷馬車の特定は、今日の午後には出来ます」


「L・A宛の書状の下書きが出てきた場合、どういう意味を持ちますかしら」


「F-1「ドレイン」の最上位層への接続を示す物証になります。……ガルベス子爵という下流が、Lという上流への情報提供者として機能していたことの、具体的な書類上の証拠ですよ」


(下流が上流に向けて書いた書状の下書きですわよ。……下流を先に止めたから、上流への地図が見えてきましたもの。排水管の清掃ですわよ。詰まりを取ることで、上流の流れが確認できるようになりますもの)


「今日の取調べで、四点が出ましたわよ、シリル」


「はい。……通関名義の自白、セドゥン商会送金先のカスミ弁護士関与、モモ・ダストとの立ち会い合意、L・A宛の書状下書きの存在。今日は、ガルベス子爵が自分から話の鍵を開けてきた一日ですよ」


(鍵を開けてきた、ですわよ。……ベルト・ライスさんがゴミ箱の蓋を開けに来た話と、少し似ていますもの。ガルベス子爵は自分が使い捨てだと知って、自分の手で話を出し始めましたわよ)


「使い捨てだと知った人間が、話を出しに来るということは——」


「中身を自分で処分したい、ということですよ。……捨てられる前に、自分で捨て場所を選びたいということです。人間の行動として、不自然ではありません」


「産業廃棄物が、自分の処分方法を選ぼうとしていますわよ」


「選ばせるかどうかは、お嬢様が決めることですが」


(選ばせる余地があるかどうかは、中身が全部出てからですわよ。……今日の四点は、まだ全部ではありませんもの。次回、セドゥン商会の送金先の詳細が出てくれば、もう少し見えてきますわよ)


* * *


 荷馬車の確認は、午後に回した。


 その前に、国王への報告があった。


 応接室で、国王が今日の報告を聞いた。


「ガルベス子爵が、L・A宛の書状の下書きを荷馬車に積んでいると証言した」


「はい。……今日の午後に荷馬車の特定を行います。書状の下書きが出てきた場合、F-1「ドレイン」の上位層への接続を示す物証として使える可能性がありますわよ」


 国王が、少し目を細めた。


「……ガルベス子爵が自ら話したということは、何かが変わったということか」


「昨日の作業で、こちらがどこまで見えているかを示す材料が揃いましたわよ。……今朝の取調べで順序よく提示したことで、隠しても無駄だということが伝わったかと思いますもの」


「なるほど。……証拠が積み重なることで、本人が話すようになる、ということだな」


「証拠は、焼き切るためだけではありませんわよ。……本人を動かす圧力にもなりますもの。今日のガルベス子爵は、焼却ではなく、圧力で動きましたわよ」


(不燃ゴミに炎は効きませんもの。……でも、四方から証拠で囲めば、不燃ゴミも自分から動き始めることがありますわよ。今日がそういう日でしたもの)


 国王が、静かに頷いた。


「荷馬車の確認には、王城の管理者を立ち会わせる。……書状の下書きが出た場合は、証拠として封印処理を行う」


「ありがとうございますわよ」


「クレア嬢、もう一点」


「はい」


「今週の予算審議は、延期が確定した。……フロード補佐官が動いてくれた」


(昨日、シリルが燃料を用意して補佐官が委員に接触する手はずでしたわよ。……委員二名が動いたということですもの。今週の審議延期が確定しましたわよ)


「予算審議の延期、承知しましたわよ。……ガルベス子爵が動けない間に、審議も止まりましたもの。二つが同時に、ということですわよ」


「ガルベス子爵がいなければ、予算審議は通らない設計だったということだな」


「ガルベス子爵という錘が、今日から別の場所に移りましたもの。……バランスが変わりましたわよ」


* * *


 午後二時、荷馬車の確認を行った。


 王城の馬車置き場に、ガルベス子爵の荷が並んでいた。


 十一台。どれも、急いで積んだ荷馬車の雑然とした見た目をしている。


(急いで撤収しようとしていた証拠ですわよ。……農道を使って国境を越えようとしていた男の荷ですもの。片付けが雑な人間ほど、逃げる時に痕跡を残しますわよ)


 シリルが、ガルベス子爵から聞いた荷馬車の特徴を手元の書類で確認した。


「三番目の荷馬車です。……車輪の外側に赤い塗料の痕がある、と証言がありました」


 確認した。三番目の荷馬車の右前輪に、かすかに赤い塗料の跡がある。


「これですわよ」


 荷を開いた。


 王城の管理者が立ち会っている。リタが荷馬車の周囲を確認している。


 積まれていた荷の中に、皮革製の書類入れがあった。


 シリルが手袋をして取り出した。


 中に、書状の下書きが二枚入っていた。


(二枚ですわよ。……一枚目はガルベス子爵が国境を越えた後の資産移転の計画、二枚目がL・A宛の書状下書きということかもしれませんもの)


「確認しますわよ」


 二枚目を広げた。


---


 L・A様


 撤収の準備を進めておりますよ。

 セドゥン経由の最終送金を来週中に完了する予定。

 王都側の動きが変わっています。詳細は対面で。

 次の指示を請います。


---


(「王都側の動きが変わっています」ですわよ。……ガルベス子爵は、こちらの動きを感知していましたもの。でも間に合いませんでしたわよ。書状を送る前に、農道で拘束されましたもの)


 シリルが、書状の下書きを確認した。


「「L・A」という宛先の頭文字と、ネーベル・アルバの頭文字が一致します。……直接証拠ではありませんが、G-1「L」との照合に使える書類として機能します」


「封印処理をお願いしますわよ。……なお、ガルベス子爵は本日の証言の中で、カスミ弁護士経由で王都外の書店との連絡があったとも口にしていましたもの。ラマン・ブックスという名前が出ましたわよ。この書状の下書きと合わせれば、接続の経路がもう少し見えてきますわよ」


 王城の管理者が、証拠封印の手続きを始めた。


 書類入れごと、封印証紙を貼って保管庫に収める形だ。


(ちりとりに入りましたわよ。……拾い上げたものを、ちりとりに収めてから処理しますもの。風で飛ばされないように、封印という形のちりとりがありますわよ)


 リタが荷馬車の周囲を最終確認して、静かに頷いた。


(他に問題なし、ということですわよ)


「今日の確認はここまでですわよ。……シリル、今日出たものの整理をお願いしますもの」


「承知しました。……馬車の中で始めます」


* * *


 屋敷への帰り道、馬車の中でシリルが書類を整えながら言った。


「今日の収穫を整理します。……ガルベス子爵の証言四点と、L・A宛の書状下書き。五つが今日の出来事ですよ」


「使い捨てにされることを知った人間が、自分から中身を出し始めましたわよ」


「はい。……ただし、ガルベス子爵が今後どこまで話すかは、まだ見えません。今日の四点は、抵抗がある中で出てきたものです。次回から、どう変わるかですよ」


「次回は、セドゥン商会の送金先の詳細ですわよ。……カスミ弁護士が管理していると繰り返していましたもの。カスミ弁護士という水路を経由して、送金先がどこかを確認しますわよ」


「J-3「セドゥン商会の送金先」の核心ですね。……フォル・ネビュラの台帳の数字と照合できれば、送金先が隣国のどこかを絞れる可能性があります」


(J-3の核心ですわよ。……カラミ様の台帳、フロード補佐官の財務記録差分、ガルベス子爵の証言、三本が揃いつつありますもの。一本より三本の方が、倒れにくいですわよ)


「モモ・ダストとの立ち会い合意についての詳細も、次回以降に聞きますわよ。……今日は「利権の分配と移行に関するもの」とだけ言いましたもの。具体的な内容がまだ出ていませんわよ」


「B-1「モモ・ダストの正体と真の目的」への接続ですね。……ガルベス子爵が合意の中身を全部話してくれれば、モモ・ダストへの証拠として使える可能性があります」


 窓の外を、夕刻前の王都の街路が流れていく。


(今日は、底から引き上げる一日でしたわよ。……ガルベス子爵という澱が、少しずつ浮き上がってきましたもの。全部が上に来るまで、もう少し時間がかかりますわよ。でも今日の四点は、確かに引き上げられましたもの)


 右手の指先が、少し冷たくなった。


 打ち消さなかった。


(ガルベス子爵が「使い捨てだと知っていたか」と言いましたわよ。……あの一瞬の目の動きを、今夜は持っておきますもの。あの男が使い捨てにされていたことへの何かを、今日私は受け取りましたわよ。焼却してしまえば一切が終わりますもの。でも今日は、焼かずに引き上げましたわよ)


* * *


 屋敷に戻ると、カラミがサロンで何かを読んでいた。


 フォル・ネビュラで持ち帰ってきた台帳の複写だ。今日もまた、七年分の記録を読み込んでいるらしい。


「カラミ様、今日のご様子はいかがですかしら」


「……台帳を読み直していました。今日、何かありましたか」


「ガルベス子爵の取調べでしたわよ。……セドゥン商会の送金先について、カスミ弁護士が管理していると言いましたもの。台帳と照合できる準備をしていただけますかしら」


 カラミの目が、少し変わった。


「セドゥン商会の送金先が、具体的に出てきますか」


「次の取調べで、もう少し出てくると思いますわよ。……その時に、台帳の数字と照合していただければ、送金先がどこかを特定できるかもしれませんもの」


「……準備します」


(カラミ様が、準備します、と言いましたわよ。……七年間、自分が流してきた資金の行き先を、今自分の手で追おうとしていますもの。台帳を捨てなかった理由が、今日また一つ形になっていますわよ)


* * *


 夜になった。


 シリルが書類の整理を終えて、サロンに入ってきた。


「今日の整理が終わりましたよ。……明日の作業の順序も、頭の中で並びました」


「何点ですかしら、明日は」


「四点です。……L・A宛の書状下書きを国王への報告書に添付すること、カラミ様との台帳照合の準備、ガルベス子爵の二回目の取調べ申請、それとE-1の資料館への閲覧申請の提出です。カスミ弁護士の封蝋照合ですよ」


「四点、全部並行できますかしら」


「できます。……今日より作業の重さが軽い点が多いですよ。今日は初回の取調べという重い軸がありましたが、明日は整理と申請の日です」


(整理と申請の日ですわよ。……今日引き上げたものを、ちゃんとちりとりに収めて、分別して、処理の手順を整える日ですもの)


「シリル、今日ガルベス子爵が使い捨てだと知っていたか、と聞いてきましたわよ」


「聞こえていましたよ」


「あの瞬間の目の動きを、どう受け取りましたかしら」


 シリルが、少し間を置いた。


「……怒り、ではなかったですよ。諦めに近い何かだと思いました。使い捨てにされた事実を、今日初めて外側から確認した、という目の動き方でした」


(諦めに近い何か、ですわよ。……ガルベス子爵は、自分が道具だったと分かっていたかもしれませんもの。でも今日、それを第三者に言葉で確認されることで、何かが変わったということですわよ)


「次回の取調べで、もう少し出てくるかもしれませんわよ」


「おそらく。……捨てられた側の人間が持つ情報は、捨てた側への証拠として使えますよ。エコな逆転です」


(エコな逆転、ですわよ。……産業廃棄物が、自分を捨てた側への証拠になるということですもの。掃除の中では、そういうことが起きることがありますわよ)


* * *


 ティータイムの支度が整っていた。


「今夜のティータイムは何ですかしら」


「帰国後に王都の菓子屋から届いていた在庫の中に、一つ手付かずのものがありました。……フォル・ネビュラ近郊の焼き菓子の詰め合わせです。ベルト・ライスさんが荷の中に入れてきたものですよ」


 皿の上に、いくつかの小さな焼き菓子が並んでいる。形が不揃いだ。港町の市場で売られているような、素朴な見た目だ。


「茶は」


「今夜は、フォル・ネビュラの霧花茶の残りがあります。……以前、セルバン・ドックで手配したものですよ。少量しか残っていませんでしたが、今夜一杯分はありました。明日以降は別の茶に切り替えます」


 カップに、淡い薄紫色の茶が注がれている。


 霧花の、少し甘く草のような香りが来た。


 一口飲んだ。


(甘みが先に来て、草の渋みが後から来ますわよ。……フォル・ネビュラの茶ですもの。霧の港で手配した最後の一杯ですわよ)


 焼き菓子を一つ手に取った。


 くるみ大の丸い菓子だ。外側が少し焦げていて、中から干し葡萄の甘みがした。素朴な甘さだ。港の市場で売られるものの味がする。


(外側が焦げた部分と、中の甘い部分が一緒に来ましたわよ。……今日の取調べに少し似ていますもの。外側が固くて焦げていたガルベス子爵の最初の三十分と、少しずつ中身が出てきた後半の部分ですわよ)


「シリル、今日は底から引き上げた一日でしたわよ」


「そうですね。……ガルベス子爵という澱が、少し浮き上がってきた一日でした」


「全部が上に来るまで、もう少しかかりますもの」


「はい。……でも今日、最初の引き上げが始まりましたよ。L・A宛の書状下書きが出てきたことが、今日一番大きかったです」


(L・A宛の書状下書きですわよ。……下流から上流への接続が、今日物証として出てきましたもの。G-1「L」への地図が、一段具体的になりましたわよ)


「明日の四点が終われば、大きな方向が見えてきますもの」


「見えてきます。……今日の引き上げが、明日の整理につながりますよ」


 茶の残りを飲んだ。


 最後の一口は、甘みと渋みが一緒に来た。


(フォル・ネビュラの霧花茶の最後の一杯でしたわよ。……帰国して何日かで、底をついてしまいましたもの。でも今夜、ちょうど良い日に使い切りましたわよ。今日引き上げたものと、最後の霧花茶が、同じ夜に終わりましたもの)


(掃除は、道具の手入れが大事ですわよ。……明日は、新しい茶で始めますもの。今日の引き上げの続きを、明日の丁寧な整理で進めますわよ)


 カップを置いた。


 焼き菓子をもう一つ手に取った。今度は干し葡萄ではなく、蜂蜜の甘みが中から来た。


(二つ目は違う甘みですわよ。……一つ目と同じ見た目でも、中身が違いますもの。今日の取調べで出てきた四点も、見た目は全部「証言」という形でしたけれど、中身は一つ一つ違いましたわよ)


(底から引き上げるものは、引き上げてみるまで中身が分かりませんもの。……でも引き上げてみれば、分かりますわよ。今日引き上げた四点が、明日の整理で形になりますもの)


 サロンのランプが、静かに揺れていた。


 今夜はここまでですわよ。


 明日の四点を、丁寧に順序通りに進めますもの。

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