第58話 ライお兄ちゃんですわ!
今回の旅行は、ライに加え双子のベル、ベラ、護衛のフリッツが一緒に同行している。
公爵家の使用人たちの中では、若手のベル、ベラ、そしてフリッツと一緒なのはとても気やすい。
最初の町は王都よりも小さな町だった。
町へ入ってメインストリートをしばらく進むと少し大きめの宿があった。
「宿にお泊りになるのですか?」
護衛のフリッツが怪訝そうに首をかしげる。
記憶のないシェルリンにはフリッツが何に引っかかっているのかわからない。
ライは馬車からひらりと降りて、「そう、何事も経験って言うだろ?」と返した。
心なしかライの目が輝いているように見える。
「フリッツ、何が心配なの?」
フリッツに問えば、貴族の旅行、とりわけ高位貴族はホテルを使わず、その地の貴族の家に泊まることが普通なのだそうだ。
理由は、貴族邸には大なり小なり護衛がいるのでセキュリティ面でも安心ができ、ホテルなどよりは広く設備の整った部屋や食事があるからだ。
今泊まろうとしているホテルは、規模も大きく、割と高価格なホテルだが、ターゲットは裕福な平民向けなのだそう。
「特に今回は、彼女たちがいると言っても、正式な護衛は私一人ですので……」
フリッツがどうしようかと思案顔だ。
フリッツが彼女たちと言ったのは、ベルとベラのこと。
公爵家の使用人は全員護身術を修めているらしく、旅行前に二人から「そこら辺のごろつき程度ならお嬢様をお守りできますので安心してくださいね!」と申告があった。
二人とも小柄なのに、町のごろつき程度ならやっつけられるらしい。
シェルリンが東の孤児院で事件に巻き込まれた時も、公爵家の使用人たちはあの場に私たちがいれば! と随分憤っていたとか。
みんな……強い。
「フリッツ、きっと大丈夫ですわ。ライ兄様がいますもの」
ベルとベラはごろつき程度ならやっつけることができ、フリッツはその二人よりも強い。
ライはいつだってシェルリンがピンチの時に駆け付けてくれるし、他家の騎士たちが手こずっていたにもかかわらず、あっという間に一人で孤児院に入ってきた暴徒を制圧したと聞いた。
「それにあなた達もいてくれるので、私は全く心配ではありません。私だけがちょっと足手まといですけどね」
「いえお嬢様も……」と言いかけてフリッツが口を閉じた。
荷物を運び、部屋を整え終えると、ライが部屋に来た。
「ちょっと入ってもいいかな」
「えぇ、もちろんですわ」
ライとベル、ベラ、フリッツ、そしてシェルリンの五人がシェルリンの部屋に入る。
フリッツが言っていたようにホテルは裕福な平民向けなのか五人もいると狭く感じた。
部屋の中央で、ライがポケットから何かを取り出した。
それからぶわんと透明の膜のようなものが膨らんでいく。
あ、これは。
シェルリンは少し前に巻き込まれた事件を思い出した。
東の孤児院に暴徒が乗り込んできたときだ。
トーマを守ろうとした時にこの透明な膜が出てきて、敵の攻撃が届かなくなったのだ。
今ぶあんと出てきた膜は、部屋の端まで届いたかと思うと、より透明になって全く見えなくなった。
「これで、よし。さぁ、ご飯でも食べに行こうか」
ライが晴れやかな顔で言う。
それとは対照的に顔の晴れない人が約三名。
「ラ、ライ様。申し訳ありませんが、いまのは何でしょう」
「ん? フリッツが毎日寝ずの番をするのは大変だからね、作ってみたんだ。これでこの部屋はこの五人しか入れないはずだよ。その代わり掃除とか宿の従業員にしてもらえなくなるけど、一泊だからいいよね」
まだ少しぽかんとしているベル、ベラ、そしてフリッツを連れてライと共に部屋を出た。
ライは旅慣れているのか宿屋の主人に美味しい食堂の情報を聞いている。
候補は二つ。肉メインのお店と、少しずついろんな料理が食べられる店。
肉のお店では、値段は高いが次々に焼き上がるお肉が食べ放題なのだそうだ。
それを聞いたベル、ベラ、フリッツの目が光ったのを見て、今日は肉のお店に行くことにした。
宿屋から3ブロック程歩くと牛の看板が見えてきた。
「あぁ、あれだ。ここはシェルリンには馴染みのない食べ方かもしれないけれど、これも経験って思ってほしいな」
「はい! ライ兄……」
「あ、ストップ。今日から外では、様はなしだろ」
馬車の中で聞いた話を思い出す。
平民は家族に対して様はつけないそうだ。
確かに東の孤児院でも子供たちはお互いに呼び捨てだったし、今回の旅行ではライから指定があっていつも着ているようなドレスや高価なワンピースではなく、平民が着ているようなワンピースを着ている。
ライ曰く、トラブルを避けるためと居合わせた平民に気を遣わせないためなのだそうだ。
確かに食事をしに来たとして、シェルリンの隣の席に陛下がいたら粗相をしないかと生きた心地がしなさそうだ。平民たちにとっては、陛下でなくとも貴族全般そのような対象だろう。
そういうわけで平民に擬態しているシェルリンたちは、話し言葉もできるだけくだけたものにしなければならない。
様をとるとしたら、ライと呼べばいいのかな?
でも、なんかしっくりこない。自分の兄も呼び捨てなのだろうか。
その時、前方から男の子と女の子が走ってきた。
「遅いぞ! 早く帰らないと母ちゃんに怒られる。早く走れ!」
「待ってよ、お兄ちゃん。もう私走れないー!」
先を走っていた男の子は舌打ちし、少し戻り、妹の手を引いて早歩きし始めた。
なるほど、平民はお兄ちゃんって呼ぶのか。
「シェルリン?」
「はい、お兄ちゃん」
ライの目が驚きで見開く。
「こんな感じでどうでしょう?」
「いいと思う。ただなんか恥ずかしいな」
「ベルとベラはお姉ちゃんで、フリッツはライお兄ちゃんと一緒でお兄ちゃんでいいかな?」
後ろを歩いている三人に振り返って聞く。
三人がピシリと固まった。
「ベルお姉ちゃん?」
「我々のことはいつも通り名前で呼んでいただければ」
ベルの言葉に残りの二人もうんうんと頷く。
ライが年上だからさんをつけたらいいのでは? と言って、ようやく三人のことはベルさん、ベラさん、フリッツさんと呼ぶことに決まった。




