第89話 彼女達の日常
★双子のスカート破れ騒動★
大邸宅での新生活が始まって数日。
桜子の提案で双子――サリーシャとマリーシャ――は、正式に日本の学園へ編入することになった。
「ニホンの学校、ドキドキします!」「わたしたち、頑張ります!」
張り切る二人は、朝から新しい制服に袖を通していた。ブレザー姿にチェック柄のスカート、胸元にはリボン。金髪碧眼の双子が並んで着ると、それだけで絵画のように映える。
「……やっぱり目立つな」
俺は玄関先で腕を組んでため息を漏らす。
普通の生徒なら「かわいい子が転校してきた」くらいで済むだろうが、この双子は美貌に加えてテンションも高い。トラブルが起きないわけがない。
案の定、学園に着いてから一時間もせずに事件は起きた。
「キャアァァァ!」
「お、おい! スカートが!」
体育の授業中、全力で走った拍子にサリーシャの制服スカートがビリッと裂けたのだ。
予想以上の脚力に布地がついていけなかったらしい。
「わあぁぁ!? サリーシャのスカート、裂けちゃいましたぁ!」
「きゃーっ、見えてる見えてるっ!」
マリーシャが慌てて覆い隠そうとするも、周囲の生徒たちの視線は釘付け。男子は赤面、女子は悲鳴と笑い声の入り混じった大騒ぎに。
そこへ担任が駆けつけてくる。
「サ、サリーシャさん! すぐ保健室へ行きなさい!」
だが当の本人は、スカートが裂けても全く動じていない。
「ダイジョーブ! サリーシャ、強いですから!」
満面の笑みで親指を立てているのだから、逆にみんなのツボに入ってしまった。
翌日には、今度はマリーシャが美術の時間にやらかした。
石膏像を「カッコイイ!」と抱きついた拍子に、制服の袖がベリッと破けたのだ。
「いたた……あれ? また服が?」
「マリーシャさんまで!?」「双子そろって破れキャラじゃん!」
こうして「破れ双子伝説」が校内で一気に広まることとなった。
◇◇◇
放課後。
屋敷に帰ってきた双子は、破れた制服を抱えてしょんぼりしていた。
「たかゆきサン……わたしたち、また失敗しました……」
「サリーシャ達、普通にしたいのに……」
肩を落とす二人に、俺は苦笑をこぼす。
「いや、むしろ大成功だな。お前たち、もう学園の人気者だぞ」
「ホントですか!?」
ぱあっと表情を輝かせる双子。
そこへ紗綾がやってきて、柔らかく笑った。
「ええ、心配しなくてもいいの。多少ドタバタしても、皆さんはあなた達を面白がって受け入れてくれるわ」
深雪も「それに、注目を集めるのは悪いことではありません」と続ける。
「ただし今後は、生地の丈夫な制服に仕立て直した方がいいでしょうね」
「なるほどです!」
「サリーシャ達、強化制服ほしいです!」
桜子が胸を張って宣言した。
「お任せあれ! 奉龍院が誇る最高級の仕立て屋に依頼いたしますわ! もう破けても安心ですの!」
「いや、破けない方がいいんだけどな……」
俺が呟く横で、双子は「やったー!」と手を取り合って跳ね回っている。
こうして、双子の学園生活は波乱の幕開けを迎えた。
だが、破れた制服と共に残った笑顔は、確かにクラスの皆に新しい風を運んでいたのだった。
◇◇◇
★激濃お弁当で平和なお昼★
その日。
屋敷の大広間に集まった俺たちは、ちょっとした「お弁当持ち寄り大会」を開いていた。
きっかけは七菜香の一言。
「七菜香、おじさんのためにお弁当作りたいんだぞっ!」
その勢いに真理恵も乗って、「じゃあ私も一緒に作るわね」と母娘で腕を振るうことになった。
◇◇◇
出来上がった弁当を広げると……。
二段重ねの大きな弁当箱に、色鮮やかなおかずがぎっしり。
「わぁ、豪華だね……!」
紗綾が目を輝かせる。
「彩りも綺麗だし、栄養バランスも考えてありますわ」
桜子も感心している。
だが、肝心の味は――。
「じゃあ、いただきます」
一口頬張った瞬間、俺は思わず吹き出しそうになった。
「……う、うん? なんだ、この……妙に濃い……」
横を見ると、深雪も小さく咳き込んでいる。
「塩加減が……随分しっかりしていますね」
「わぁ! 七菜香も食べてみるぞっ!」
自分で作った卵焼きを頬張った七菜香は、目を丸くした。
「……しょっぱぁぁぁい! お水くださーいっ!」
「ちょっと、七菜香! 自分で作っておいて何言ってるの!」
真理恵がたしなめるものの、彼女が口にしたおにぎりもまた……。
「……っ!? こ、これは……ちょっと塩、効かせすぎたかしら……」
そう、母娘そろって味付けが“激濃い”のだ。
「なるほど……親子ってこういうところまで似るんだな」
俺が呟くと、玲緒奈が堪えきれず吹き出した。
「ぷっ……ごめん、でもほんとに同じ味だよ! 母娘コピーって感じ!」
フィルまで「フィルは濃い味、好き。問題無い」と真顔でつまみ食いをして場が和む。
◇◇◇
「うぅ……七菜香、失敗しちゃったんだぞ……」
「ごめんなさい隆行君、張り切ったのに……」
二人が肩を落としていると、紗綾が優しく声をかけた。
「でもね、味より大事なのは気持ちなのよ。隆行さんのために作りたいって、その想いが一番のご馳走だから」
深雪も続ける。
「ええ。少し濃いくらい、皆で笑い合えたらそれは素敵な思い出になります」
「……二人とも、ありがとう」
真理恵は目を細め、七菜香もぱあっと笑顔を取り戻した。
「おじさん! 次は絶対おいしいの作るから、また食べて欲しいんだぞ!」
「ああ。楽しみにしてるよ」
そんな母娘の姿を見て、俺の胸も自然と温かくなっていた。
味付けはともかく――彼女たちが一生懸命に作ってくれた弁当は、確かに俺にとって最高のご馳走だったのだから。
◇◇◇
★甘えん坊フィルのリモートワーク★
水無月&奉龍院グループのトップに立った俺は、社長室で山積みの書類と格闘していた。
窓の外には摩天楼の夜景。机の上には湯気の立つコーヒー。
その静寂を破ったのは、扉をノックもせずにスルリと入ってきた小柄な影だった。
「隆行。フィル、来た」
「おいおい、また勝手に……」
現れたのはロシア支社長のフィル。金髪を揺らしながら、すたすたと机に近づいてくる。
そして、ためらうことなく俺の膝の上に腰を下ろした。
「問題無い。フィルはリモート勤務。ここが拠点」
「いやいやいや……リモートの意味わかってるか?」
俺の抗議など意に介さず、フィルはタブレットを取り出し、次々と画面をスワイプ。
どうやら本当に会議やメール対応を進めているらしい。
「ほら見て。会議も進行中」
「いや、確かにちゃんとやってるけど……なぜ俺の膝の上で?」
「隆行の膝は安定する。居心地、最高。椅子より上質」
至極真剣な顔でそんなことを言うものだから、反論の余地もない。
◇◇◇
そこへタイミング悪く、紗綾が秘書として資料を届けに来た。
「社長、次の会議資料を……って、えっ!?」
扉を開けた彼女の目に映ったのは、俺の膝に鎮座するフィルの姿。
「こ、これはその……」
「問題無い。フィルは仕事してる」
すました顔でタブレットを掲げるフィル。
しかし紗綾は額に手を当てて小さくため息をついた。
「もう……社員に見られたら大騒ぎになりますよ?」
「大丈夫。フィルは透明。誰にも見えない」
「そんなわけあるか!」
思わず俺が突っ込むと、紗綾はぷっと吹き出して笑った。
「……ふふ、でも。そうやってリラックスできるのも、隆行さんの人徳かもしれませんね」
彼女の微笑みにつられて、俺も苦笑するしかなかった。
フィルは小さな体で俺の胸に寄りかかりながら、ぽつりと呟いた。
「ここにいると、安心。ロシア支社よりも、ずっと」
その言葉に、俺は自然と彼女の頭を撫でていた。
彼女は不思議な存在だ。支社長という立場を持ちながら、こうして甘える姿はまるで子ども。
けれど、その観察眼と判断力は経営陣の中でも随一。
「……ありがとうな、フィル。お前のおかげで助かってる」
「うん。もっと褒めて。褒めると、フィル伸びる」
にやりと笑ったフィルは、タブレットを操作しつつ、さらにぎゅっと抱きついてきた。
――社員に見られたら誤解しか生まないだろう。
だが俺の胸の奥は、不思議と温かく満たされていた。




