第88話 世界が俺達を見ている
水無月コーポレーションと奉龍院の合併。
CEO就任から数ヶ月が経ち、世間では「新時代の財閥」として連日報道が相次いでいた。
経済誌には俺の顔写真。
ワイドショーには「ハーレムCEO」の文字が踊り、ネットでは「恋人達が経営陣」という事実が好奇の目で拡散されている。
だが、奇妙なことに――批判の声は少なかった。
むしろ羨望や称賛が多く、世界の人々は“最強のパートナー達”を備えた経営体制に納得していた。
「……どうしてだと思う?」
オフィスの窓辺で外を見下ろしながら呟くと、背後から紗綾が答えた。
「簡単ですわ。隆行さんが信頼を集めているからです。あなたが女性達を大切にし、彼女達もまたあなたを支えている。その絆が外から見ても分かるからこそ、人は安心するんです」
彼女の言葉に頷く。
確かに、俺達はただの男女の関係ではない。
互いに補い合い、足りない部分を埋め、ひとつの巨大な“家族企業”を築き上げているのだ。
その証拠に、株価は安定して上昇を続け、国際市場での評価も高まっていた。
米国やEUの財界人からも「新しいモデルケース」と呼ばれるほどに。
「CEO、記者会見の準備が整いました」
深雪が静かに告げる。
今日は国際経済フォーラムでの登壇。世界中のカメラが俺を映す。
「……行ってきます」
会場に立つと、割れんばかりの拍手が迎えてくれた。
壇上に立ち、スピーチを始める。
「私達は、ただ利益を追い求める企業ではありません。水無月と奉龍院、そして共に歩む仲間達――その“絆”こそが最大の資産です。
私は信じています。家族のような信頼があれば、どんな困難も乗り越えられると」
カメラのフラッシュが一斉に光る。
その瞬間、俺の背後には紗綾、深雪、桜子、そしてミルフィ達が並び立っていた。
観客の視線は、俺だけでなく彼女達にも注がれる。
まるで俺一人の成功ではなく、全員の物語がそこにあると示すかのように。
――これでいい。
これが俺達の形だ。
「世界が見ているんだな……」
舞台を降りたあと、思わず呟いた俺に、紗綾が微笑んだ。
「ええ。けれど大丈夫です。私達がいますから」
その言葉に、俺は強く頷いた。
水無月&奉龍院グループは、いまや確かな社会的認知を得たのだ。
◇◇◇
豪邸の落成から数日後。
朝日が差し込む庭園に立ち、俺は思わず深く息を吸い込んだ。
凛とした竹林を抜ける風の音、池を泳ぐ鯉が立てる波紋、白砂に描かれた枯山水の模様――まるでどこかの名刹を訪れたかのような錯覚を覚える。
「……すごいな、本当に」
目に入るすべてが和の美に統一されている。正門をくぐれば、両脇に並ぶ石灯籠が昼でも柔らかな陰影を落とし、参道の先には朱塗りの橋。池の中央に渡された橋を進めば、瓦屋根の大玄関が悠然と構えている。
だが、その内部には最新鋭のセキュリティと快適な居住設備が整い、現代的な利便性を一切犠牲にしていない。まさに伝統と革新の融合――奉龍院だからこそ実現できる建築だった。
「隆行さん」
隣に立つ紗綾が、細い指で袖を直しながら微笑む。
「何度見ても、ため息が出てしまいますね。桜子さん、本当に……やり遂げてしまった」
「ああ。『おじ様の王国を作りますわ!』って、あの時の冗談みたいな宣言が、こうして形になるなんてな」
すると、まるで呼ばれたかのように庭園の奥から桜子が現れた。
今日は振袖をアレンジした和洋折衷のドレス姿だ。裾がひらりと舞い、陽光を受けてその姿は絵巻物から抜け出した姫君のようだった。
「おじ様ーーっ!」
走り寄ってきた桜子が、勢いよく俺に抱きつく。
香木のように上品な香りがふわりと鼻腔を満たした。
「ご覧くださいまし! あちらの茶室は京都の名工を呼び寄せて建てさせましたの。池の鯉はわざわざ錦鯉専門の養殖場から取り寄せた極上品。庭の桜並木も、すべて季節ごとに咲く品種を選んでありますのよ!」
「……参ったな。豪華すぎて、どこから感想を言えばいいのか分からない」
俺が苦笑すると、桜子は勝ち誇ったように胸を張った。
「すべてはおじ様のため! ここはただの邸宅ではありません。わたくし達の、いいえ――おじ様の王国なのですわ!」
その言葉を合図に、周囲から拍手が巻き起こった。
深雪は静かに手を打ちながら「見事な采配ですね」と微笑み、紗綾は「本当に……あなたがここまで導いたんですね」と感極まったように瞳を潤ませている。
さらに、フィルが庭石にちょこんと腰を下ろし、マイペースに言った。
「問題なし。フィルはこの王国で、いっぱい遊ぶ。のんびりする。それがフィルの仕事」
サリーシャとマリーシャは「スゴイ!」「映画みたい!」と声を揃えて騒ぎ立て、七菜香は目を輝かせて「おじさん! このお屋敷、でっかい秘密基地みたいなんだぞ!」と無邪気にはしゃいでいる。
その光景に、俺は思わず胸が熱くなった。
孤独に苛まれていた俺が、いまこうして大勢に支えられ、笑顔を交わしている。
豪邸はただの建物じゃない。
ここで俺達が過ごす日々こそが「新しい日常」であり、過去の苦しみを乗り越えて手に入れた未来の象徴なのだ。
「……ありがとう。ここまで導いてくれて」
俺の呟きに、桜子は嬉しそうに顔を上げる。
「これからは、ここでずっと一緒ですわ! おじ様!」
彼女の宣言は、確かに俺の心に刻まれた。
そう――ここは俺達の王国。
そして、この大きな屋敷を舞台に、新たな物語が始まろうとしていた。




