第40話 小悪魔お母さん
フィルが母に恨み声を叫びながら部屋を飛び出していくのを見送った。今はそっとしておこう。あとでフォローしておかないとな。いや、下手に触れるとやぶ蛇になりそうだから見なかったことにして別の話題を振ったほうがいいかもしれん。
「ところで、お二人は神力に造詣が深いように思われますが、どこまでご存じなのでしょうか」
「そうですねぇ。それは一概には言えませんが、私たちのように神力について知っているものは、この世界にはそれなりにいますよ。神力の力を持つものほど世の中での成功者が多い、ということも言えます。本人が自覚しているかは別としてね。おそらく、この会社の中でもまだいるのではないでしょうか。それっぽい気配は感じますし」
神力ってそんなに使える人が多いのか。意外にメジャーな能力なんだろうか。
「無自覚に放っている人もいるでしょうね。エレノフスク家は代々、神力の扱いに長けた女が生まれやすい家系なんです」
「女、ですか」
「そう。うちは女系家族でして。優れた神力の使い手には女が生まれやすいんです」
「あれ?でもフィルは最近まで自覚がなかったらしいですよ。感情の色が見える特殊な力を持っているらしいけど、それを神力とは認識していなかったようです」
フィルは日本で両親と離れて暮らす時期が長かったらしい。しかし、そうなるとフィルは両親から神力のことを聞いていなかったことになっていても不思議ではないのか……。
「フィルが4歳の頃に日本に転勤になり9歳ごろまでは私たちも日本で暮らしていました。マリーとサリーを身ごもったあたりで丁度ロシア支社に戻ることになったのですが、あの子は日本に残ると言い出しまして知り合いに預けることになったんです」
「そうだったんですか。何故フィルは日本に残りたがったのですか?」
「そうですねぇ。それは本人に聞いてみるのが一番だと思います、と言いたいところなのですが、実は私たちも、恐らく本人も、何故日本に残りたがったのか分かっていないと思うんです」
うん?どういうことなんだろうか。わざわざ生まれ故郷に帰ることなく遠い国に残ろうとする理由ってなんだろうか。小さい頃だから日本で出来た友達と離れたくなかったのだろうか。
そのように聞いてみたものの、アナさんもゲオールグ氏も首を横に振る。
「当時はそう思っていたのですが、今日篠宮さんに会って納得しました。恐らくあの子は、自分でも気が付かないうちにあなたの神力を感じ取っていたんだと思います」
「そうなのでしょうか。私が神力に覚醒したのは、ついこの間の出来事ですが」
「潜在的な神力というのは本人が自覚していなくても分かる人には分かるものです。恐らくあの子は運命的な出会いを果たすために無意識に日本に残ったのだと思います」
「なるほど……そうであるなら、素敵ですね」
運命の女性が無自覚に俺というパートナーを感じ取っていた、というのは、なんともロマンチックな話だ。俺はロマンチストではないつもりだが、そういうのにときめきを覚えてしまうな。体と一緒に心も若返っているのだろうか。
「ところで、篠宮さんは神力をどの程度操れますか?」
うーむ、どうなんだろう。偶発的に手に入れてきた能力ばかりだし、敵意のある存在や運命の女性が視覚的に見えているのだって自分の意思でコントロールが出来ているのかは微妙なところだ。
しかし、セックスに関する能力はある程度コントロールが効くものが多いような気がする。
「ちなみに私は神力を感じることは出来るが扱うことは出来ん。アナスタシアいわく、持ってはいるらしいのだがな。47年間生きてきていまだに自分の意思で操ることは出来ないよ」
「なるほど。私もコントロール出来ているかといわれると自信がありませんね」
「では今どの程度の事が出来ているか教えていただけますか」
俺は一通り自分が出来ていることをアナさんに伝えてみた。恋人の両親に性に関することまでいろいろ話すのはとても恥ずかしかったが、大事なことだから、と真剣な顔で言われたら話さざるを得ない。
彼女はふむふむ、と言いながら俺の言葉を聞き、しばらく考え込んだ後、ぽん、と手を叩いて思いがけない提案をしてくる。
「よし、こうしましょう。神力の使い方をご教授して差し上げます。日本にいる間のあと三日、私が指導すればかなり扱えるようになるでしょう」
「それはとてもありがたいです。正直コントロールできなくて持て余している部分もあったので、自分の意思で操れるようになれれば」
「ええ、使い方のコツさえ掴めばそこまで難しくはありませんよ。あとは数をこなして慣れれば大丈夫」
俺はアナさんの提案にありがたく乗ることにした。神力が自在に扱えるようになればとても心強い。今までの自分の意思でコントロールできなかった部分もあったし、恋人たちとのセックスの時も時折快感が強すぎてしまう時もあったからな。
彼女達にとっては幸せなことらしいが、あまり強い快楽ばかり与えすぎて身体を壊しても良くない。いくら神力が身体を強くする効能があるといっても物理的なダメージに対して無敵になるわけではない。
快楽とは電気信号だから刺激が強すぎると脳にダメージとかあってもこまるし。
「お、おい、アナスタシア。ま、まさか」
と、俺が思案していると、何故かゲオールグ氏が慌てた様子でおろおろし始める。一体どうしたんだ?
「うふふ、心配しないであなた。指導するといっても口頭で教授するだけよ。なぁに?やきもち妬いてるの?」
「バ、バカを言うな。そんな年でもあるまいに」
「あらあら、それじゃあ私が篠宮さんとベッドインしてもいいのかしら?」
「そ、それは困る。篠宮君を殺してしまいかねん」
物騒なワードが出てきて俺は慌てた。いったい何をしようというのだろうか。
「あ、あの、話が見えないのですが、いったいどういうことなのでしょうか」
「うふふ、神力を操る訓練というのは、男女の交わりがもっとも適した場所なのですよ。私も若い頃はイロイロしてきましたけどやっぱり神力を持つもの同士が交わるのがもっとも効率良く鍛えることが出来ますからね」
飛びぬけた超絶美人であるアナさんの口から生々しい体験記めいたワードが出てくると否が応でも想像力が働いてしまう。
頭の中を巡る妄想に顔が緩みそうになるのを必死に堪えた。
「おい篠宮君、今なにを想像しているのかね?まさか……」
「い、いえいえ、やましいことは何も!決して想像などしておりませんとも!」
「本当かね?私の眼を見ていってくれたまえ!」
そないなこと言われましても!想像するなという方が無茶でんがな!っていうか、副社長って愛妻家なんだな。
俺が心の内側を露見させないように必死にポーカーフェイスでいいわけしていると、フィルが若干あきれ顔で部屋に戻ってくるところだった。
「父、母、それに隆行まで。いったい何を騒いでる?廊下まで聞こえてくる」
「うふふ、さてさて、なんでしょうねぇ。そうそう、フィル。篠宮さんに神力の使い方をご教授させてもらうことになったから、あなたにも色々伝授しておきたいのだけど」
「それは不要。フィルは夢の中で神力の使い方色々教えてもらったから母より既に上」
「あら残念」
「でもまだ知らないこともあるかもしれないから、母の授業を受けてもいい」
「素直にお母さんに甘えてもいいのよ~」
「やっぱりいい」
「冗談だってばぁ」
なんかフィルが手玉に取られているところを見るのは新鮮だな。普段は毅然としていて、というか謎めいたところがあって、基本的に何かに動じるというところを見ることは滅多にないからな。
「それじゃあ今夜から早速、と言いたいところですけど、今夜は少し込み入った事情があるのでホテルに帰るとしましょう。フィル、お願いがあるのだけど」
「なに?」
「マリーとサリーを預かってもらえないかしら」
「構わない。フィルも二人とお話したい」
「それじゃあお願いねぇ」
「隆行、今夜はフィルの家に来る。マリーとサリーをちゃんと紹介したい」
「そうだな。いずれ話をしないといけないと思っていたところだ」
「あの子たち二人も神力に関しては全部知っていますから」
アナさんはそっと俺に近寄り、耳元で囁く。
「あの子たちも、見えるのでしょう?」
「え?」
「うふふ、運命の光」
「そんなことまでご存じなのですか?」
「今度の春、あの子たちが留学してきます。その時までに役員会入りしておいてください。そしたらあの子たちもあなたにお任せします」
そうまで言われたら首を縦に振るしかない。悪戯っぽく笑うアナさんの小悪魔スマイルに動悸が激しくなり、ゲオールグ氏の眼が険しくなったところで慌てて離れた。
俺たちはそこでお開きにし、紗彩に面倒をみてもらっていた双子の姉妹を迎えに行きつつ、フィルのマンションに向かうことにした。
完全に余談だが、別れ間際に後ろを歩くエレノフスク夫妻からこんな会話が漏れ聞こえてしまう。
『その、お前はイロイロ経験したのか?』
『あら、なんですかその質問は?』
『い、いや、それはだな。特に意味はないのだが……その、あれだッ』
『うふふ、ご心配なく、あなたしか知らないですよぉ。調べてみますか?年下に嫉妬しちゃう困ったさんのア・ナ・タ♡』
『今夜は手加減できんぞ』
『あら怖い。私、壊されちゃいそう♡』
翌日、微妙に眠そうな顔をしたゲオールグ氏と、これまた非常にお肌がツヤツヤしたアナスタシア夫人が出社してきたのを見て、何があったのか察せざるを得なかったことは付け加えておこう。




