第56話
『今日で返済期限は1週間も伸びてる。流石にこれ以上は待っていられませんねぇ』
『申し訳ありません。お金は必ず用意しますから』
『奥さん、俺たちもガキの使いじゃない。用立てるものがないなら稼いでもらうしかないだろ』
『でも、パートの収入にも限界が』
『心配しなさんな。あんたみたいなべっぴんさんならたっぷり稼げる仕事を紹介してやるからさ』
『そ、それはいったい』
『体で稼ぐに決まってるだろ!ひゃはははは』
『やめてください!お母さんに乱暴しないで!』
『お、娘さんもなかなかの上玉だな。美人親子入店で売り出せばたっぷり稼げるな。おら!早速今日から働いてもらうぜ!』
『きゃああぁ、放してぇ!』
『ぎゃははは、ここで実地指導してやるよぉ!ヤクザもんに金を借りたのが運の尽きだったな!おら、着ているものを脱ぎな』
『いやぁああ!』
『誰か助けてぇ!』
『誰もこねぇよ!諦めな!』
『まてぃッ!!』
『誰だ!』
『か弱き婦女子に対する乱暴狼藉。任侠に生きるものが娑婆の人間を食い物にするなど恥を知れ。人それを、”害悪”という』
『てめぇ、何者だ!』
『貴様らに名乗る名前はない!』
広いマンションの一室。壁のパネルかと見紛うほどの大インチのテレビから流れる音を聞きながら、俺はソファでくつろいでいた。
今聞こえているのはテレビドラマのワンシーンだ。
冴えないサラリーマンの主人公が実は巷で噂の仮面ヒーローという実写ドラマ。
なんだかテレビ黎明期に作られたかのようなレトロな設定に現代科学を駆使した秘密アイテムを使うイケメンヒーローが人気を誇っているらしい。
ちなみに特撮ヒーローとは違うらしい。
どこかで聞いたことのあるセリフのオンパレードだが、ロ○兄さんは出て来ない(分かるかな?)。著作権とか大丈夫なのだろうか?
紗彩の家にはもともとテレビはなかったのだが、同居人も増えてきたのでみんなで映画を見る時用に購入したのだ。
こんなバカでかいテレビが通販サイトから数日で届いてしまうのだから昨今の通販業界は凄い。
どうも普通のところじゃなくてセレブ御用達の高級専門店らしいのだが、そんなところからワンポチで壁と見紛うほどの超大型テレビを購入してしまうのだから恐ろしい。
最近は昇進して給料や特別手当がたらふくもらえているが、まだまだ紗彩や深雪の財力には遠く及ばない。
「お義父さん、あーん、はやくぅ」
「はいはい、ほれ」
「あむっ、んふ~♪美味しい」
膝の上で玲緒奈がワンコのように甘えながら俺がプリンを差し出すのを待っている。
犬っていうか口を開けてエサを待つひな鳥みたいだ。
スプーンを差し出すと小さなお口をパクパク開けながらプリンを頬張っている。
「ねぇお義父さん、こんな金融業者さん本当にいるのかな?」
「そうだなぁ。いないとは思わないけどあんまり表立って目立つことする連中ではないだろう」
実際に俺のところにも来たしな。
余計な心配をさせたくないので玲緒奈にあの闇金事件のことは伝えてない。
「まぁ、今は法律が厳しくなったから、そうそう出会う人たちではないんじゃないかな」
「そうだよねぇ。沙織ちゃんもきちんと返せてるのかな……」
「ん?どういう事だ?沙織ちゃんってアーシャちゃんだよな?」
明石沙織ちゃん。玲緒奈のバイト先であるメイド喫茶【キングキャッスル】の後輩。
今度の春から高校三年生になる女の子だ。
「うん。沙織ちゃん家って母子家庭なんだけどね。父親が蒸発して残した借金があるんだって」
「そうなのか。初耳だな」
「明るくて普段は見せないけど、経済的にはかなり苦しいみたい。でもあの子、泣き言は絶対言わないんだ」
確かにアーシャちゃんが暗い顔をしているところはほとんど見た事がない。
いつも明るくて物怖じしないお店の人気者だ。
「店長も彼女を社長に掛け合って時給上げるようフォローしてくれてるし、他のみんなもシフト調整して出来るだけ沙織ちゃんに入ってもらえるように計らってる。でも未成年だからどうしても稼げる額には限界があるし」
扶養家族の場合は年間で稼げる額が決まってくるしな。それ以上を超えてしまうと税金が増えて大変になる(玲緒奈も学生だから同じだ)。
稼がなきゃいけないのに稼げないのは確かに大変だ。
「キングキャッスルは本当に恵まれた職場だよな」
「うん。みんなが支え合って、あったかいお店だよ。お客さんも沙織ちゃんのこと応援してるし」
キングキャッスルには特定の推しメンを応援するシステムが存在する。それは彼女達キャストのチップみたいに収入に直結しており、高校生でもその気になれば短い労働時間でかなり稼げるとのことだ。学生にとっては残った時間を勉学に当てることも出来るのでありがたいシステムと言える。
中学生の妹がいるらしいことは聞いているので、母子家庭では経済的に楽でないのは想像に難くない。
「そういえば、神力の能力だろうけど、沙織ちゃんからはなにやら不穏な空気を感じたんだったな」
「え?どういうこと?」
「いや、勘みたいなものなんだが、彼女からは何か妙な雰囲気を感じたんだ。変なことに巻き込まれていなければいいが。玲緒奈。それとなく探ってもらえるか?」
「うーん。そうだね。でも沙織ちゃんてそういうのあまり話したがらないからなぁ。最近バイト入ってなかったし。てっきり調整かけてるのかと思ってたけど」
「玲緒奈からそういうのを聞いても話してくれないんだよな?」
「そうだね。今まで何度か聞いてみた事あるんだけど、『大丈夫だから心配しないで』って言われるばっかりで詳しいことは話してくれないね」
「他所様の家庭事情に安易に首を突っ込むべきじゃないけど、あの不穏な感じは放置していいものではない気がするんだよな」
「そうだよね。ねぇお義父さん、沙織ちゃんを助けてあげてくれる?私もなんか心配になってきた」
「それじゃあ一度食事に誘ってみるか。店の中でしかしゃべったことがないからな」
「うん。それなら私から誘ってみるね。お店の女の子をプライベートに誘うのは禁止だし」
「だな。そうでなくても42歳のおっさんが女子高生を誘うとか、いらぬ誤解を生みそうだ」
「沙織ちゃんならそんなの気にしないと思うよ」
「いや、周りの眼もあるしな。それより、アーシャちゃんはなんていって誘うんだ?」
「うーん、あ、そうだ。今度妹の七菜香ちゃんが誕生日なんだよね。それを口実に何かできないかな」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「なるほど、それならお誕生日会を開きましょう。アーシャちゃんが悩んでいるなら力になってあげたいです」
「ありがとう紗彩さん」
玲緒奈は沙織ちゃんを誘って妹の七菜香ちゃんのお誕生日パーティーをしようと誘うことにした。
紗彩たちが誘って女子会みたいにすれば喋りやすくなるかもしれないしな。
「ん。これでハーレム要員が増える……沙織はいい子。沙織の妹ならきっといい子」
「これこれフィルちゃんや。そんな節操のないことはしないからね。あくまで相談に乗るだけだから。それに本人からしたら余計なお世話だろうし」
フィルも最近は紗彩たちとキングキャッスルに遊びに行くことが多いらしい。そういえばメイド服が死ぬほど似合っているからな。妹達もコスプレイヤーだし、通じるものがあるんだろう。
「そんなことないよ。沙織ちゃん、お義父さんのこと気に入ってると思うよ。シフトに入る時はいつもお義父さんが来るかどうか聞いてくるもん」
そうだったのか。恋愛フラグを立てた覚えはないのだが……。
「しかし、未成年の女の子をむやみにかどわかすのはどうかと思うが」
「恋愛に年齢は関係ないよ!それにアーシャちゃんはもう17歳だし」
「もうすぐ高校生の双子に手を出している人のセリフとは思えませんねぇ」
「深雪さんってば辛辣!?まだ手は出してないからね!」
話がズレまくっているので元に戻そう。
七菜香ちゃんの誕生日は来週とのことなので、玲緒奈から連絡を取ってもらうことになった。
早速紗彩たちが準備に入り、俺もプレゼントを用意するためにデパートへ赴く。
誰かを祝うイベント準備というのは楽しいものだ。
玲緒奈に七菜香ちゃんの好きなものや欲しがっているものを聞きながら俺たちは準備に奔走した。
「とにかく。七菜香ちゃんの誕生日は来週だろ? 準備を進めよう」
「うん! プレゼントは何がいいかなぁ」
「玲緒奈、七菜香ちゃんの好きなもの、聞いておいてくれ」
「了解!」
こうして俺たちは早速準備に奔走することになった。
イベントの準備ってのは不思議とワクワクする。誰かを祝うために動くってのは、やっぱり楽しいもんだ。
――こうして、七菜香の誕生日をきっかけに。
俺たちと明石姉妹を繋ぐ大きな一歩が、静かに踏み出された。




