赤刻(ルベリス)
黒瀬は、ふらりと立ち上がる。
足元が揺れ、視界が二重にぶれる。
一歩。また一歩。
だが、力が抜け、膝が崩れる。
そのまま、前のめりに倒れた。
遠くで、レオンたちの姿が見える。
グラディウス・オーガが、ゆっくりと歩み寄っていく。
黒瀬は、薄く目を開く。かすれた声。
「……だめだ……はやく……逃げて……」
グラディウス・オーガはレオン達を見下ろす。
その瞬間。
心臓が、重く脈打った。
――耐えてみせよ。
低く、深く、響く声。
――我が赤刻の理を。
――肉を裂き、骨を軋ませ、血を焚く。
――それでも立てるか、我が器よ。
黒瀬の右手が、赤く光る。
皮膚の下から、文字が浮かび上がる。
一文字ごとに、焼けるような痛み。
「ぐああああああッ!!」
崩れ落ちた街の幻影が見える。
その中心に、巨大な影。
炎のような赤。闘神ゴウラが、廃墟に立っている。
ゴキ、ゴキ、と骨が鳴る。
折れていた両腕が、無理やり戻る。
筋が繋がり、骨が嵌まり、肉が焼かれるような痛み。
黒瀬は床を掴み、叫ぶ。
「ぐっ……あああああああッ!!」
その間にも。
グラディウス・オーガの拳が、レオン達に振り下ろされる。
レオンはミリアとセラの前に立ち、目を閉じる。
だが、衝撃は来ない。
そこにいたのは、片腕だけ赤く発光した、黒瀬だった。
右腕で、巨大な拳を受け止めている。
ゆっくりと顔を上げる。
グラディウス・オーガの拳を、片腕だけで押し返す。
弾かれたグラディウス・オーガが、咆哮を上げる。
もう一度。
巨大な拳が振り下ろされる。
拳と拳が、真正面からぶつかる。
衝撃波が走る。
次の瞬間。
オーガの腕が、内側から弾け飛ぶ。
肉と骨が飛散する。
黒瀬の赤い刻印が、さらに強く脈打つ。
オーガは、残る片腕を振りかざす。
黒瀬は静かに言う。
「……何度やっても、同じだ」
再び拳がぶつかる。
もう片腕が吹き飛ぶ。オーガが、膝をつく。
血が溢れ、床を染める。
黒瀬は、ゆっくり歩み寄る。
赤く光る右腕が、熱を帯びる。
オーガの眼前で、立ち止まる。
「……終わりだ」
拳が振りかざされる。
次の瞬間、オーガの上半身が爆ぜる。
血と肉片が、空中に舞う。
赤い雨が、降り注ぐ。静まり返る迷宮。
崩れた魔石が、床を転がる。
その中心に、赤い腕を持つ黒瀬が立っている。
刻印が、ゆっくりと明滅する。
ルヴィアが、薄く目を開ける。
血の雨の向こう。
赤く光る腕の黒瀬が、立っている。
異様な光景。
「……黒瀬……」
ルヴィアのその声を最後に、
黒瀬の膝が崩れ、赤い光が消える。
同時に、ルヴィアの意識も、暗転した。
「レオン!!無事か!!」
複数の足音。
松明の灯りが一斉に差し込む。
駆け込んできたのは、武装した冒険者たち。
レオンは、霞む視界の中で呟く。
「……なぜ……」
ひとりの男が駆け寄る。
「キーナさんが緊急で救助依頼を出したんだ!報酬は後回しでいい、必ず連れ帰ってくれってな!」
周囲の冒険者が安堵の声を上げる。
「それに、Sランクパーティ――白銀の聖騎も来てくれてる!もう安心だ!」
その名に、レオンの目がわずかに見開かれる。
「白銀の……」
重い足取りで、一団が奥へ進む。
白銀の鎧を纏った女騎士が、転がる魔石の前で立ち止まる。
巨大なグラディウス・オーガの魔石。
割れた迷宮の床。
そして――倒れている黒瀬。
赤い血に染まった床。
女騎士は、魔石を見つめ、そして黒瀬へ視線を移す。目が細くなる。
「……まさか、この子が……?」
小さく、呟く。
女騎士は無言で黒瀬の腕を見る。
焼けたように赤くなった右腕。
「運べ」
静かな命令。
「全員だ。急げ」
レオン、ミリア、セラ、ルヴィア。
そして黒瀬。
次々と担がれ、迷宮の外へ運び出される。
最後に、女騎士が振り返る。
「ここでなにが……」
低く、呟いた。
迷宮に、再び静寂が戻った。




